魔術師
>ピースたちが侵入して間もない頃。某所にて。
ローブを頭から被り、素性は分からないものの、呪言を唱えながら、生け贄の男をナイフで切り刻む行為に及んでいた魔術師が、ガラス瓶の割れるような音を聞いて、すかさず別の魔法を行使した。
何でもない空間から画像が浮かび上がり、侵入者の姿が浮かび上がる。しかし、ハッキリと確認できるのは片足で移動する老人だけで、他2名は煙に巻かれたようにハッキリしなかった。
「この私以上に高度な隠蔽魔法を用いているとは、厄介ですね」
何処かで聞いた台詞なのはともかく、痛みにもがく生け贄の首をナイフで引き裂いた魔術師は、生け贄の血が魔法陣に触れ、まるで心臓の脈動のような明滅を確認すると、魔法陣が生け贄の血を飲み干す前に術式を完成させた。
術式に応じた死んだばかりの裸の生け贄は、魔法陣に吸収されるように移動して、魔法陣から何かが生け贄の中へと入っていく。
何かは生け贄の身体を適合させるかのように身長や体格を再構築し直すと、最後に光に包まれて、収束した頃には衣服を身に着けた別人がそこにいた。その姿はインテリ風の美少年を思わせた。
「ボクの名前はヴァッサゴ。キミがボクの召喚者かな?」
「そうだ。26の軍団を持つ偉大なる王子よ、この画像に映る、老人以外の者の素性を暴け」
召喚者である魔術師に命令された、異界の王子は命令に素直に従い、魔法を行使する。すると、霧が晴れたかのように、二人の姿がさらけ出された。
一人は金色の衣服をまとう中年の男。もう一人は、動きやすさを重視した衣服の若い女だった。
「知り合いだった?」
魔術師の内面の失望を読み取った上で、召喚されたヴァッサゴが、ニィとイタズラな微笑みを向ける。
「ボクの方は知り合いがいたよ。この、金ピカのおじさん」
「何だと!」
魔術師はてっきり、片足隻眼の方だと思っていただけに、驚きを隠せないでいた。
「……ならば、あの片足隻眼は金ピカの召喚者だと云うのか!」
とても魔法が使えそうには見えない片端に、魔術師は嫉妬混じりの憤りを隠さなかった。
「ブッブー! 残念だけど、このおじいさん、死の間際にたまたま出くわしただけのようだね」
「何を言っている」
「おじいさんのちょっと前の過去を覗いた感じじゃあ、崖から落ちて死にきれずにもがいているところを毒蛇に顔を噛まれる寸前で、おじさんに助けてもらっているね。へぇ、それに……」
「それに……なんだ、ハッキリ言ってくれ」
「このおじいさん、キミんとこのボスと縁があるね。ひょっとしたら復讐かも」
「何だと! クソッ、クソクソクソ!」
魔術師は、呼び出した者の言葉に余程の信頼を置いているようで、おもむろに悔しがった。気が済んだら逃げる準備をはじめ、瞬間移動の術を組み始めた。
画面が切り替わった。
新しく映し出された画面では、老人、女、金ピカのいずれもが無償で、レッドキャップの死体の山を量産していた。
「私兵が……あれだけの私兵を揃えるのにどれだけ掛かったと……うん?」
誤算もあったが、その一方で魔術師は金ピカがレッドキャップの死体に何らかの工作を施しているのを見逃さなかった。
「種? 死体から何を育てる気だ」
「マンドレイクかな。魔界のヤツは死体からでも育つし、成長、早いよ」
「何のために?」
「さぁ? 目的は分からないけど、魔界産のマンドレイクは保有魔力が段違いだからね。何か大きな魔法を使うなら、魔力補助としては最適だよね」
ヴァッサゴの発言を受けて、魔術師は少し考えた。
魔術師は今唱えていた魔法をキャンセルすると、すかさず魔法を唱えた。
画像が更新された。
魔術師の新しい魔力の行使により、残存するレッドキャップは一斉に、彼等の死体から育ったマンドレイクに向かって突進をはじめた。
マンドレイクも抵抗するが、数の暴力の前に屈し、次々と引き抜かれていった。
ドワーフの地下都市のあちこちから絶望の声が轟き、レッドキャップの死体がさらに増えた。そして、魔術師は四方八方から拡散していった魔力の波に呑み込まれ、地べたに崩れ落ちた。
突然の目まい、方向感覚を失うほどの脳の揺れ、視線は定まらず、耳の奥からは血がジワリとこぼれてきた。また、無性に喉が渇き、肌が瑞々しさを失い、極度の乾燥からところどころ出血し始めた。
「魔界のマンドレイクだもんね。断末魔で死ねなかった者は、マンドレイクの魔力を浴びて、衰弱するんだ。そしてキミはその魔力をあちこちから浴びた。衰弱の速度もそれなりに進行が早くなるよね」
「た、た、たす、け、ろ」
「なんで?」
もはや、しゃべる気力さえも失った魔術師に対し、ヴァッサゴはあどけなさの残る微笑みで白々しく聞き返す。とりあえず生きているのを確認すると、部屋の天井に向かって、魔法の弾を撃ち出した。
侵入者たちが放つそれとは違い、純粋な魔力の塊は、地下の開けた空間へと飛び出すと、花火のように幾多の火花が飛び散った。それは、不思議とレッドキャップだけを狙い、燃やしていった。
「こんなところにいたのか、魔術師。手間かけさせやがって」
「お久しぶり、スロースおじさん」
「よう、ウサコ」
金ピカと少年は、互いに呼ばれた名称で眉間にシワを寄せた。
またか、という女の小さなため息が思わず漏れた。
ふたりの不毛なにらみ合いは、遅れてやって来た片足隻眼の老人が現れるまで続いた。
「お久しぶり、肩ロースおじさん」
「元気してたか、ヴァッサゴ」
老人が現れたら、先程の険悪な空気などなかったかのように、フレンドリーに接する二人の姿があった。