廊下の密談
一方、講堂を出たティアーノは、行く手の廊下に立っている人影をみとめて立ち止まる。
腰の折れた長杖を手にする老人。
意気揚々と手を振って待っている。
ティアーノは嘆息を噛み殺した。
滲みだす嫌悪を抑え、努めて平静顔でそばまで歩み寄った。
「何用ですか、ベル翁」
「今年の進魔法学科は曲者揃いじゃのぅ」
「……エノク・クロノスタシア」
「何じゃ」
「貴方にとって何人目の弟子ですか」
「さて、憶えとらんのぅ」
「ちっ」
ティアーノが舌を打つ。
ベルソートは小さく笑った。
「どうか先達として導いとくれ」
「それは教師として?」
「姉弟子としても、じゃのぅ」
「ふん」
ティアーノは鼻を鳴らして歩き出す。
ベルソートの隣を通過して、そのまま職員室へと向かおうとする。
だが、その前に足を止めた、
肩越しにベルソートへ振り返る。
「エノク……彼の出身地ですが」
「……何かのぅ」
「リューデンベルク王国北部で事件が起きたと、良くない噂を耳にしました。もしやとは思いますが」
「エノクには秘密で頼むわぃ」
「良いのですか」
ベルソートは無言だった。
それ以上は無意味だと、ティアーノは今度こそ前に向き直って歩く。
「さて」
ぱちん。
ベルソートが指を鳴らす。
その一瞬の後、顔や体の輪郭が揺れて歪み、その姿が眼鏡をかけた男性へと変貌する。やや長い前歯が唇の外へと出ており、笑うと吐息が歯に遮られて音が膨らむ。
背丈も面相も別人。
高度な変身の魔法である。
男は講堂の戸の前に立った。
扉を軽く叩いてから開け放つ。
「それでは生徒の皆さん、寮に案内します!」
自己紹介中だった生徒たちが振り向く。
眼鏡の男――に変装したベルソート――の指示に従い、進魔法学科の生徒は移動を開始した。
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