3狐面の少年
白い狐の面を付けた少年が、海を眺めている。
それだけでも異質だが、狐の面に似合わない黒い学生服を着ていることから、なんだか奇妙である。
彼は私に気づくと、
「うわあああああああああああああああああ!!!」
と尻もちをついてしまった。驚きたいのはこっちである。
「あなた、、、人間?」
「いやこっちのセリフだよ!!!俺はれっきとしたにんげん!!群馬県から原付で来たの!!宇宙からじゃねーよ!!」
彼はお面を取った。本当だ、ただの人間だ。ただの平凡な男子学生だった。
「なんで起きられるの?どうしてそんなお面してるの?」
「質問が多いな…知らん!!最初っから動ける!てかこっちがあなたに聞きたいわ!このお面は修学旅行で買ったやつ!以上!」
お互いびっくりして動揺しているので会話が続かない。ちょっと間をおいて息を整える。
「私、時空波中に動ける人間に初めて会えたから嬉しくって。え、名前は?」
「俺は曾根ってものです。今は高校の夏休み中で旅に出てる。そっちは?」
「私は泉。大学生」
「あー年上でしたか、ため口すんません。」
雑談をしていると本当にただの男子高校生だった。彼は高校の吹奏楽部で部長をしているそうで、昔高校に居た生徒会長にそっくりだった。時より話すジョークもかなり面白く、いかにもモテそうなやつだと思った。彼女もいるそうで、まさに青春の塊といった感じである。
「あ、まずい結構時間すぎた。動かさなきゃ」
「なんの時間?」
「時空波の時間。16時21分までだから…あと1時間半もないじゃん。いずみさんも来る?」
「え、何をしに…?」
「俺はね。人助けの旅に出てるんですよ。見て」
曾根くんは原付バイクに結んである風呂敷に入った大きな荷物を見せてきた。布団が何枚か入っているようだった。正面のカゴにはクッションが2~3個詰めてあり、よく見ると救急箱もある。
「世の中事情があって時空波の前に安全な体制取れない人が一定数いるんですよ。そりゃ、1日の予定が破壊されるわけだからしょうがないんですよ。だからね。時空波の中で唯一動ける俺が、そういう人を助けてあげようと思って、中学の時から活動してるんす。まあ、防犯カメラなんかに映るとまずいんでお面つけてるんですけど。」
凄い。率直に思った。
私は時空波の最中に動いてることがバレたら、どこかの研究機関に連れて行かれてしまう危ないことだと思った。だから時空波中は自分の部屋に引きこもっていた。その度に世界からの疎外感を感じ、憂鬱な気分になっていたのだった。
時空波中に怪我をした人を助けるというのは、確かに私たちにしか出来ない。目から鱗が落ちた。
「ちょうどスペアの黒い狐の面持ってるんですよ。どぞ」
彼は原付バイクの椅子の下から黒い狐の面を出した。お面をかぶるなど幼稚園児ぶりである。
恐る恐るつけた。鏡がないのでどんな珍妙な姿になっているのかわからない。
少し恥ずかしかったが、自分の中で何かが変わる気がした。
「よし、行きますよ。後ろ乗って」
「え、原付バイク乗るの初めてなんだけど…普通に座っていいの?」
「いいのいいの!さ、おれにつかまってて」
バイクが走り出す。最初はかなり怖かったが、慣れると風を切る感覚が気持ちよかった。
狐の面をした奇妙な2人組は、青い光に包まれる市街地へ向かうのであった。