ナオン・メディウム ④
蝙蝠野郎を退治して、傷も治って一件落着。といいたところだが、俺の仕事はまだ終わりではない。
俺はこれから、迷子の子猫ちゃんを仲間の元へと連れて行かなければならない。
そうしなければ、またナオンは道に迷って森に住まう獣に襲われることだろう。
こんなだだっ広く、目印もないような自然界の森で、本来人探しは一苦労だ。正直、ナオンが迷うのも仕方ない気はする。
けど、俺はそうじゃない。むしろ、人探しは得意なほうだ。
「今日もいつものメンバーで来たのか?」
「はい。カナリアさんと、エーグルくんとアルコンさんの三人です」
正直、チームメンバーの名前を言われてもピンとこなかった。あくまで俺はナオンの契約者であり、チームとは無関係だ。
ナオンを連れていく際に、毎回軽く挨拶する程度だ。美男美女でむかついたことだけはハッキリと記憶しているが。
「おっけい、三人だな」
人数を確認すると、俺は手のひらをさっきの闘いの時のように、地面につけた。
蝙蝠戦で使ったトレインとは別の魔法を使用するためだ。
トレインは地形に魔力を注ぎ込み、それと繋がっているものなら自由に操作できるというものだ。
今回のは、それを応用したものだ。
「バハス 三人を探せ」
俺の魔力が地面に流れていく。地面に到達すると、魔力の光が無数の小さな粒になって、地中で弾けた。
そして、森の四方八方に飛び散っていった。
これは探知魔法だ。魔力が三人の足音や体重を感じれば、俺に報告してくれる仕様になっている。
人探しにはもちろん、地形を把握して戦闘を有利にする効果もある。
とはいったものの、正直あまり使用はしていなかった。仕事柄、契約者に召喚されるので探す必要はないし、地形は目視で充分なことが多い。
それなのに、バハスの熟練度が4から6に成長したのは、ナオンのおかげ?だろう。
「お、みっけたみたい」
「ホントですか!?」
「そんなに遠くはないな」
ナオンは俺の報告を聞いて、一気に笑顔になった。ナオンは何度も迷子になって、慣れっこかと思っていたが、やはり一人で彷徨うのは心細いようだ。
俺はバハスで探知した足取りを元に、チームメイトがいる場所へとナオンを連れていこうとした。
「よし、行きますか」
両腕を上げて出発しようと何歩か歩くと、おかしなことに気がついた。
ナオンがついてきてなかった。
てっきり、一秒でも速く集合したいのではないかと思っていた。
「どうした? どっか怪我でもしたか?」
「いえ……その…… なんていうか」
ナオンは下を見ながらもじもじと体を揺らしていた。こんなナオンを何度か俺は見たことがある。
ずばり、性的なことを連想しているときである。うん、きっとそうだ。
「今日の夜、お暇ですか?」
き、きたぁぁあぁぁぁぁぁあぁ
ついに来たか。契約料を払って貰うときが。
実は何度もナオンに召喚されているが、一度もその、ことにあたったことはなかった。
ナオンが拒んでいるわけではない。
問題は俺にある。
不定期な召喚屋という仕事をしているので、まとまった時間を俺が取れないのだ。いつ他のひとから召喚されるかわからない。
彼女も仕事をしているし、心の準備ができてからでいいよ、と俺が言ってしまったので、今の今まで実際に予定を決めるまではいかなかった。
「お、おう。予定はないよ」
思春期待っただかの男子みたいな反応をしてしまった。今年で24歳のいい大人だというのに。
今日これ以上予定はないのは事実だ。もしかしたら昼間に召喚されるかもしれないが、夜ならまあ大丈夫だろう。だいたいの人は昼間に活動して夜には休息しているので、仕事は入りにくい。
例外もあるにはあるが。
「よかった。じゃあ……、夜にまた召喚してもいいですか?」
いいに決まっている。この日をどれだけ待ち望んだことか。
すぐにでも「イエス!」と猿のように答えたかった。
しかし、落ち着くんだコトオよ。俺は歳上だ。冷静に答えなければ
「ああ。少し遅い時間でもいいか? 昼に仕事が入るかもしれないからさ」
なんなら今からでも良かったのだが、流行る気持ちをなんとか抑えた。
「分かりました。た、楽しみにしてます」
ナオンは言葉をつっかえながらそう答えた。
ん? 楽しみにしています? その言葉を脳内で繰り返した。
俺と夜を過ごすことは嫌ではないということか? 契約だからしぶしぶというわけではないということか?
何気ない一言が、俺の心を一瞬で高揚させた。
「……あ、いや、その今のは違くて」
自分が言ったことの意味を理解したナオンは、出会った中で一番顔を赤くしていた。
「違うのか?」
「違うというか、違くないというか」
「違くないのか?」
「いや、もう、いいじゃないですか! 皆の元へ行きましょう」
明らかに動揺したナオンは、話を無理やり変えて早歩きで動き出した。
「おいナオン、そっちじゃないぞ」
ナオンが歩き出した方向は、三人がいる場所とは真逆だった。そもそも、正確な場所を俺が伝えていないので、ナオンが先に歩きだしてはまた迷子に逆戻りだ。
「あ、す、すいません……」
てんぱっていたナオンが大人しくなった。しかし顔の赤らみはとれておらず、恥ずかしくて黙り込んでいるようだった。
「じゃあ……、行くか」
さっきまでは何だか男と女のいい雰囲気を感じていたのに、今は重力が強まったのかと思うぐらい気まずい空気が流れている。
俺はちらちらと後ろで黙り込んでいるナオンを見ながら、仲間の元へと向かっていった。
彼女は道中一言も喋らなかった。相当、さっきのが恥ずかしかったんだな。
それもそうか。
直接聞いたことはないが、おそらくナオンは、そういった経験がないのだろう。
あんな美女を男がほっとくわけはないが、ディップ族なら納得できる。
彼女の周り全員が巨乳美女なのだから。
男性経験がないなら、照れてしまうのも仕方がない。
逆によく、契約料金を体で払うと決めたな、と改めて感じた。
でも、俺みたいなやつを雇わないと、ナオンは今頃この世にいない可能性もある。
ナオンがさっきのような化け物をどうにかできるとはとても思えない。
彼女の肩書き【ダウンサー】はあくまで後方支援。相手を弱体化させて、味方にとどめを刺してもらう。
迷子になった際に、誰かの助けがどうしても必要なのだろう。
正直なところをいうと、契約料はいくらだってまけられる。俺が個人でやっていることだし、召喚屋みたいな特殊な仕事は少ないだろうから、相場もない。
けど、俺は性欲に勝てなかった。
俺とナオンは沈黙を保ち続け、ついに仲間の元へと辿り着いてしまった。いや、いいことなんだけど。
「お~い、ナオーン」
前方から若い女性の声が聞こえた。生い茂る草木の先に、三人の人影が見えてきた。
黙っていたナオンもそれに気がつき、やっと顔をあげた。
「どうも」
仲間の三人の元へ行くと、俺は軽く挨拶した。知り合いだけどそれ以上は関わらない、この三人とは不思議な関係性になっていた。
知ってることと言えば、狩猟や護衛と言った仕事を頼まれて行う「依頼屋」をしてるということぐらいだ。
「いつもごめんね」
そう言ったのはナオンを呼んだ女性だった。彼女もディップ族特有の白い肌と巨乳、そして優れた容姿を持っていた。女性にしては身長が高く、スタイル抜群だ。前線で戦う肩書きなのか、軽装備で肌がかなり露出していて、目のやり場に困る。
確か名前はカナリア。俺と歳はあんまり変わらない気がする。
その後ろに二人の巨体が立っていた。
一人は筋肉が発達していてがたいがよく、身長も2メートルはあるだろうか。髪は短髪で筋肉美男だな。
もう一人は、筋肉はそれほどな変わりに、身長がさらに高い。見上げるのに首が疲れる。爽やかな笑顔でこちらを見てくる。
筋肉野郎がアルコンで、高身長がエーグルだったような、逆だったような。二人も戦士タイプの肩書きのようで、しっかりと武装をしていた。
この二人を見ていると、なんだか惨めな気持ちになるので、あまり関わりたくはなかった。カナリアは別である。
「……ありがとうございました」
俺が三人に見とれていると、後ろにいたナオンが急に小走りで通り過ぎていった。去り際にお礼は言われたが、いつもでは考えられない淡白な態度だった。
「なんかあったの?」
違和感を感じたのがカナリアがナオンに問いかける。
「いえ。大丈夫です」
「そう、ならいいけど」
ナオンはこちらを見ようとはしなかった。あれ、嫌われてない? これ
「じゃ、じゃあ、俺はこれで」
「いつもごめんね、じゃあ」
俺はナオン達一行と別れて、森を進んでいった。
なんだか心がもやもやした。
この調子だと、今晩召喚されない可能性があるような気がしてきた。
いや、約束を破る子ではないか。
考えても仕方ない。
俺は召喚されるまで、時間を潰すことにした。