アンリー・グリー ①
さて、どうしたものか。
暇を潰すといっても、ここは夢のテーマパークってわけじゃない。店も何もない。
いるのは化け物ぐらいだ。
さっきここをバハスで調べたとき、様々な情報が俺の中に入りこんできた。
この森は地形と地理を考慮してみると、おそらく「静かなる魔林」だろう。
獣が少なく文字通り穏やかな場所なのだが、代わりにクローバのような巨大な魔物がちらほら生息している。
そいつらは獲物が少ないためか腹を空かせてることが多い。さっきのクローバがよだれを垂らしていたのはそのためだろう。
「地図を出してくれ」
俺は地理を把握しようと、魔袋に指示を出した。
すると、魔袋は光りだし中から手のひらサイズの地図が飛び出した。
それを俺は掴み、その場で広げた。
この地図には何も記されていない。しかし、すぐにこの当たりの地図を描き出した。これも魔法で作られた代物だ。これも高かった。
地図は森の内部を表すものではなく、森を中心とした周辺の地理を教えてくれる。
俺は地図を見てすぐに落胆した。
町らしきものがあるのだが、どう見ても歩いて二、三時間はかかる距離なのだ。
おそらく、そこまでいけば都まではあと少しなので、そっちで過ごしたほうが暇はつぶせるだろう。
うーん、ここにいても襲われる危険があるだけだし、行ってみるか。
俺は進路を決めると地図をしまい、代わりに乗り物を魔袋から取り出した。
乗り物と言っても馬車のような巨大なものではない。確かローラーボートとかいうものだった気がする。
人一人分乗れるほどの黒い板に、ゴム製の小さな車輪が四つ取り付けられている。
昔王都にいたころ、子供たちがこれに乗って遊んでいた気がする。
片足を板に置き、もう片足で地面を蹴って発進していた。
しかし、これは違う。これも毎度のごとく魔法製品で、自動で車輪が回転するようになっている。スピードはあまりでないが、貴重な通行手段だ。
これの原動力は魔法で、ボードに内蔵された魔力を使っている。消費されれば動かなくなるが、これ自体が人間のように魔力を吸収できるようになっているため、充電は自動だ。
他の魔法製品も同じ原理で、節約して使えば半永久的に使用可能だ。
それが、高値な理由でもあるのだが。
俺がボードに乗ると、自動で動き出した。これがあれば、町まで一時間ほどだろうか。それでも十分長いが、そこは我慢だな。
バハスで確認した森の構造を頼りに、俺はボードを走らせた。方向は軽く地面を蹴れば変えることができる。
足場は草や石ころで悪いが、車輪が丈夫なのでなんなく進んでいった。
少しすると、前方に草原が見えてきた。もうすぐ森を抜けれる。
「はぁ、腹減ったな」
そういえば、食事の途中で召喚されたんだったな。好物の麺類だったので、食べれなかったのが地味に堪える。
そんなことを考えていると、俺の体が緑色に光りだした。
「まじかよ」
この光は俺が今からどこかに召喚されますよ、っていう合図だ。この五秒後ぐらいには、俺はもうここにはいない。
召喚されることを拒否することはできない。そういう契約だからな。
今度はどこへ飛ばされるのやら。けどまあ、暇つぶしにはちょうどいいな。
俺は五秒間の間にすぐさまボードを魔袋に戻した。
そして、俺の体は森から別の場所に召喚された。
「うおらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
召喚されるやいなや、野太い女性の声が耳に響いてきた。
急に耳に衝撃が来たので驚いたが、よく聞けば何度も聞いたことのある声だった。
「シャリャァァ!」
今度は聞きなじみのない声だ。明らかに人間離れした動物の鳴き声だ。
その鳴き声の後に、俺の前に細長い黒の物体が吹っ飛んできた。
地面に「ドスッ」と落ちたそれは、蛇のように見受けられる。何かで胴体を叩きつけられたかのような、奇妙な凹みがあった。さっきの鳴き声はこいつか。
俺は状況を確認しようと、少しだけ首を動かして見渡した。
すると、すぐに見慣れた顔が映り込んできた。
「来たな、コトオ」
その声はさっきの迫力のある怒号と一緒だ。
全身の筋肉が発達している女性が、巨大ハンマーを両手で持ちながらこっちをみている。
「そりゃ、呼ばれれば来るよ」
こいつの名はアンリー・グリー。
オレンジ色の髪にバンダナを巻いており、前髪をセンターで分けている。顔はハッキリとした顔立ちで、目力が強いために威嚇されている気分になる。
赤を基調とした鎧を着ているが、へそのあたりを出していたりと所々露出のある恰好をしている。
「天井にぶつかって、召喚されないかと思った」
彼女はそういって頭上を確認した。俺もつられてみると、目の前に茶色い土で出来た天井が見えた。
察するにここは洞窟かなにかだろう。縦の長さも狭ければ横も狭い。
こんな窮屈なところだと暗くて何も見えないはずだが、その問題は彼女の魔法で解決している。
彼女の近くに小さな炎のような光が浮かんでいた。この炎に熱さはなく、代わりに広範囲を照らしていくれる。
「空飛んで移動してくわけじゃないんだ。心配ない」
召喚は瞬間移動に近い。俺が入れるスペースであれば、どこへだろうと召喚することができる。
というか、ぶつかると思ってんならこんなところで召喚するなよ。
「あっそ」
「お前な~」
「……」
アンリーはすぐに会話を終わらせた。っく、この気分屋が。
こいつとは昔の仕事仲間で、付き合いはそれなりに長い。
けど、こいつの自由人ぶりには飽き飽きしていた。
「あの、今回の仕事に関して、お話したいんですが……」
アンリーとは別のか細く透明感のある青年の声が、後ろから聞こえてきた。洞窟の中だからか、妙に響いている。
「ああ、大丈夫だ」
後ろを振り返ると、重装備をした若い青年が立っている。左手には大きめ盾を持っており、片手斧を背中に背負っている。
全身鎧で包まれていて巨体に見えるのに、出ている顔が小顔のためアンバランスな体形になっている。
彼はアンリーの恋人 カイン・ドネス。水色の髪と目が、彼の優しそうな顔をさらに優しく見せている。事実、彼は超がつくほど気遣いのでき男で、アンリーとは真逆だ。
「今回のターゲットは、今アンリーさんが倒したダーペントなんですけど」
「そっか。でも蛇ぐらいだったら俺を呼ぶほどじゃないだろ? 現にアンリーは倒してるし」
いいながらアンリーをチラッと見ると、それに気がついたのか重そうなハンマーを軽々と持ちあげた。
何のアピールだよ。
「そうなんですけど、厳密にいうとターゲットはダーペントの抜け殻なんですよね」
「抜け殻なんか探してどうするんだよ」
「あんた、そんなことも知らないんだ」
カインに質問したら、何故かアンリーが答えてきた。
「知るわけないだろ、専門外だ」
「あっそ。じゃあ、説明してあげる」
呆れた表情しながら、アンリーは喋り始めた。
おかしいな。こいつに召喚されて今から手助けしようってところなのに、扱いが悪すぎる。
「ダーペントの抜け殻は丈夫だし、黒くて艶があるから、服とか鞄とかに使われてる。それも、超高級の。ま、あんたには縁のない話か」
「ご説明、どうもありがとう」
自慢げに語ってくるアンリーがむかついたので、満面の笑顔で答えてやった。もちろん、心の中は微塵も笑っていない。
「ダーペントはその抜け殻を住処のどこかに隠して貯蔵しておく習性があるんです」
「抜け殻なんて大事にする必要あるのか?」
人間への価値は理解できたが、蛇が自分の抜け殻を貯めておく必要があるのだろうか。
単純に気になったから聞いてしまったが、これが再びあいつの口を開かせるきっかけとなってしまった。
「卵のため」
アンリーは俺を蔑むような目で見てきた。さっき専門外と説明したはずだが、耳には届いていなかったようだ。
「ダーペントの?」
「そう。卵を温める時に、抜け殻に包むと育てやすいんだって。だから、ダーペントは必死で守ってるってわけ」
「それで、コトオさんにはその抜け殻探しを、お手伝いして欲しいなと」
ようやく二人が俺をここに召喚した理由がわかった。
魔物の皮や爪といった素材を集めるために、彼らは俺と契約している。
抜け殻を無事奪えたら、どこかの街で売りさばくのだろう。
彼らは素材売りをしながら旅をして生活している。
魔物を倒してお金を稼ぐという点では、ナオン達のような依頼屋に近い。
違うのは、依頼料がないことだ。
誰かに頼まれたわけではないので依頼料が当然発生しないため、安定して収入は入らない。
しかし、倒した魔物は全て自分たちで処理できるため、それを売って稼ぐことはできる。
この素材が希少価値の高いものだったりしても、依頼を受けている場合は依頼者に渡すことがほとんどだ。
つまり、素材売りは安定はしないが、一攫千金を狙えるってわけだ。
俺を召喚するってことは、ダーペントの抜け殻というのは相当な値段で取引されているようだ。
「おっけー。それで、抜け殻の目星はついてるのか?」
「それが……」
カインは明らかに沈んだ態度で、洞窟の奥をみつめた。明かりで近くは照らされているが、さらに億となると真っ暗で何も見えない。
「なるほど。じゃあそれを、俺の魔法で探せばいいんだな?」
「はい。確か、コトオさんはバハスを使えますよね?」
契約するうえで俺の肩書きがフィールダーってことは伝えてある。
地形を探索できるバハスの魔法はできて当たり前だ。
「最近、丁度熟練度があがった気がするんだ。たぶん、見つけらる」
ナオンと契約してから、バハスの使用頻度がかなり増えた。そのおかげで、索敵範囲の拡大、速度が上昇していた。
チームメイトにナオンを送り返すことにしか使ってこなかったが、素材を見つける時にも使えることに、今気がつかされた。
「バハス」
俺はバハスを唱え、無数の光を洞窟の奥へと飛ばした。少しだけ暗闇が晴れたがそれは一瞬で、すぐに光は視界の奥まで消えていった。
一分も立たないうちに、光は全て帰ってきた。どうやら、当たりを引いてきたやつがいるようだ。
「おっけー、だいたい分かった。抜け殻がありそうなところがあったぞ」
「本当ですか!?」
カインが大げさと思えるほど驚き喜んだ。もしかすると、この洞窟に入ってかなり時間がたっているのかもしれない。
そう感じたのは、地形を調べた時に、今いる地点が洞窟の最深部に近かったからだ。
「やるじゃん、コトオ」
珍しくアンリーが俺を褒めた。なんだかむず痒かったが、悪い気はしない。
堅物のこいつが丸くなるほど、この洞窟探検はきついものだったようだ。
考えてみれば、二人が俺を召喚するときは、羽振りがいい時か仕事がうまくいっていない時だ。今回は後者だな。
「よし、ここからは入り組んでるけど、目的地までそう遠くない」
「やっぱり、うじゃうじゃいますか?」
「そりゃね。異常なほどダーペンドがいるから、間違いなく卵を守ってるだろ」
蛇のことは詳しくは知らないが、大抵の生物は子供や卵を守るものだ。ダーペントは家族単位で守るのではなく、群れ全員で守っているみたいだな。
「ふぅ、了解です」
息を整えるカイン。重装備で身を固めているが、戦うことに少しだけ怯えているようだ。いや、だから重装備なのかもしれないが。
俺を先頭にして、目的地へと歩き出していった。
バハスで探った結果、巣と思われる場所にダーペントは固まっており、道中にはほとんど気配すらなかった。
さっき、アンリーが倒したのは偵察部隊や門番といった役割なのだろう。
洞窟を歩いていくと何度も穴が二手に分かれており、こちらを惑わしてくる。けど、俺には関係ない。
バハスで得た情報は、しばらくの間は俺の脳に記録されたままになる。だから、俺からしたら洞窟に矢印が出ていて案内してくれているようなものだった。
「もうすぐつくぞ」
それを聞いた後ろの二人は身構えた。
俺はゆっくりと歩くスピードを落とし、その場で止まった。
すると、目の前から「シャアァー」といった、蛇たちの囁き声がいくつも聞こえてきた。
暗くて肉眼では見えないが、目の前にダーペントたちの巣があるのは間違いない。
「よし、ぶん殴ってくる」
血の気の多いアンリーが、すぐにでも飛び出していきそうだ。
それを止めたのは俺ではなく、カインだった。
「ちょっとアンリーさん、危険ですよ。数も分からないのに飛び出しちゃ駄目ですよ」
「そ、そうだけど……」
あっさりアンリーは引き下がった。俺の時と態度が明らかに違った。アンリーは昔から気が強くて言うことを聞かないが、惚れた男のことはすんなり聞くのだ。
「いや、ぶん殴ってこい」
「え?」
二人が同時に驚いて声を出した。いつもなら、俺もアンリーを止める側だから、予想外だったんだろう。
「コトオさん、何か勝算があるんですか?」
「ああ。二人には蛇たちの気を引き付けてほしい。そして、この通路まで誘い込んでくれないか?」
「囮になれって?」
アンリーは不満げな顔になった。
「アンリーはいつも通り暴れればいい」
「さっきも言いましたけど、危険じゃないですか?」
どうやらカインは彼女のことが心配で仕方がないようだ。筋肉馬鹿のアンリーを心配する気にはならないが、彼氏なら当然と言えば当然か。
「大丈夫」
俺はそう言いながら、弱腰になっているカインの背中を軽く叩いた。
「へ?」
「お前がいるだろ。そのでっかい盾で、アンリーを守れば問題ない」
カインが持っている大盾は飾りなんかじゃない。蛇が何匹来ようとも、盾が割られることはないだろう。
「カイン、ちゃんと守ってよ」
軽く口角を上げたアンリーが、カインをじっと見つめた。
なんだか目の前でいちゃつかれている気がして気分はよくなかったが、こいつらが動かないことには始まらないから、俺はただ待った。
「……はい。わかりました。お二人は絶対に守り抜きます」
しっかり俺も人数に入ってるところが、カインらしいなと思った。
「よしっ、暴れるぞ~」
アンリーはすぐに戦闘態勢なっていた。
カインも覚悟を決めて、武器を構えている。
よし、それじゃあこれから、お仕事開始だ。