4 原付バイクの救世主
時空波の市街地は静寂に包まれていた。
いつもは賑やかな駅前通りも聞こえるのは鳥のさえずりのみで人っこ1人いないのである。
私たちは原付バイクに乗って誰もいない道路を走り抜けていった。エンジン音だけが響き渡る。
途中道端にある簡易カプセルホテルに、ちらほら人が見えた。ガラス越しに見えるその姿は本当に気持ちよさそうに寝ており、なんともうらやましい限りだ。
「あ、誰かいる」私は電柱の影におじさんが寝ているのを発見した。曽根君はブレーキをかける。
「かけてみますか?」カゴから毛布を取り出すと私に手渡してきた。毛布を大きく広げておじさんに覆いかぶせた。曽根君は頭の下に枕を置いた。
「よし、完璧!いずみさん、良い感じです。」曽根君は嬉しそうに言った。大したことをしていないのに凄く照れくさくなった。
「まるで救世主みたいな仕事だね」私は言った。
「そうですよ、救世主になれるんです。俺たちは唯一のエラー品なんですよ」
曽根君は再び運転しながら言った。
「時空波を浴びても寝ない。通常通りに動ける。おかしいだろ、全人類が眠りに落ちるハズなのに。俺たち多分人間に識別されてないんじゃないですかね。それがどうしてかはわからないけど、ここに2人もエラーが居るんだ、何か理由があるはずなんですよ。だから、この時空波が終わったら色々共通点を考えませんか?時空波が始まった頃の話とか。良いですか?」
もちろんと私は答えた。曽根君はやったー!と無邪気に笑った。
今まで孤独に時空波が終わるのを待つのみだった私にとって共通の悩みを持った友人の存在は大きい。心の底から嬉しく思った。
商店街に来た。
駅前にあり、アーケードが全長約800mにもなる大きな商店街だ。パチンコ屋や飲み屋、惣菜屋に花屋まで様々なものが揃っている。近くの女子大生がよく利用するタピオカ屋もある。私もよく利用している便利な商店街だ。
「ちょっと気をつけて欲しいことがあって。」曽根君は言った。
「時空波中は火災防止の為に電力供給が止められてる。でも食料品とかは動物の盗難防止で自家発電を使って防犯カメラがついてるんですよ。1回バレて“”妖怪キツネ面男”って都市伝説になりました」
思わず吹き出してしまった。曽根君の顔は不服そうだった。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。この商店街は下町の商店街というか……動物も出ないしカメラはあまりついていないと思う」私は言った。
「そう?それなら良いんだけど」
曽根君は少し安堵して、バイクのスピードを上げた。
商店街の中ほどにある「みなのや」という小さなスーパーマーケットが見えた。ここは野菜がかなり安いので私もたまに利用している。
店の横を通り過ぎた途端、曽根君は急ブレーキをかけた。
「誰か倒れている」
確かに女の人が店の通路で倒れていた。よく見るといつもお世話になっている店員さんのようだ。床に頭を打ち付け、おでこを少し出血していた。
「ちょっとまずいな」曽根君はバイクの座席下から救急セットを取り出し、出血していた部分に消毒液を付け、ガーゼをテーピングで止めた。そしてカゴに入っていた毛布をそっとかけ、頭に枕を置いた。
余りにも手際が良いので私は見てるだけになってしまった。
「いずみさん!!お願いがある!!!」
曽根君は手を合わせて頭を下げた。
「ちょっと手当し過ぎちゃったかもしれない。近くで寝たフリをして、起きたら私が手当てしましたって説明してくれませんか。同じ女性の方が対応しやすいだろうし。意識が無かったら救急車呼んで欲しい。お願い!!」
強く言われると断れないのが私の性格だ。
「もちろん。放っておけないよ」そう言うと曽根君は「ありがとうございます!!」と深深と頭を下げた。
「俺は残り時間が許す限り見回ります。あとはよろしく!!!」急ぎ足でバイクにまたがる。エンジンをかけたと思ったらサッとすごいスピードで走り去ってしまった。天真爛漫で嵐のような人だと思った。
寝たふりか…
私は店の前の道路に曽根君から借りた毛布を敷いて横になった。時空波の時間はいつも憂鬱だったが、今日は不思議と悪い気分が無かった。
店員さんは大丈夫だろか、起きてすぐ話しかけたら変な人だと怪しまれるだろうな。ああ、大事なことを思い出した。曽根君と後で話そうと言ったのに集合場所を決めていない。また会えるだろうか……
思考がグルグルと回る。
目を閉じていたらいつの間にか寝てしまった。
お面がちょうどいい暗闇になったのだ。
私の意識が消えていくその頃、時空波の青い光が消えていくところだった。
時空波の青色の光はターコイズブルーです。