レッドキャップ
「待て、気になることがある」
ピースが話を終えようとしたとき、リャーリャーノが話に割り込んできた。
アニスの豊満な胸元に、話は終わったとばかりに顔を埋めていたピースだが、隻眼は閉じられておらず、リャーリャーノの言葉の続きを待っていた。
「アンタはミーコを捕まえるときに、そのジューを長筒状に変形させていたじゃないか。そして、目に見えない速度の電撃を浴びせていた」
「じゃから?」
リャーリャーノの指摘に驚く周囲をよそに、ピースは大して気にしていない風な反応だった。
「アンタはつい最近のように語っていたが、実際はもっと日数が経っているんじゃないのかい?」
「かもな。確かに、具体的な日数のことをわしは触れておらん。しかし、それがどうしたと言うんじゃ?」
「関係ありなのニャ! お前、ミーコにトンデモナイものを喰らわせたのニャ! ひどいのニャ!」
「盗賊をどうこうするのに手段はなかろう?」
要領を得ない質問に眠気を催したピースは、紅茶を飲むためだけにアニスの胸元を離れた。
「ピースさん、少なくとも私は貴方の力を見極める必要があるわ。先輩として、これから先、貴方にいろいろ教えるにしても、ハッキリとした実力が分からないと無駄足を踏む可能性があるの。だから、出し惜しみをせずに、包み隠すことなく、貴方の力のことを教えてくれるかしら?」
先輩職員であるアイカが、代表してピースに対して聞きたいことを明言した。
その眼差しは険しく、ピースは、今飲んでいる分を空にすると、おしゃべりを続行することにした。
◇◆◇◆
「ゴブリンどもを退治した話の続きになるがのぅ。わし以上に知覚の優れておった肩ロースの彼女であるジェノは、洞窟の奥に複数の生存者がいることを教えてくれた。そして、その時、肩ロースはわしに訊ねてきた。『どうしたいか?』とな」
漠然とした質問だったからか、ピースは即答が出来なかった。その事を察したジェノが肩ロースに対し、肩越しで意見を交わす。
その反省を踏まえ、肩ロースは質問を変えた。
「ゴブリンは、捕まえた女を孕ませるために洞窟の奥に閉じ込める習性がある。ジェノが察知した生存者とはそういう者達だ。お前さんならどうする? 助けるのか? それとも?」
「まぁ、生存者の様子を見てからじゃろうな。ゴブリンの慰み物という時点で、まともなことは起こりにくかろう」
「その想像力はだいたい正しい。だからこそ、判断を君に任せたい」
ピースは頷くと、大人しく肩ロースとジェノの後をついていった。
洞窟の奥深くを進んでいくと、先方の二人は立ち止まった。
その所作は何かを探しており、実際、見つけたジュノが指さす方角を肩ロースがジューで撃ち、天井から拳ほどの大きさの悪魔の姿をした彫像が崩れ落ちてきた。と、同時に土壁だと思っていた目の前の光景から奥の見えない通路が姿を現した。
「侵入を阻む結界が張られていた。知恵のついたゴブリンがいるとはちと厄介だな」
「ええ。レッドキャップだけならまだ良かったのですけどね」
「れっどきゃっぷ?」
納得する二人と、話のついていけないピース。
肩ロースは知識を言葉に表すのが苦手らしく、モゴモゴしていた。
「レッドキャップは、経験を積み、より強くなったゴブリンの別称です。経験の浅い冒険者をカモにして、頭に被っている帽子を彼らの返り血で染めることに至上の喜びを見いだしています」
「なるほどのぅ、だからレッドキャップなのか。それなら、結界でカモフラージュをするような知恵のついたゴブリンはレッドキャップではないのかのぅ」
「多分、違うでしょう。レッドキャップは身体能力こそ上昇していますが、ゴブリンの生態枠から外れません。結界を貼るという知恵を持つとなると、少なくともウィザード級かそれ以上でしょうね」
「何か対策を取った方が良いのではないかのぅ」
「ハンドサインと新スキルで対応できるだろう」
苦手なことに口を閉ざしていた肩ロースであったが、話の流れを読んでか、提案をしてきた。
ジェノが肩ロースの意見をもとに小考したのち、頷くことで肯定した。
早速、ハンドサインの軽い説明と練習が行われた。
意思疎通に問題がないことがわかると、次の新スキルの説明が行われた。
「このジューは、持ち主の希望に対し、魔力で変化する対応力がある。と口で言っても伝わらんだろうから、実戦で示していこう。付いてきてくれ」
肩ロースは気配を消すと、奥の隠し通路の中へと進んでいった。
ジェノが続き、ピースもあとを追った。
ピースは、ある程度侵入すると、壁と床が硬くなっていることに気付いた。
「石?」
隠密行動故に、光源なしで移動しているので、疑問系である。
靴の裏から伝わる感触で判断しているに過ぎない。
「おそらく、かつての住人だったドワーフたちの跡地に居を構えているのでしょう」
「かつて?」
「ええ。ドワーフたちの欲しがる鉱石が掘り尽くされて、ここは遺棄されたのです」
「明るくないからよく分からんが、住居の割りには結構な広さを感じるのぅ」
「ドワーフたちは大体百人ほどで採掘作業を行いますから、それに伴う都市機能が住居に備わります」
「としきのう?」
「ええ。百人が住む分のベッドだけでなく、百人が一斉に鍛冶を行う場所。幾重にも重なる鉱石をため込む貯蔵所。様々な排泄物を無駄なく再利用する施設。大食漢に大酒飲みのドワーフたちを満足させる大食堂。冠婚葬祭を取り仕切る祭壇。ドワーフたちの王の住み処。そういった物です」
「ということは、ここは地下都市といっても大げさじゃないのぅ」
「ええ。だからこそ、結界を張ってまでして存在を隠したかった知恵を持つゴブリンが厄介なのですよ。私の力を以てしても、居場所を掴ませてくれないのですから」
ようやく納得したピースが深く頷く。
すると、今度は俺の番だな! とばかりに肩ロースがレッドキャップの存在を教えてくる。
ジェノとピースの視線が集まるなか、肩ロースは握りこぶしを作ると、ジューの口元で<消音>と小声で呟くと、ジューをレッドキャップに向けた。
暗がりで今ひとつ分かりかねたが、横に少し伸びた感じのジューが見えたかと思うと、プシュッ! と気の抜けたような音が聞こえるや、出くわしたばかりのレッドキャップが力無く横たわった。
「何をしたんじゃ?」
ピースの当然の疑問に、肩ロースがおのれのジューを示そうとして、微妙な暗さが原因でピースがわかりにくそうな顔つきだったことに気付き、ジェノに声をかける。
ジェノは暗がりを見渡して、この廊下を左折して二つ目の部屋が空いてます、と伝えた。
その通りに移動すると、かつては何らかの貯蔵庫だったのか、何もない部屋が本当にあった。
肩ロースが目配せをするとジェノが光魔法である<灯火>をかけ、光源を作った。
「これが、魔力操作をして変形させたジューだ」
見せたくて仕方のなかった肩ロースが、ピースに対し、おのれのジューを示す。
竹炭を思わせる、黒くて筒状のモノがジューを長く見せており、合点がいった。
そして、疑問が浮かんだ。
「<消音>という割りには、小さな音がしておったのぅ」
「そうだな。<完全消音>というのもあるにはあるんだが、発射音を小さくするほどジューの威力も落ちるんだ。だから、標的が一撃で沈むのだったら、小さな音なぞ、誤差範囲」
「そういうものかのぅ」
「そういうことにしておいてくれよ。次に進めないから」
「次?」
「おうよ。魔力操作をお前さんにも習得してもらう。してもらわないとこの先のレッドキャップの集団との戦闘がキツいからな」
「わしは魔力が少ないのじゃが」
「ああ、問題ねぇ。魔力操作はほとんど魔力を消費しねぇんだ。手持ちの魔力を移動したり、少しのあいだ、別の形状を維持するぐらいだからな。ホラ」
と、肩ロースのジューが霧状の小さな蒸発と共に元の姿に戻った。
「じゃ、ワリーけど、教えるのはジェノに任せる。俺はちょっと野暮用を済ましてくる」
肩ロースはそういうと部屋の外へと出て行った。
ピースはジェノの指導の下、魔力操作のコツを学んだ。
「あなたの目には見えないかもしれませんが、魔力は誰にでも備わっているものなのです。魔法使いなどの素質のある者達はその存在を認め、実際に使用して確かなものにしています」
「素質がない者はどうするのだね?」
「肩ロースも素質がありませんでした。魔力の存在がつかめないから、形に成すというイメージがつかめませんでした。そこで彼は考え方を変えます。魔力に呼びかけをし、脳内にイメージを浮かべ、お願いをしてみました」
ピースは、肩ロースから手渡されたジューをじっと見つめ、脳内に思ったことをイメージしてみた。
ジューから漏れるように垂れてくる黒い霧が濃度を増し、銃口の形状が僅かに変化した。
銃口から眩しくはないものの鋭く赤い光が発せられ、壁に光の点を作った。
「<光点>ですか。確かに、片目では標準が定めにくいですからね。しかし、この光点が原因で敵にこちら側の位置が分かる可能性があるので、こちらをオススメしますよ」
ジェノはジューの上側を優しく握ると、別の形を作り上げた。
それは、貴族や役所の連中がかけている眼鏡のレンズが見たことのない材質の囲いにはまっていた。
「<照準器>といいます。レンズの中央に赤い点がありますね。これを狙う相手の部位に重ねるようにして撃てば、当たります」
「部位とは? 頭だけではないのか?」
「この世界ではゴブリン以外にも様々なモンスターがいます。それらは皆、頭が弱点ではありません。目であったり、脛であったり、核と呼ばれる集合体だったりです。ですから、部位なのです」
「なるほど。ゴブリン以外のモンスターか。盲点だったのぅ」
ピースは納得した。
ジェノは授業の続きを再開した。
肩ロースが戻ってきた頃には、<照準器>と<消音>を使えるようになった。




