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エノクの魔法



 カスミが手を振りながら帰って来る。

 巨大な剣が焼失すると、燭台の火勢が通常に戻った。大きく退散していた受験者や僧衣の男がぞろぞろと広間に戻る。

 アレイトは腰を抜かして尻餅をついていた。

 エノクは考えるのをやめて、帰還した彼女を迎える。


「どうだ!」

「呪術って、ただの暗示(まじない)じゃなかったのか」

「故郷は皆ができるぞ」


 カスミは誇らしげに胸を張った。

 未知の異文化の威力を垣間見て、誰もが沈黙している。

 エノクは尊敬の念の他に、落胆が混じっていた。

 恐らくカスミ以降の人間は、盛大さに欠けるので試験的な評価点が低下する可能性が高い。

 特に、ある意味(・・・・)で魔法の使えないエノクには余計に不利な状況になる。

 不安からの脱却を果たした矢先、また現れた憂いの種に俯く。

 悄然とするエノクの隣では、カスミが整列した受験者の中に視線を運ぶ。


「さっきの赤髪はどこだ?」

「アレイト?喧嘩吹っかけるのやめろよ」

「私の実力を認めさせるんだ」

「試験が終わってからな」


 好戦的に意気込むカスミの両肩をエノクが摑んで止める。

 これ以上アレイトとの関係に軋轢を生むわけにはいかない。

 カスミの強さは凄烈(せいれつ)だった。

 印象として羨望や好奇の的になる。

 ただ、平民で見せてはいけなかった力量だった。貴族家には、貴族として生まれた時点で格差があると断じている。

 もしカスミが自分よりも魔法において有能だとわかると、(おご)りから一転して嫉妬になり、敵意を集中させてしまう。

 (おの)ずとアレイト以外にも敵対する人間を増やす。


「では、次――」


 カスミの後に、別の受験者が呼ばれる。

 魔法を披露し、燭台の火の色が変わった。

 しかし、それでもカスミには見劣りするばかりだった。試験という状況が、自然と他人との比較を強要させる。

 否が応でも――実力の差を知らしめる。


「なんだか慎ましいな」

「火に油を注ぐな」

「油を注ぐのは反則では?」


 カスミは言動に(はばか)りがない。

 エノクは肘で小突いて制するが、意図を理解していないので意味がない。

 案の定、周囲の視線が剣呑さを帯びている。確実にカスミに敵意が募りつつあった。

 傍にいるエノクにも、飛び火(・・・)が来ている。

 ――ここでもし、自分も好成績を出したら……。

 エノクは首を横に振る。

 自分にそんな才能は無い。カスミのような火力は無い。

 そう……火力は。


「では五十八番、エノク」

「頑張れエノク!負けるなエノク!」

「お、おう」


 呼名の声に応えて前に出る。

 カスミの猛烈な応援を受けて、羞恥に堪えながらエノクは燭台の傍に立つ。

 空を仰ぎ、まだ鳥影が健在だと判ると深呼吸する。

 耳を澄ますと平民の足掻きだと嘲る声はない。

 あるのはカスミの声援、絶海の孤島になりかけたエノクにとって唯一無二の味方である。波乱を呼ぶ性格にはほとほと困らされるが。

 カスミによって、貴族家からの侮りは消滅した。心置きなく集中できる環境が完成する。

 落ち着ける。

 エノクは改めて空気を肺いっぱいに吸って。


 そして――。






「こっち、おーいでぇぇええ――――!!」


 大声で“何か”を呼んだ。

 エノクの奇行に僧衣の男すら吃驚(びっくり)していた。呆気に取られた受験者は、やがて潜み笑いを始める。

 すべてを大真面目に受け取るカスミは、堂々と仁王立ちで見守っていた。


 このとき。

 僧衣の男だけが見ていた。

 エノクが大声を発したのと同時に、燭台の火が強く反応を示していた。

 火勢はわずかに強い。

 そして、色は――透明だった。

 火花は白く、炎の輪郭が朧気に見える。


「透明……だと!?」


 僧衣の男は驚愕に震えていたが、ふと空が暗くなったことに気付く。

 頭上を振り仰ぐと――すぐそこまで巨大な影が降りて来ていた。

 急下降してくる影に、カスミのときを彷彿とさせる混乱と退散が起こる。広間の中心から人が退き、エノクとカスミだけが残った。


 エノクは悠々と――否、恐慌で動けなかった。


 目前に降り立ったのは、ずっと頭上から影を落として来ていた物である。

 最初は鳥だと思った。

 しかし船乗りでも港から船まで従いてくるのは訓練されたカモメくらい。更に、ここは内陸部なので従いて来るわけがないし、エノクが調練した鳥などいない。

 ならば、ただの鳥獣ではない。

 そしてベルソートが示唆したエノクの才能とは、裁判所の法廷の会話で耳に残っている。

 魔獣を使役する、『声や仕草から特別な魔力の波長(・・・・・・・・)がある』と。

 

 ただの鳥ではない――なら魔獣に相違ない。

 そして燭台は魔法の波長に反応する。

 つまり――頭上の鳥を呼べたなら、『声の魔力』に魔獣が呼び寄せられるはずなのだ。

 そうしたとき、魔力の波長を検知する緑陽の燭台にも変化が現れる。


 窮地を脱する起死回生の一策。

 狙い通り、呼び声に応じて影が下降してきた。

 鳥ていどの大きさが来ると予想していた。


 しかし――。


「これ違くない?」

『呼んどいて酷いな、このクソガキ』


 不思議な声で、目の前の()が喋る。

 いや、正確には翼を持つトカゲだった。


次。

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