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腕比べ

「よし。ミーコ、次に会うときまでは自由行動じゃ。精進せよ」


 ピースの発言に対し、ミーコはキョトンとした表情を見せた。


「ショージンって何なのニャ? 自由ならミーコの好きにしていいってことかニャ?」

「ああ。お前は仕事の時だけ顔を出せ。仕事の時以外は盗賊稼業に集中するんじゃ」

「お前、ぜんぜん話のわかるヤツなのニャ!」


 ミーコはルーツが誇り高きネコだけあって、縛られるのを嫌った。それを契約主の老人が理解していて、かつてないほどの上機嫌にならないなんてことがあろうか。ひとつ、気がかりなのは『ショージン』という意味のわからない言葉だったが、目の前のうれしさが勝り、すでに記憶から抜け落ちていた。


「ピースさん、今のままではミーコさん、心配です」


 降ってわいた自由という言葉に、すっかりのぼせ上がっているミーコをアニスが気遣った。それはピースのザルのような目から見てもマズいな、と思えるほどに明らかで、軌道修正をしてみた。


「ミーコ、わかっているとは思うが、仕事の時にお前が一つでもヘマをしたら『自由行動』は取り上げる。仕事はその時点で取り止めて、お前にサボったぶんの修行ノルマを課す」

「横暴ニャ! ひどい主人なのニャ!」

「何が横暴か。お前に探索の安全確保を任せるのじゃから、お前を信用した上での自由を与えるわけで、使い物にならないノロマ猫に落ちぶれるのじゃったら、取り上げるまでじゃ」

「それでしたら、今、どのぐらいの技術力があるかどうかをテストしてみませんか?」


 今度はそれまでの良好な雰囲気が一転して不穏になったものの、アニスから提案があった。


「そうじゃのぅ。もののついでじゃ、わしも参加してみようかのぅ。わしがお前に勝ったら……皆まで言わずともわかるじゃろ?」

「上等なのニャ。ミーコの勝ちは絶対なのニャ」


 ピースがミーコを煽り、アニスが自分の机の中から小さな宝箱を2個取り出した。

 ご丁寧に小ぶりな南京錠が施してあり、腕試しにはちょうど良さそうだった。


「ミーコさん、その宝箱には副ギルドマスター秘蔵のお宝が入ってます。もし、ミーコさんがピースさんよりも早く解錠できたら、喜んで差し上げましょう」


 アニスもまた、盗賊相手にグイグイと煽り始めた。


「負けて吠え面かいても知らないのニャ!」


 ミーコは煽られてややプスプスしていたが、絶対有利なのは変わらないため、むしろ、思いもよらない臨時ボーナスの使い道に思いを馳せていた。何といっても主人から直々に自由行動を保証してもらっている。夢が拡がリング状態なのだ。

 リャーリャーノから見ても、圧倒的な盗賊有利の勝負にもかかわらず、ピースとアニスの余裕がむしろ気になった。


 宝箱の解錠はカウントダウン方式に決まった。

 アニスが『ゼロ!』を宣告と同時に解錠に取り組むこととなった。

 宝箱は公平を期して、机の中央に置かれ、ピースとミーコは横一直線に並んだ。

 右手に松葉杖、左腕を直角に曲げて左手を宙に漂わせているピースに、チラリと流し目を送ったミーコは憐れみの眼差しを浮かべた。


 アニスのカウントダウンが始まった。

 ミーコは利き足の踏み込みを、まだかまだかと待ち構えた。

 ミーコの意識が宝箱に向かっているあいだ、リャーリャーノは、ピースがいつの間にか左手に黒っぽいモヤのような何かを握りしめていることに気付いた。

 そしてそれは、『ゼロ!』の合図と共に宝箱に標準を合わせ、刹那、金属の打ち付ける音と共にピースの方の宝箱が姿を消した。

 ミーコが、突然のことに踏み込むのも忘れて唖然としているのも構うことなく、再びフリーになったピースの左手は、ガゴッ、ガゴッという異音を生じたのち、向かってくる物体を掴んだ。

 それはピースの目の前にあった消えた宝箱であり、小ぶりな錠前はすでに外されて、フタが開いていた。


「いったい、何をしたのニャ?」

「鍵を殺した」

「フシャア!」


 とっさに正気に戻ったミーコの質問に対し、要領を得ない回答をするピース。

 怒りをあらわにするミーコをよそに、ピースは宝箱の中身を見せながら、勝敗を強調する。

 ミーコとしては、またも何が何だかわからないうちに決着がついて、やるせない気持ちから床に転がると、バタバタと暴れた。


「ふむ。中身は、指輪か」


 ミーコの行動に対して関心を持たなかったピースは宝箱の中身を覗き込んだ。それは飾り気のない金属の指輪で、副ギルドマスターが鍵つきの宝箱に保管するほどの代物とは思えなかった。


「ニャニャニャ、これはマジックアイテムなのニャ!」


 自分の片目にモノクルのような魔方陣を発生させたミーコが、指輪の正体を暴いた。地団駄は相手にされなかったからか、いつの間にかやめていた。


「はい。意思疎通の指輪というモノでして、これを装着した方々たちはある程度離れた場所でもアタマの中で会話が出来るという優れものなんですよ」

「なるほどのぅ。つまり、こういうことなんじゃろ」


 アニスの説明を何となく理解したピースは指輪をはめ、まだ空ではなかった箱の中から無造作にもう一つの指輪を取り出すと、リャーリャーノに放り投げた。

 受け取ったリャーリャーノは何の迷いも示さずに指輪を装着し、話しかけた。


(これで満足かい、旦那)

(おおっ、本当にアタマの中に声が響くのぅ)

「ミーコだけのけ者扱いとか、ヒドいのニャ」

「大丈夫ですよ、ミーコさん」


 急に押し黙る老人とリザードマンをよそに、アニスが寂しそうなミーコに対して、そっと彼らと同じ指輪をはめさせた。途端にぽわわと表情が明るくなったミーコは話の輪の中に入っていった。


 幾分か時間が経ち、指輪を用いた会話のやり取りに飽きが漂いはじめた頃、大量の資料を抱えたアイカが、ギルドマスターの部屋の扉をノックしてきた。

 現在、ギルドマスターは不在で、返事を副ギルドマスターのアニスが行った。

 室内に入ってきたアイカは、早速、ミーコを見つけ、首の皮の奴隷紋を見つけ、ピースに対して、恒例の唐竹割りを浴びせた。


「ホッホッホッ、お嬢ちゃんは元気じゃのぅ」

「アイカです。人が目を離した隙に奴隷をもう一人作るとか、何を考えているんですか!」

「まぁ、成り行きじゃのぅ」

「冒険者が奴隷を雇うのは良いんです。奴隷に荷物持ちをやらせて、ダンジョンに籠もるとかやってますからね。でも、冒険者を導く立場のギルド職員がおおっぴらに奴隷を連れているなんて、前例がないんですよ!」


 いつぞやのミーコと同じく、ピースの瞳にはその事に対しての罪悪感も悔恨もなかった。

 それでも、アイカが自分に対して立腹するのは大人しく受け入れた。


「アニス様!」

「何かしら、アイカちゃん」

「副ギルドマスターとして、ピースさんに説教をお願いします」


 しおらしくしているピースに対し、アイカはとどめを刺したぐらいの気持ちで、副ギルドマスターにあとを託した。

 アニスは、キリッとした顔立ちを作り、手始めにコホンと軽く咳をした。

 場に緊張感が走り、空気が張り詰めていく。


「ピースさん」


 澄ました顔つきでアニスがピースを見つめてきた。


「私は、ピースさんの恋の奴隷です」


 思わぬ告白に、アイカは盛大にずっこけた。

 アニスは一転して親しみの表情を隠すことなく、ピースに超接近すると甲斐甲斐しく世話を焼き始めた。

 立ち直ったアイカは連続して唐竹割りを見舞いながら、この状況の説明を求めた。

 エルフから手渡されたティーカップを受け取った老人は、一飲みしたあとに、語り始めた。


 すべての始まりの物語を。

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