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直線の迷路



 門を潜ると、僧衣の女性が立っていた。

 一枚の用紙を渡されて、先に進むよう促される。

 紙面にはぎっしりと、名簿が記載されていた。細かな枠線の中に文字が詰められ、その中から『エノク・クロノスタシア』を発見するのに数分を要した。

 達筆な文字に悪戦苦闘しつつ、どうにか自分の名前を探し当てた。横並びに続く枠の中に、教室の番号が書いてある。


「もう少し目に優しい一覧にして欲しいな」


 エノクは用紙の裏にある学園内の案内地図を確認し、自分の教室番号と照合させた。

 俯瞰図で示された地図には、五芒星の形に似た巨大な本棟、そこから散々に分離した研究棟や学生寮などが一本の通路などで結ばれている。

 簡易的に記したであろう図面でも、エノクには首を捻って熟思させられた。


「俺は北、かな?……遠い」


 エノクは前景を見つめた。

 道の先に、小さく本棟と思しき建物の影を捉えた。ただでさえ、港の宿場から徒歩でずっと来たというのに、更なる長距離を予感させる。

 この距離感に辟易したエノクは、渋々と歩み出した。

 主人のげんなりした様子に、レイナルが肩から飛び降りて地面に立つ。何事かと振り向いたエノクの隣で、本来の虎並みの体格に変形した。


「どど、どうした?」


 レイナルが顎で自身の背中を示す。

 一瞬だけ傲然とした頤使(いし)の仕草に見えたが、エノクはその意図を察した。


「乗れ、ってこと?」


 レイナルが首肯する。

 エノクはちらと周囲を見渡す。もう既に視線が束になって自分を射竦めている。早くこの場を逃れたい一心に駆られた。

 レイナルの背ビレを避けて上に跨がる。

 すると、レイナルが狼に似た遠吠えを上げて前に駆けた。同時に、周囲で棚引く極光(オーロラ)が展開して世界を彩る。

 馬車よりも速く過ぎていく景色。

 エノクは涙を流しながら賛嘆した。


「もう、どうとでもなれ」


 望みとは反比例する注目度。

 虹色の光を伴って馳せるレイナルは、エノクを本棟まで導いた。





 風となって疾駆したレイナル。

 その足が止まり、涙で頬を濡らしたエノクは周りを顧眄(こべん)した。

 どうやら、先頭までも追い抜いて最初の到着者らしい。不名誉な一等(いちばん)乗りに、エノクは顔色を悪くする。

 重たい気分で前を見た。


 漆喰塗りの普請の風体だが、その大きさに圧倒される。赤い煉瓦葺きの屋根をしたレギューム学園本棟が屹然(きつぜん)とそびえていた。

 古くから名門とされる学院と聞き及んでいたエノクには、その瀟洒な佇まいに厳格だと嘯かれていた風聞を疑った。

 正面には五芒星の本棟の中央部、五つの方角に繋がる庭園へと(いざな)隧道(トンネル)がある。

 奥の方に宿った光に、微かな草木の緑が窺えた。


 レイナルの背中から降りる。

 エノクは風で乱れた服装を検めて、再び子猫のサイズになったレイナルを肩に乗せる。

 意を決して迎える隧道の暗闇に向かって歩いた。

 陽光が遮断されて、半円筒状の道が風景を覆う。一本ずつ進むごとに距離感や平衡感覚、五識(ごしき)が取り除かれていく気分がした。

 一向に最奥の光は近づいてこない。遠退いていく。

 やがてエノクは歩みを止めた。


「なあ、レイナル」

『ぐる?』

「俺がもし、()()()退()()()()()()()噛んでくれ」


 レイナルが(うけが)うと頷く。

 エノクは前進を再開した。隧道の闇との格闘が始まる。足音だけか谺する感覚、目には奥の光しか知覚できない。足の裏にある地面の固さは薄くなっていく。

 歩いて一分が経過した辺り。

 そこでレイナルが肩の肉に牙を立てた。

 痛みで混乱から復調する五感、エノクは肩の上の相棒を撫でながらため息を吐いた。


「これ、また試されてるな」


 エノクは隧道の闇に潜む神秘を察知した。

 この道全体に、何かの魔法が仕掛けてある。

 初対面のとき、レイナルがベルソートにかけられた催眠の類いに似ているものだ。

 それが、前進するエノクの五感を冒し、その歩を阻んでは進んだ分だけ後退させている。

 これから入学者が通過する道であるのに、こんな物を仕掛ける理由なんて一つだ。


「入学試験終わったのに、性悪すぎるだろ」

『ぐるるる』


 これは、また一種の試験だ。

 隧道の絡繰(からくり)を突破した者だけが教室に辿り着いて、本当の入学者となれる。

 意地悪なレギューム学園側の魂胆が窺い知れた。


「こうなったら、あれだな」

『ぐる?』

「レイナル、また後退してたら頼むぞ」


 エノクは手で耳を塞ぎ、目を閉じる。

 胸いっぱいに息を吸った。

 そして。


「俺は何も信じないぞ!」


 エノクは全速力で前に走り出した。






次。

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