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取引

 ピースがスナギモの裏口に戻ると、複数人のすすり泣く声が聞こえてきた。

 出入り口の扉を開けると、冒険者が持ってきた魔物の一時保管に用いる大きな倉庫のほうから、いずれも人間で男1女3の合計4人が捕縛され、アニスによる落ち着いた、それでいて心に染み込むような説教に打ちのめされていた。また、捕縛の際に活躍したと思われる強面のギルド職員たちが、4人の逃走を阻むべく大勢で立ち塞がっており、何も知らぬ職員からすれば、猫獣人を抱える、アサシンのローブを着たピースは余計なトラブルを起こしそうな雰囲気を醸していた。


「おい、こっちだ」


 そんな絶妙のタイミングで、ピースはブラッドリーから小声で呼び止められ、出た場所とは違う建物の中へ入るよう、誘導された。

 そこはギルド内部に設置してある厨房の出入り口で、コックたちが忙しく動き回るなかをするりと避けながら進み、ギルド職員専用通路へと出たら、次は2階へと上がることになった。


「2階か……」

「ああ、2階だ。懐かしいか?」

「いや、あっちじゃあ、地下じゃからのぅ」

「お前なぁ……」


 ピースの発言は、ブラッドリーの意気をやや萎えさせた。

 ちなみにどういう事かというと、ギルドの2階というのは、大体、ギルドマスターの部屋がある。

 一般の冒険者が呼ばれてここへ来ることはほとんど無く、凄腕の冒険者がたまにギルドマスター直々のミッションで利用するぐらいである。いわば聖域と言っても差しつかえない。


「わしがまだ現役で、ここに用事があった! とかならともかく、職員じゃからのぅ。新人のわしはともかく、他の職員たちは所用で2階に上がることもあるんじゃろ?」

「……そうだな。ちょうど、今の俺たちのようにな」


 とまぁ、そんな感じで緊張感もなく、ギルドマスターの部屋の前まで来た。

 両手が塞がっているピースとリャーリャーノに配慮したブラッドリーが扉を開けると、ピースは床に猫獣人を放り投げ、リャーリャーノは盗品を目の前の重厚そうなテーブルに置いた。


「ニャン! 獣人扱いがひどいのニャ」


 床に叩きつけられたのがよほど腹に据えかねたのだろう。

 それまで大人しかった猫獣人は、プンスカ怒った表情でピースを指さした。

 だが、ピースは猫獣人をまるっと無視して、リャーリャーノに呼びかけ、盗品の包みを剥ぐよう指示を出した。

 盗品は布で厳重にぐるぐると巻かれていたが、リザードマンの怪力の前には紙切れのようにビリビリと音を立ててちぎれ、中身があらわになった。

 抜き身が乳白色のショートソード、氷の彫刻のようなネックレス、色とりどりの輝ける宝石、古びた書物……と、物の価値が分からないピースには、猫獣人が目を輝かせ、ブラッドリーがうろたえる様子がよく分からなかった。


「盗品の正体をピースさんにもわかりやすく説明しますと、オリハルコンのショートソード、氷の魔神を封印したネックレス、伝説級の魔物から得られた魔石、古代文明時代の魔導書なのですね」

「ふーん」

「お前、どうしようもないバカなのニャ。これを全部、金貨に変えたら一生、遊んで暮らせるだけのお金になるのニャ」

「何でも金にすることしか考えない卑しい猫め。これらのアイテムは莫大な資金力があれば、軟弱なヘタレの、だが虚栄心だけは人一倍な臆病者に最強の武器や防具、伝説級のスキル、唯一無二の魔法の取得の機会を与えてしまうんだぞ!」


 アニスの説明でも反応の薄いピースに、猫獣人がブラッドリーがおのれの意見を畳みかけた。

 小首をかしげ、一周させたピースは、思ったことを口にした。


「ふむ。なら、そういうことを考えている金を持ったヤツが、今回の黒幕なのかのぅ」

「それだ!」


 心当たりがあるのか、ブラッドリーはアニスへの挨拶もそこそこにその場を離れた。


 ◇◆◇◆


「さて、次にじゃが、猫、お前はどれが良いかのぅ。死、労役、服従」

「フシャー! 何なのニャ、どれもミーコをバカにしているのニャ」

「いや、現実だ。『敗者は勝者の言うことを聞く』という約束事があるじゃろう」


 ピースには相手を怒らせる才能があるのか、それともピースと会話が通じやすい者はことごとくキレやすい者達ばかりなのか。そして、そんな者達と相手していた日数が長いのか、ピースは相手のペースに合わせることなく、用件を進めていく。


「さぁ、選ぶのじゃ」

「ま、待つのニャ。労役と服従ってどういう意味なのニャ」

「ピースさんは奴隷を求めています。ですから、奴隷を拒否するのが、労役。炭鉱送りの奴隷として売られるでしょう。一方、奴隷として受け入れるのが、服従。そこのリザードマンを見てごらんなさい。彼女も奴隷ですが、立派な武器や防具を身に着けています。貴方への扱いもそこまで悪くないと思いますよ」


 ややぶっきらぼうなところがあるピースに対し、アニスが助け船を出した。

 その甲斐あって、猫顔獣人のミーコは自分の考えを口にすることが出来た。


「服従を選ぶのニャ……」

「では、早速、奴隷紋の儀式を済ませておきましょう」


 副ギルドマスターの発言と思えない物騒なセリフが、エルフの口から飛び出した。

 目を見張る表情を見せたのが、リャーリャーノとミーコだった。

 一方で、ピースはというと、


「まぁ、エルフじゃしのぅ。魔法の扱いなら造作も無いか」

「そういうことです」

「では、頼むぞい」

「お任せあれ」


 アニスは、副ギルドマスターとは思えない軽いノリで、儀式を行った。

 魔法に精通しているエルフだからだろうか、奴隷商人・アルマンドの時とは比べものにならない早さで儀式は終了し、ミーコの毛皮の首にハッキリと分かる奴隷紋が刻まれた。


「はぁぁぁ、ミーコの華麗なる盗賊人生はこれで終わったのニャ。これからはミーコは人間のジジイの性奴隷としての……

「残念じゃがのぅ。お前のこれからはわしの仕事の時の荷物持ちと、盗賊としての仕事を行うんじゃ」

「ニャニャニャ! どういう事ニャ」

「冒険者ギルドは未探索のダンジョンやエリアが発見された際、様々な調査を行う義務があるのです。その際、通常はそれなりのランクの元冒険者だったギルド職員が赴くのですが、今回はギルド内での不祥事でゴタゴタしていることもあって、彼らを動かせません。それで昨日、ギルド職員になったばかりのピースさんにお願いすることにしました」

「それって、つまり……」

「冒険者の真似事をして、誰よりも早く未開地を探索する。もちろん、誰も行ったことのない場所に行くわけじゃから危険もそれなりじゃ。万全を期するためにも各方面の腕利きを用意するのは当然じゃ」


 つまり、猫顔獣人の盗賊としての仕事ぶりをアテにしているわけで、ミーコとしてもまだ見ぬお宝への遭遇に憧れ、渇望している部分がある。安全ではあるが、生臭い鰹節をしゃぶるだけの無気力な日々よりはずっと盗賊らしい。


「そういうことなら、ミーコは喜んで仕事をするのニャ」


 ミーコは爪を引っ込めた猫の手を差し出して、握手を求めた。

 ピースはこれに応じ、取引が成立した。

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