不思議の国のアリス
わたしと一寸法師さんが
連れてこられたこの世界。
屋上から見下ろす風景は、
わたしの住む街
そのままのようだけど。
街の名前とか
自分の家とか
そういう事は一切覚えていないけれど、
わたしはこの街に住んでいる、
その確信だけは持てている。
わたし達は、
まず、この建物から出ることにした。
非常階段の鍵は空いていて、
何事もなく、
建物から出ることは出来た。
そこはマンションだったようだ。
そら
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
一寸法師
「おいおい、」
「体力無さすぎじゃん」
「現代っ子。」
「なっさけねーなー。」
そら
「…いや…、当たり前ですよ!」
「10階以上ある建物を」
「階段で降りるなんてこと、」
「普段の日常生活では」
「まずあり得ません!」
一寸法師
「まぁそのヒョロヒョロの体型じゃ」
「仕方ないよな。」
そら
「…現代人の体型は」
「これくらいが標準です」
一寸法師
「そーそー」
「今の時代じゃ、」
「女はガリガリに憧れるんだよな?」
「昔からすると」
「マジいみふなんだけど。」
そら
「そりゃ」
「食べ物に困っていた時代では」
「ふくよかな上流階級の女性が」
「憧れだったのでしょうね。」
「時代によって」
「そういう移り変わりは」
「当然ですよね。」
「でも わたしも」
「ガリガリ過ぎるのは」
「どうかと思います。」
一寸法師
「いやお前十分ガリかと。」
「てか、」
「年も覚えてないんだよな?」
そら
「…はい。」
一寸法師
「制服着てるから学生だよな。」
「中学生…には見えないな。」
「市立の小学校か?」
そら
「…分かりません…。」
一寸法師
「でも小坊の割には」
「しっかりしすぎてるよな?」
「全く見えないけど」
「まさか中坊?」
一寸法師さんに
ジロジロ見られると、
何やら
心の奥がザワザワした。
嫌だ…、
なんだろう、この感じ…。
一寸法師
「…にしても。」
「静かだよなぁ。」
そら
「…あっ、はい」
嫌な感覚に捕らわれていた意識が、
話しかけられて戻ってきた。
わたし達は
ブラブラとあてもなく
歩き回った。
住宅街でも
大通りに出ても、
誰一人いない
車等も走っていない。
そら
「…ここには」
「誰もいないのでしょうか。」
と、呟いた途端
そら
「…えっ!?」
わたし達の目の前に
ウサギが1羽
飛び出して来た。
ウサギ
「大変だぁ!」
「間に合わない!」
「上王様に怒られる~!」
懐中時計を持ち
中世ヨーロッパの貴族のような衣装を着て
2本足で走るウサギは、
あっという間に
大通りを駆け抜けていった。
一寸法師
「追うぞ!」
そら
「は、はいっ!」
慌ててわたし達は駆け出した。
2本足で器用に駆けているが、
2足歩行のおかげで、
本来のウサギのスピードは
出せていないのだろう。
走ってみて、
自分は短距離走が
得意ではないように感じるが、
それでも何とか
ついていけてる。
このウサギは、
きっと、
不思議の国のアリスに出てくる
ウサギだろう。
自分の事は忘れているのに、
一寸法師や
不思議の国のアリスの物語の事は
覚えている。
どこに行くのだろう。
先ほどのセリフは、
不思議の国のアリスの
ストーリー通りの
内容だった。
という事は、
ストーリー通りに
上王様の元へ
向かっているのだろうか?
そら
「はぁっ、はぁっ…」
「一体何処まで…」
そろそろバテてきて
限界だ、と思った時
一寸法師
「建物に入って行く!」
ウサギは
ある建物に入って行った。
そら
「はぁっ、はぁっ」
「っ、警察署…!?」
わたし達も中へ入った。
一寸法師
「…!?」
「あれは…!?」
そら
「!?」
ハートの女王
「なんだい!?」
「処刑の見物かい!?」
「見世物じゃないんだけど」
「しょうがない奴等だねぇ。」
アリス
「誰かぁー!」
「助けてー!」
ウサギが辿り着いた先では、
ストーリー通り、
アリスの処刑が
行われようとしている様子だ。
アリスは、
体を仰向けに
床に張り付けにされている。
一寸法師
「あーっ!」
「お前は、かぐや姫っ!?」
そら
「えっ!?」
アリスの脇には、
ハートの女王と
もう一人女性が
こちらに背を向けて立っている。
その和服の女性を指差し、
一寸法師が叫んだ。
かぐや姫
「あらまぁ…!?」
「なにゆえ生きておるのですか」
「一寸法師。」
かぐや姫は
はんなりと振り向き、
そう驚いた。
一寸法師
「へっ」
「望み通り、すんなり」
「死んでやる訳ないだろう!」
かぐや姫
「全く、困ったお人ですね…。」
「まぁ、今はとにかく、」
「アリスの処刑を済ませましょう。」
かぐや姫は、本当に、
一寸法師をあんな目に遭わせた
張本人のようだ。
そして今また、
どういう訳か
アリスの命も
奪おうとしているようだ。
そら
「一寸法師さん!」
「これはストーリー通りの」
「処刑ではないんですよね!?」
一寸法師
「え!?」
そら
「ストーリー通りのものなら」
「アリスさんは自然に」
「助かるのですが…。」
そう、
確か
アリスはラストで、
夢から覚める。
一寸法師
「俺の時同様」
「かぐや姫が仕掛けてるものだから」
「このまま行くと」
「アリスは死ぬぜ。」
そら
「そんな…」
「やっぱり…!」
アリス
「助けてー!」
「助けてー!」
そら
「…助けなきゃ!」
「女王様、かぐや姫さん、」
「止めてください!」
わたしは
二人のもとへ駆け寄った。
ハートの女王
「ん?」
「今、そちら、何と申された?」
そら
「アリスの処刑を」
「止めてください!」
ハートの女王
「ほーっほっほっほ」
「面白い事を抜かす奴だ。」
「アリスは処刑だと」
「私が決めたのだ。」
「私の決めたことは絶対だ。」
そら
「そんな滅茶苦茶な!」
「処刑の理由は何ですか!?」
「アリスさんは」
「何をしたんですか!?」
ハートの女王
「ふっ。」
「コイツは」
「私のミートパイを食べたのだ。」
「それから、」
「減刑のチャンスの」
「クイズが解けなかった。」
「だから死刑は免れない。」
そら
「減刑のチャンスのクイズ!?」
ハートの女王
「そうだよ。」
「私は」
「いきなり死刑にはしない。」
「減刑のチャンスを」
「与えてやるのさ。」
「優しかろう。」
そら
「…そのクイズ」
「わたしにも出して下さい!」
ハートの女王
「…はぁ?」
そら
「もし解けたら」
「アリスさんを無罪にして下さい!」
ハートの女王
「はぁ!?」
「何でそのような事を。」
「解けなかったら?」
そら
「え?」
「えぇと…。」
ハートの女王
「解けなかったら」
「お前もアリスと一緒に死刑。」
そら
「…え!?」
ハートの女王
「私があまりにも」
「優しすぎる条件だが」
「それなら乗ってやろう。」
アリス
「助けて下さい…。」
「お願い…。」
そら
「…分かりました!」
「それでお願いします!」
かぐや姫
「なんと…!」
「そら!」
「狂ったか?」
そら
「え…?」
「…かぐや姫さん?」
「どうして」
「わたしの名前を?」
かぐや姫
「アリスが消えるのは」
「そらの為になるのじゃぞ?」
そら
「…え!?」
「わたしの為になる…?」
かぐや姫
「そうであろう?」
「それなのに」
「なにゆえ 主は」
「そのような相手を」
「命を賭けて助けようとする?」
そら
「…わたしの為?」
「アリスさんが消えるのが…?」
アリス
「お願いです…。」
「どうか助けて…!」
そんな…
そんな…
そら
「そんな筈ありません!」
わたしは思わず叫んだ。
そら
「わたしは」
「アリスさんを助けたいです!」
死への恐怖に怯える
アリスさんを見ていると、
助けたいという思いしか
湧いてこなかった。
わたしは
目の前で
危険にさらされている
人を見たら、
自分の命を賭けてまで
助けるような人間なのだろうか?
そういう感覚、
あまり
しっくり来ないけど…。
ハートの女王
「天晴れだねぇ。」
「では、クイズだよ!」
女王は、持っていたボタンを押した。
すると、
ウィー…ン
アリス
「きゃあぁぁぁぁっ!」
なんと、アリスは、
非常用の
防火扉の下に寝かされていたのだ。
女王のスイッチで、
分厚い防火扉が
アリスの首元を目掛けて
ゆっくり降下し始めた。
そら
「ちょっと女王!」
「これは一体!?」
ハートの女王
「ハーッハッハッハ」
「だから、クイズであろう?」
「問題文は」
「この扉に書かれてるんだよ。」
そら
「えっ!?」
ハートの女王
「制限時間は」
「アリスの首が切断されるまで。」
「アリスの次は」
「お前だよ!」
アリス
「いやぁ…!」
「怖い!」
「死にたくない!」
そら
「アリスさん!」
「絶対に助けます!」
わたしはキッと扉を睨んだ。
ゆっくりと、
問題文が見えてくる。
┌───────────────┐
以下の法則と同じ例を一組答えよ
貝貝=ツ
ヒ=豆
><=幺幺
今=木
ロ=目
└───────────────┘
一寸法師
「げえっ!」
「なんだこれ!」
一寸法師さんが背後で
お手上げだと言う声を出した。
法則…?
一体何の法則だろう?
画数…じゃない。
カタカナと漢字が呼応してる訳でもない。
読み方?
ええと…
ええと…
ゆっくりと下降を続ける扉と
アリスさんの助けを懇願する声に
焦りが募り
上手く集中出来ない。
アリス
「助けて!」
「助けてぇ!」
ハートの女王
「ハーッハッハッハ!」
扉はどんどん
アリスに迫る。
ハートの女王
「愉快、愉快。」
「やはりトランプゲームより」
「良い余興だ。」
…トランプゲーム?
ババ抜き…
神経衰弱…
対になるカード…
…対に…
っ!
対になる!
脳裏に電流が走った。
そら
「解った!」
「異字体だ!」
「ええと、ならば答は…」
「玉=或!」
「いかがですか!?」
「女王!」
ハートの女王
「…なんと…!」
「ちぃっ」
「見事…。」
カチッ
女王のスイッチで、
アリスの喉元に迫っていた扉は、
上昇を始めた。
そら
「やったぁ!」
「アリスさん、もう大丈夫です!」
アリス
「あぁぁぁぁ…!」
「ありがとう!」
「ありがとう!」
かぐや姫
「…。」
「なにゆえ愚かなことを…。」
一寸法師
「…あぁっ!」
かぐや姫は一言言い残すと、
魔法のように
その場から姿を消した。
一寸法師
「くっそ!」
「思わずボーッとしてしまった!」
「とっとと掴まえとけば良かった!」
そら
「女王、」
「アリスさんの拘束を」
女王
「ちぃっ」
「これを使いな。」
女王は
こちらへ鍵を投げやると、
かぐや姫同様
姿を消した。
一寸法師
「あぁぁっ!」
「かぐや姫の居場所を」
「知ってるかもしれないのに!」
一寸法師さんは再び
悔しそうな声を出した。
わたしは鍵を使い、
アリスさんの拘束を解いた。
アリス
「うわぁぁぁん」
「怖かったぁぁぁぁ」
起き上がるなり、
アリスさんは
わたしに抱きついてきて
泣き始めた。
アリス
「そらぁ、」
「助けてくれるって」
「信じてた!」
そら
「…え!?」
わたしは
アリスさんのその言葉に
驚いた。
そら
「アリスさん!?」
「わたしの事を」
「ご存知なのですか!?」
アリスは
不思議そうに顔を上げた。
アリス
「そらはそらだって」
「知ってるよ。」
「…でも、それ以外は」
「分からない…。」
アリスさんも
わたしや一寸法師さん同様
気が付いたら
この世界にいたのだそうだ。
やはり、
残っている記憶は少ない。
かぐや姫に命を狙われる理由は
アリスさんも一寸法師さんも
知らないそうだ。
わたしの為…?
かぐや姫は、言っていた。
一体どういう事だろう。
一寸法師
「はぁ。」
「かぐや姫に逃げられたのは」
「悔しいけど。」
「また探すか。」
「お前も」
「かぐや姫に」
「用件が出来たよな?」
「そら」
そら
「え?」
「あ、はい。」
「…あの…。」
「何故かは分からないけれど…。」
「お二人があんな目に遭ったのは」
「わたしのせいかも」
「しれないですよね…。」
「…本当に」
「ごめんなさい…!」
申し訳なくて、
わたしは深々と頭を下げた。
アリス
「何言ってるのよ、そら!」
「あなたは」
「命を賭けてまで」
「助けてくれたじゃない!」
一寸法師
「俺の時も」
「結構体張ってたじゃんか。」
アリス
「実行してるのはかぐや姫!」
「悪いのはかぐや姫なんだよ!」
「そらが謝るのはおかしいよ!」
そら
「アリスさん…!」
「…二人とも、」
「ありがとうございます。」
一寸法師
「お礼言われるのも」
「訳分かんないけど…。」
「てかそれより」
「さっきのクイズ、」
「答聞いても」
「サッパリだったんだけど。」
そら
「あぁ、ええと、」
「あれは異字体なんです。」
一寸法師
「イジタイが分かんねー。」
そら
「昔と今で、」
「字体が違う漢字があるんです。」
「あ、ちょっと待って下さいね。」
「確かさっき、」
「書くものを目にしました。」
わたしは走って、
受付から
メモ用紙とペンを借りてきた。
そら
「貝貝=ツ」
「これは、”さくら”という漢字の」
「異なってる部分です。」
「櫻、桜」
「ほら、書いてみると」
「一目瞭然ですよね?」
アリス
「あーあ、そっかぁ!」
「木と女は一緒なんだね。」
「あとは、貝貝でも、ツでも、」
「どちらを入れても、さくらになる。」
「そういう意味の = だったんだ。」
そら
「ヒ=豆」
「これは、いち です。」
「壱、壹」
「><=幺幺」
「たのしい」
「楽、樂」
「今=木」
「こと」
「栞、琴」
「ロ=目」
「たかいですが、」
「これは少し無理矢理かな。」
「高、髙」
「そしてわたしの答の」
「玉=或」
「くに ですね。」
「国、國」
アリス
「そら、すっごぉい!」
「あったま良い!」
そら
「ただ、クイズが」
「好きなだけですよ。」
一寸法師
「さて、じゃ俺らは行くけど」
「お前も行くか?」
「かぐや姫に一発」
「ヤキ入れに。」
一寸法師は
アリスさんに尋ねた。
アリス
「もちろんよ!」
アリスは大きく頷いた。