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烈火に油

現在、同時連載中です。同じ世界観です。


『馴染みの剣鬼』

(https://ncode.syosetu.com/n7971ge/)


これは、前回のケティルノースを倒した剣聖の少年期の話しになっています。

暇潰しに読んで頂けたら幸いです。


 進魔法学科。

 主に魔法分野の研究に特化したクラス。

 各国で特異な力を有する逸材が、己の力の原理を解明するべく通う。

 当然、学費は国から賄われ、研究費用はさらなる発展に協力を惜しまないという建前で学園側が全面的に面倒を見る。

 結果として、その研究内容は全世界に共有されるので、各国で活躍する革新的な技術の進展は、実質この進魔法学科が貢献している部分が多々ある。


「私がこのクラスの担任ティアーノ・フルゼスト。――よろしく」


 老婆ティアーノの凜とした挨拶に全員が会釈する。

 エノクはふと、前列からこちらを睨め上げるカスミの視線に気づく。(ふく)れっ面で自分の隣の空席を指差していた。

 カスミの意図を察して、エノクは彼女にも軽く頭を下げる。

 自分の隣に来なかったのを怒っているのだろう。


 エノクは講堂に集う(つら)をあらためる。

 誰も彼もが、常軌を逸した人物。

 自分に内在する特異性を読み解くために、この進魔法学科に配属された才能たちだ。

 アレイトもまた、公爵家の威厳ばかりが内因ではなく、彼の擁する異質さが求められてのことである。それはまた、両脇の()を占める二人組もしかり。

 そして――カスミも。

 カスミの場合は言わずもがな、試験で披露した『呪術』なるものが注目されてのこと。

 他人事ではない。

 エノクは自分の掌を見つめた。

 ここで、魔獣を手なずける術理を普遍的技術として解明しなければならない。命を賭して、それが使命付けられている。


 誰もが(いわ)く付き。

 エノクは我が身の置かれた現状の異常さを再認識して苦笑した。


「教材や時間割等は、すでにあなた方に宛がわれた学生寮の部屋に郵送しています」

「この後、学生寮へはすぐ向かうのですか?」

「案内係の到着を待ちなさい」


 リードの問にティアーノは丁寧に答える。


 学生寮――その案内はまだだった。

 エノクは入学前に配布された学生寮についての記述を思い出す。

 全学年が寝食を過ごす場所である。

 そして――最悪なことに、一室を二人組で共有するのだ。倫理的にも、異性との同室はあり得ないので、したがって男子生徒と同じ。

 仮に、これが同じクラスで限定されるなら、アレイ、キュゼ、リード、この三名の誰かと居なくてはならない。

 本来なら疲れを癒す憩いの場に、敵が常駐しているも同然の状況が完成してしまうのだ。


「入室後に確認し、明日からの授業に臨める態勢を整えるように」


 ティアーノが一礼すると、先に講堂の外へ出ようとする。

 扉の前で立ち止まって一同を見回した。


「案内係が到着するまで、これから共に魔法を究める仲間と話すのも良いでしょうね」


 ティアーノは微笑んで講堂を辞した。

 エノクは顔が引き攣る。

 良いでしょうね――ではなく、やれという命令が真意を占めている気がした。案内係が到着するまでの時間すらも暇にしない工夫である。

 これからの多忙さが垣間見える提案という名の指令だった。


 エノクは一息ついて、椅子の背凭(せもた)れに体重を預ける。

 机上ではレイナルが疲労の色を機敏に見とって、エノクの顎を舌でちろちろと舐めた。表面が鑢のようになっており、肌を削る音がする。

 隣で身を潜めていた赤髪の少女が笑った。


「魔獣と仲が良いんだね」

「レイナルは家族なんだよ」

「そっか。羨ましいな、それ」


 赤髪の少女はおもむろに立ち上がる。

 エノクの隣で体を軽く伸ばすと、そのまま隣の席に腰かけた。


「私はフレイシア。――あなたは?」

「俺はエノク・クロノスタシア。こっちは、ケティルノースのレイナル」


 赤髪のフレイシアが驚愕に染まる。

 ケティルノースの名前を聞いた途端に、エノクと揺れる星空の尻尾の魔獣を交互に見比べた。

 じろじろと不躾にも見るなとばかりに、レイナルが歯を剥き出しにして威嚇する。


「ケティルノースって、『星を喚ぶもの』?」

「そうだよ。よく知ってるね」

「だって、三大魔獣の一体でしょう」

「三大魔獣?それって――」

「エノク」


 エノクの訊ねる声が遮られた。

 いつの間にか、カスミが腰に手を当てて怒り心頭で隣に直立していた。その後ろでアナが不安そうに両耳を揺らす。


「なぜ私を避けたのだ?」

「そんなつもりはないよ。俺はただ、この子に――」

「さて、そろそろ帰ろーっと!」


 フレイシアが立ち上がる。

 そのままエノクの側を通過しようとして、そっと耳元で通りしなに囁いた。


「あとで()()()に来てね」

「えっ?」


 軽快な足取りでフレイシアが去っていく。

 段差を飛ぶように下りて行き、ティアーノが開けたままの出口へも消えた。不思議な一言を残していった彼女に、エノクはただ呆然とする。

 また奇妙な潮騒が消えていた。

 残響すらもない。目に焼き付く赤と、見透かす紫紺に終始翻弄されたままだった。


 一方で。

 いまだし出ていったフレイシアに気を取られ、一向にこちらを見ないエノクに、カスミの怒りは更に熱を帯びる。


「エノク!」

「は、はい」

「エノクの親友は、私なのだからな!」

「え?」

「わかったら返事!」

「え、あ、はい!」


 戸惑いながら、エノクは応える。

 どうして起こっているのか。

 その明確な理由も把握していない謝罪をしても、カスミの憤懣を助長する。慎重に考えて、考えて、考えて……何も思い付かない。

 エノクは自らの骨を断つ覚悟で理由を問おうとして。


 教卓を叩く音に固まる。

 振り返ると、教卓に立ってエノクとカスミを睨め上げるアレイトがいた。


「僕の自己紹介を、無視、だと~?」


 怒髪天のアレイト。

 対するは、カスミの麗らかな笑顔だった。


「すまん、聞こえなかった。もう一度頼む!」


 クラス全員が絶句。

 エノクは蒼褪めるしかなかった。






読んで頂き、誠に有り難うございます。

次回は自己紹介になります。



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― 新着の感想 ―
[一言] あ、な、なるほど! ティアーノさんでしたか! 納得……(。-∀-)
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