7 時空波対策庁
時空波の存在には、「根絶派」と「保守派」が存在する。
発生すると瞬く間に地球全体の人間を眠りにつかせてしまう時空波。時空波の発生源である太平洋の隕石は、どんな兵器を持っても壊すことが出来なかった。しかしそれは人類が安全である範囲内である。
5年前に国連が、「海洋汚染などを諦める場合、破壊は可能である。しかしそれはあくまでも最終手段だ」と発表した。根絶派はいかなる方法を持っても隕石を破壊し、時空波という事象を終わらせるという考えの派閥だ。
一方保守派は瑠衣さんのように共存を求める派閥である。保守派の代表は人類の睡眠時間を増やすために必要な事象であると主張している。現に睡眠時間の増加と労働者の勤務時間の減少に繋がり、世界中の自殺率は下がった。(ただし時空波の被害による死亡人数よりは下回る)
日本という国としての判断は「中立」である。核を保有しない我が国には隕石を破壊する兵器は持ち得ない為、嫌でも共存をしなくてはならない。
4年前に政府は国土交通省の外局に「時空波対策庁」という新たな行政機関を立ち上げた。世界で1番早く正確な時空波予報の設備を作り、あらゆる対策を考えたその功績は後世まで伝承されるものである。
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時空波対策庁かぁ
私は大学で配られていた就活の紙をパラパラと読んでいた。いとこが官庁を受けたけど、日本中どこにでも転勤させられるって聞いたからな……自分には試験を受かるだけの頭脳は無いくせに1丁前に悩んでしまった。
ガリガリガリ…………
ベランダの網戸を引っ掻く音がする。
「また来た」
猫だ。窓を開けるとノシノシと中に入ってくる。何かを伝えたそうにニャォと鳴き、私の目をじっと見て来た。やはりエサか。エサが欲しいのか。
部屋の隅に置いておいたペットフードを持ってくると、ものすごく可愛らしい声でニャッと鳴いた。
1週間ほど前、時空波中に家でボーッとしていたらベランダに現れたのがこの猫である。時空波の最中に動いている人間が余程珍しいのだろうか、ジーッと見てくるので興味本位で中に呼び入れると堂々と入ってくるではないか。そしてちょうど飲んでいたミルクをあげてしまった。それ以来、時空波になると家にやってくるようになったのだ。
「なーんで、時空波は人間にしか効かないんだろうねぇ」猫に聞いてみたが、ご飯を貪っていたので返事はなかった。
先月から始めた就職活動はまったく進捗がない。大学が栄養系なのだが、就活をしているうちに食品業界のブラックさに気づき(年間休日や給料が他の業界に比べ少ない)、ためらっていたらすっかり時間が経っていた。今から公務員の勉強も間に合わないだろうしいっそ無職に…いや、実家に迷惑はかけられない。
いっそ、曽根くんと同じ救世主になろうかな。
……いやいや、ボランティアなんだから無職には変わらないし…てか、曽根くんがいないのに1人で狐面で活動するなんて危ないよ、やめよう…私は机の周りをぐるぐると回った。ご飯を食べている猫がジャマそうな目でこちらを見てきた。
「そうだよ、防犯カメラのない人通りの少ない場所だけに行けばいいんだ!!」
就活でストレスが限界になっていた私は、正常な判断が出来なくなっていたようだ。
猫を部屋から追い出してから、勢いで外に出た。
時空波の最中なのでもちろん人通りはない。田舎特有の鳩の鳴き声が聞こえる。
曾根くんからもらった黒い狐面をかぶり、おそるおそる近所のパトロールを始めたが、特に異常はなし。私の住んでいるアパートの周りは年配の方が多く住んでいるため、時空波の対策はバッチリのようだ。(よくサイレンが鳴った瞬間に家に入っているのを見かける)畑の多い場所を通り、高台をぐるっと回って家に戻ってきた。防犯カメラは見当たらないし、道端で寝ている人もいなかった。
「なんだ、ただの散歩みたいだ。」
5年間、時空波中はずっと部屋から出ることは無かったが、誰もいない世界というのは気持ちいい事を知ってしまった。
クルクルと回りながら歩いてみたり、いつも交通量の多い道路で寝そべってみたり。人が居たら出来ない事を沢山してみた。楽しかった。初めて時空波が楽しいと思った。自分が特別であることを強く知ってしまった。
時空波で初めて外に出てから1ヶ月経った。
季節は移り変わり梅雨になったが、相変わらず進路は決まっていないのであった。
この日も面接のストレス発散でひとしきり遊んだ後、家に戻ろうとした。が、帰りに気づいてしまった。
カメラだ。
うちの前の一軒家の玄関に防犯カメラが付けられている。昨日までは無かったのに。
かなりパニックになった。とりあえずまだ家の前を歩いていないから、反対側から回って入ることにした。
何とか部屋に戻ると、窓からカメラを確認した。
玄関の天井に確かにある……行きは映っていないはずだが、全く意識せず歩いていたので映っている可能性もある。どうして、どうして急に。
ガリガリガリ……壁を引っ掻く音がする。
あぁまた猫が来たか。
ん?待てよ
猫。猫のせいか。あの家、玄関に金魚鉢があったはずだ。私が猫に餌付けしたせいで近所に歩き回いていたから防犯カメラを設置したんだ。
やらかした。
枕に自分の顔を押さえつけ、布団にダイブした。顔を押さえながら大きく叫んだ。猫が驚いて外へ逃げていく。今はただ、家主がカメラを確認しないことを祈るしかないのであった。
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商店街にて
「ええ、こちらの商店街で是非、時空波対策庁の調査を実施したいと考えておりまして」
女は書類をカバンから取り出し、商店街の組合長に渡す。
「あらァうちでこんな大層な事……光栄ですわ。是非来月の週末にでもやってくださいな、ちょうどお祭りもやってるので」
「ご協力本当にありがとうございます。ではまたお電話でご説明させていただきます」
女は深々と頭を下げ、駅の方へ歩いていった。
「なあなぁばあちゃん、今の誰?」
組合長の孫が部屋の奥から出てくる。
「ん、時空波ナントカとかいう偉い人。どうして、こんな辺鄙な商店街に来たんかねぇ」
そう言うと組合長は子供に名刺を見せる。
時空波対策庁 捜査課
小枝 茜