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進魔法学科



 五芒星の校舎の北端。

 木板を組んだ床を軋ませながら進む。

 老婆に率いられた合格者は、初めてのレギューム魔法学院の内装を流し目に観察していた。古びて色褪せた木の色から年季を感じる。

 エノクはすっかり止んだ潮騒に、いまだ愁眉を開かずにいた。

 赤髪の少女は、同じ年頃に見えた。

 別のクラスなのだろうか。そうなのだとしても、集合もなく孤立しているのは。


「すまない、エノク」

「何でカスミが謝るんだ」


 カスミが小声で囁いた謝罪に首を傾げる。

 エノクとしては、まだ再会したばかりの友人から非礼を受けた覚えがない。


「いや、私に先刻から気を遣っているように見えたのだ」

「そんな積もりないけど」


 隣を歩くカスミを見つめる。

 思えば、試験中も魔獣を見た反応は並々ならぬ感情の火が(たぎ)っているのを感じた。レイナルを撫でるときにみた複雑な表情も引っかかる。

 せっかく結んだはずの交友関係に亀裂が生じる気がした。

 老婆の軽蔑。

 アレイトや貴族家の対抗心。

 障害が多いにもほどがある、前途多難にしては修羅場がすぎる。

 今ではカスミだけが唯一の味方だ。

 エノクは不遇の連続に、思わず涙がにじむ。


 物思いに耽る最中、滔々と校舎内の案内が行われる。

 六つの分野に特化した実験室、魔法実演室、道場、庭園……初日から記憶することが山積みだったが、上の空だったエノクはぼんやりと位置を把握していく。

 祈祷を捧げる『三神聖堂』の説明もまた、朧気に聞いていた。

 これが後にどれだけ重要な場所になるか、まだこの時のエノクには知る由もしない。




 老婆が足を止めた。

 引き戸になっている扉の前で一同に振り返る。

 先頭をアレイトにした集団を眺め、そして最後尾のエノクに……またも険のある眼差し。


「ここが教室となります」


 老婆が後ろ手に扉を開く。

 目線で入室を催促されて、生徒たちは従う。

 なかば(ぬけがら)のようだったエノクは、心配するカスミに袖を引かれて続いた。その情けない様に老婆が小さな含み笑いをこぼす。

 カスミの手に導かれて、エノクは室内の内装を眺め回した。


 そこは講堂となっていた。

 長い黒板と、その前に据えられた教卓が立っており、磨かれた床が窓から差す光を反射する。

 生徒が着席する帯状に長い三列の文机は、後ろの列に行くにつれて高くなる段差になっていた。最後列は室内を一望できる。入り口のエノクには見上げる位置にあった。


「指定はありません。座りなさい」


 老婆の指示に従い、全員が三々五々席へ。

 アレイトが堂々と教卓の真ん前、それも最前列に座した。

 脇を固めて着くキュゼとリード。アナはアレイトに手招きされて迷っていたが、カスミに手を引かれて彼らからやな離れた前列の位置に座る。

 エノクは無難にカスミの隣を選ぼうとした。


「え?」


 波の音がする。

 潮騒が聞こえて、エノクは立ち止まった。何かの力で引かれるように最後列を見る。

 そこで、机の下から伸びた手が振られていた。

 一見して怪しいのは明白だし、丸見えだ。室外にいる老婆に露見していないのが幸いである。

 エノクは少し考えたが、耳の奥を揺さぶる潮騒もあって無視できなかった。

 ため息混じりに段差を上がり、最後列まで来た。


「こっち、こっち」

「……何してるのさ?」


 机の裏で手を振っていたのは先刻の少女。

 椅子の影に隠れて床に座っていた。真新しい制服のローブを着ているので、おそらく同じ年なのは間違いない。

 笑みを(たた)える口元に人差し指を立てて、静かに含み笑いをしていた。

 呆れつつ、エノクはしぜんに少女の隣の席に腰掛ける。

 レイナルが机上に飛び降りて欠伸した。

 エノクは足下にいる彼女を見る。


 至近距離で見ると鮮やかな真紅だった。

 その長い髪は腰まで伸びて、床の上に放られた毛先は波打っている。少女が肩を揺らして笑うたびに、小さく結った両側の髪が耳のように揺れた。

 楽しそうに紫紺の瞳がエノクを映す。

 白い陶器のように滑らかな頬は、興奮でかすかに紅潮していた。

 ローブの下は薄着で、机の下に隠れて何かを企む顔からも入学の緊張感がまるで感じられない。


「君、何してるのさ」

「当ててみて」


 咎めるような口調だったにもかかわらず、少女は笑っていた。

 老婆が入室して戸を閉める。

 少女は口を手で覆って息を潜める。

 エノクは彼女から視線を外した。


「……かくれんぼ」

「正解」

「何でかくれんぼ?」

「バレたら連れ戻されちゃうから」

「え?それって――」


 エノクは少女の言葉を聞き返そうとして、老婆が教卓を杖で叩く音に口を閉じる。


「ようこそ。あなた方はレギューム魔法学園の門を潜るに相応しいと判断されました。

 中でも、一般的な魔法学科とは異なる、研究専門にしたカリキュラムを組まれた特別クラスがあなた方です」


 そうなのか……。

 エノクは一人だけ驚愕を噛み締める。

 小声で漏れた独り言に、隣の少女が必死に笑いをこらえているようだった。

 一般的な魔法学科以外に学科が存在することを知らなかった。そもそも、魔法学園の仕組み(カリキュラム)に無知である。

 入学者用の資料に目を通したが、そんなことは書かれていなかった。


「ここは――『進魔法学科(しんまほうがっか)』です」




読んで頂き、誠に有り難うございます。

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