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盗賊

 スナギモの正面玄関は冒険者達を優先するように、と教えられていたのを土壇場で思い出したピースは、あわてて裏口の方へと移動した。

 裏口の専用出入り口へと出入りすると、血まみれのエプロンを着込んだゴツイ体格の、ピースと年齢が近そうな老人と出くわした。

 ピースは少し考えてから、ああ! と思いだした。


「素材解体職人か」

「ああ、その通りだ。新人さんよ。ブラッドリーだ」

「ピースだ」


 血まみれの手を差し出されたが、以前の仕事場で散々血まみれになることが多かったピースには特に感じるものもなく、握手に応じた。


「やはり、血まみれのこの姿ぐらいじゃ、びびらんか」

「今さら血を見ての動揺はないじゃろぅ。他のものは余興かも知れんが」


 ピースの指摘に対し、ニヤリと口角を上げるブラッドリー。

 実は彼、血まみれの容姿以外にも、ピースにだけ一般人なら泡吹いて気絶してもおかしくないぐらいの威圧感をバンバン当てて試していた。本当にアサシンギルドにいたのかどうかを確認したのだ。


「アンタは噂通り、これっぽっちも殺意を漏らさないな」

「じゃが、気付いたときには胸にナイフが刺してあって、標的は理解するまもなく崩れ落ちる」

「おお、こわいこわい」

「嘘つけ。そんな気持ちもなかろうが」


 会話の途切れた二人は、互いに爆笑し合い、ピースだけ先輩からの唐竹割りの不意打ちを食らった。


「おお、お嬢ちゃん、おはようじゃ」

「アイカです。朝から近隣住民の迷惑を考えない騒音をまき散らさないでください」

「おお、それはすまんのぅ」

「ブラッドリーさんも」

「すまない」


 大人二人がわりと素直に少女に対して頭を下げていた。

 それでも先輩職員の気分は晴れていない。


「それとピースさん。このリザードマンは何なんですか!」

「リャーリャーノじゃ。わしが昨晩、購入した奴隷じゃ」

「はああ? ちょっと意味分かんないんですけど」


 先輩職員のこめかみがかすかに震え始めた。


「話せば少し長くなるかのぅ」

「わかりました。待合室に移動しましょう。そこでゆっくりでいいですから一部始終を聞かせて下さい」


 その後もピースはしゃべるたびに、この先輩職員の唐竹割りをいくつか浴びることになった。しかし、購入されたリザードマンが唐竹割りを防ぐよう、行動することはなかった。

 その場の空気から、冷静に、主人の社会的立場を理解した上での対応に、ピースとブラッドリーは感心した。


(アルマンドめ、金貨3枚は負けすぎじゃろぅ)


 思いがけない買い物になったことを、ピースは素直に喜んだ。

 残念なことに、先輩職員には反省していない態度と映ってしまったが。



 □■□■



「フンゴォォシュルルプュルル」


 昨晩の出来事を語り終えてすることがなくなったピースは、周りの迷惑を顧みないけたたましいいびきをかきながら惰眠をむさぼった。


「遊ぶ金欲しさに冒険者がギルド職員を脅迫か。時代は変わったな」

「だからと言って、ギルド職員が冒険者を奴隷商人に売るとか、なに考えているんですか! しかも、その売却額で奴隷を買うとか、前代未聞ですよ!」

「しかしなぁ、アイカちゃん。俺はあのクズどもと面識があるが、アイツらはたとえ死んでも悲しむヤツがいないぐらい人徳がなかった」

「……わかりました。今回の冒険者たちには相応の天罰が下ったということにします。しかし、奴隷は……

「旦那にはむかし世話になった。そのお礼を返すため、あたしはここにいる」

「お世話って、暗殺か何かですか」

「……そんなところだ」


 アイカの振り上げた拳は宙に浮いたままだった。

 気持ちとしては、そのまま机にドンッと派手な音を立てたかった。

 それにしてもとアイカは思った。

 主人への恩からこのリザードマンが口を出すのはわかるとして、さっきそこで握手して笑い合ってただけの大先輩であるブラッドリーがピースの行動に援護射撃をするとは思いもよらなかった。


「アイカさん、それは新しい健康法か何かですか?」

「! アニス様、いつの間に!」


 いびきをかく老人の隣に座っていた副ギルドマスターは、テーブルの上のお茶菓子と紅茶を味わいつつ、何かと忙しいアイカの行動を観察して、楽しそうに微笑んでいた。


「健康法とかそれはともかく、アニス様、大変です!」

「ええ、聞いていました。冒険者によるギルド職員への脅迫など、断固許しません」

「それもそうですけど、ピースさんのどれい……

「副ギルドマスターの権限で、アイカ・ベガルタにスナギモ全職員を『真明鏡』で照らすことを許可します。ブラッドリー、あなたは部下を率いて鏡が反応した職員を捕縛するのです」

「了解しました」

「ああ、了解した」


 まるでアイカの指摘を遮るかのように、アニスは彼女に任務を命じた。

 副ギルドマスター直々の命令を無視する勇気のないアイカは直ちに退室すると行動へと移す。


「仕事になるかのぅ」


 アイカの気配が感じられなくなったのを見計らうかのように、ピースは寝たふりをやめた。


「それはまだ、わかりません。私としては職員の皆さんを信じたいです」


 アニスはそう言いながら、祈りを捧げた。


「んん、ああ、わかった。やれ」


 片耳を指で押さえていたブラッドリーが、短めに指示を出していた。

 個人で仕事をこなすことがほとんどだったピースは、ブラッドリーの仕草に伝令系の何らかの魔道具なんだろう、と推測する。確認しなかったのは、報告を受けとるブラッドリーの表情が徐々に険しくなっていったからだ。

 やはり仕事になりそうだな、という予感がして、ピースは紅茶を一杯だけ飲んだ。

 リャーリャーノは奴隷商人からもらった数日分の携帯食を取り出して、干し肉を丸呑みした。

 ピースが右太もものくぼんだ部分に松葉杖の取っ手を隙間なく埋め込み、ベルトでしっかり固定しているところで最悪の結末が訪れた。


「猫獣人の盗賊が屋根を伝ってブラックマーケット方面へ逃走中」

「ご武運を!」


 アニスから手渡された暗色のローブをさっと着こなしたピースは、まるで自分の足のようによく馴染んだ松葉杖で、一目散に駆けだした。やや数歩遅れで完全武装のリザードマンが後に続いた。



 □■□■



「屋根を伝っているのなら、こちらもそうした方が早く追いつけるだろう」

「旦那はどうやって屋根に上るのさ」


 ピースはリャーリャーノの疑問に、鉤爪のついたロープを取り出して、鉤爪の部分を勢いよく振り回し、屋根に鉤爪を器用に引っかけた。そして、両腕を素早く動かして昇っていった。

 リャーリャーノは、建物の凹凸を利用して、ロッククライミングの要領で屋根上を目指した。

 屋根上に昇りきったピースは、早速、ブラックマーケット方面を見据え、そこへ近づいていこうとする標的を探した。

 小柄でほっそりとした猫顔の獣人が、ボロボロになった衣服をそのままに脇に布でくるんだ盗品を大事そうに運んでいるのが確認できた。

 ピースはそのころには中腰で、縦に伸びた黒く細い筒状のものを構え、左目で望遠鏡のようなものを覗き込み、小さな稲妻のようなものを射出した。

 それはリャーリャーノの決して悪くない視力でも捉えきれず、あっという間に猫獣人が雷の魔法を浴びたような反応を示し、バタリと倒れ込んだ。いや……実際は、猫獣人は完全に気を失うまでの僅かなあいだ、こぼれ落ちそうになった盗品を身体全体で押さえつける形で屋根の上へと移動させ、落下を防いだ。


「ブツを回収するぞ。猫は生かせ。他は落とせ」


 そんな盗賊の様子を見ている間に、ピースは先ほどまで構えていたものなど存在してなかったかのように、素手の状態に戻っていた。

 リャーリャーノはどういうことか分からず面食らっていたが、気絶した盗賊が必死に守った盗品を、ピースのいる方向とは別の方向からやってきた仲間たちが、複数人がかりで盗品だけを奪い取るような仕草を見せており、主人の命令を優先させた。


 ピースは先ほどの鉤爪ロープを器用に動かして屋根から屋根を伝った。

 リャーリャーノは持ち前の柔軟性をバネのように利用して、ピースの頭上を飛び越える大ジャンプを披露して、そのまま盗賊の仲間たちと相対した。

 彼らはいきなり頭上から登場した完全装備のリザードマンに驚いて、幾分か浮き足立った。

 リャーリャーノはその隙を見逃すことなく、手持ちの長槍で軽くいなした。

 身体の硬直を上手く狙われた盗賊たちは、持ち前の素早さで回避することもままならず、情けない声をあげながら地上へと落下していった。


「よし。ブツ、確保。猫、生存。アイツらは……


 ピースが下の様子を軽く確認すると、盗賊たちは強面のギルド職員によって荒々しく捕縛されていた。

 下の様子に満足したピースは、猫獣人を脇に抱え、リャーリャーノは盗品を所持し、元来た道を戻るのだった。

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