人身売買
親睦会も無事終了した、帰り道。
ピースは背中越しから複数の視線が集まるのを感知した。そこで、人気の多い大通りからあえて行き交う人もまばらな裏通りへと移動し、周囲に目撃者となり得る不安材料がないことを確認してから振り返った。
「こんなみすぼらしい老いぼれに何か用かのぅ」
「おうおう、用ありだぜ、ギルド職員のじいさん」
「俺らのために、進んで金づるになってほしいんだよ」
「大人しく従っておけば、痛い目に遭わせないぜ」
相手は三人組の冒険者だった。ただ、その品行は不良そのものであり、学があるとは思えなかった。
「なんじゃ、遊ぶ金が欲しいのか」
ピースは腰にぶら下げている革袋を右手で外すと、無造作に地面へと投げつけた。
革袋はそこそこの膨らみがあり、地面にぶつかったショックで金貨が数枚こぼれ出てきた。
ヒャッハー! とばかりに取り巻きの二人が革袋に飛びついた。そして、中身を物色し始めた。
リーダー格だけは革袋に一切視線を移さず、話しかけた。
「なぁ、じいさん。アイツらはともかく俺はそんなあぶく銭で満足するほど卑しくはないんだ。もっと大金を得て、派手に遊びたいんだ」
「だったら、レアモンスターの討伐か賞金首を狙うのがオススメじゃぞ」
「そんなん退治できるヤツだけが出来る金儲けじゃないか。俺は気付いたんだ。もっと手軽に稼ぐにはギルド職員を暴力で服従させるか、色仕掛けで嵌めてやれば、お前らは命惜しさにギルド内に眠るお宝をホイホイとタダで寄越してくれるありがたい金づるなんだって、ことにな」
「なるほどのぅ。だが、わしは本日初勤務の新人職員じゃ。お前らが狙うお宝とかを持ってくるには信用が足りんと思うのじゃが?」
「そんなことはないだろ」
「なぜ、そう言い切れるのじゃ」
「お前は初日に副ギルドマスターと握手を交わすほどの人物じゃないか。しかも、ギルドマスターからのコネで今の再就職先を確保した。俺はお前の今の立場は世間を欺く仮の姿だと思っている」
ピースはリーダー格の妄想に付き合う形で相づちを打った。
「しかしのぅ、昼間の一部始終を見ておるのなら、わしの現役の頃の情報も入っておるじゃろぅ」
「ああ、人混みに紛れて標的を始末するのが得意らしいなぁ、じいさん。だが、ここは裏通りだ。ご覧のとおり、人通りは寂しい寂しすぎるときた」
「ジジイ、お前の得意技は1対1でなら強いんだろうが、俺たちがいっぺんに襲いかかったら手も足も出ないだろ」
「大人しく負けを認めろ、ジジイ」
ピースは切断された右太ももで松葉杖をうまく足の代わりにすると、両手を挙げて、敗北を認めた。
リーダー格は大人しく身動きしないピースに気をよくした。
「物わかりの良いじいさんで助かる。じゃ、早速だが、明日の晩にここで、ギルドマスターが大事にしているオリハルコンの片手剣を持ってきてくれ」
ピースは大人しく頷いた。返事をしなかったのは足の代わりにしておいた松葉杖の安定化が怪しく、ふらつき気味でそれどころではなかったからだ。
「おい、お前ら、聞いていたか。明日、大金が手に入るんだ。そんな数枚の金貨、じいさんに返してやれ」
リーダー格は少しばかりの優しさを示し、三下二人組が金貨と銀貨を抜いた銅貨だけの革袋をピースのズボンのポケットにねじこんだ。
そして、三人組は大金入手後のバラ色の未来を語りながら、ピースに対して、背中を見せたままその場を後にした。
ピースは左側のズボンの上に装着してある長方形の革の容れ物に手を伸ばした。
その手に何かを握った状態で、三人組に向かって腕を伸ばした。
「まず、消音じゃのぅ。次に神経毒を装填じゃ」
ピースの発言に握られたモノが少しばかり揺れる。揺れが収まり次第、ピースは隻眼でよく狙った上で、プシュプシュプシュと気の抜けた音を三度漏らした。その後、目の前を歩いていた若者たちが力なく崩れ落ちた。身体全体に麻痺が走り、ピースにとっては都合の良いことに、若者たちには意識はあるものの身体の自由が利かないという悪夢が降りかかった。
次にピースは音のしない口笛を吹いた。
暫くして、どこからともなく頭に布をいっぱい巻いた異国風の商人が現れた。
「これはこれはピースさま。本日はどのような要件でしょうか?」
「活きの良い若者を三人、奴隷として売りたい」
「畏まりました。就職先にご希望はございますかな?」
「楽して大金を得たいと夢見た者達だ。金鉱山でも掘らせると良いだろう」
「それでしたら、このチンピラ風の二人組は条件が合いますな。体力はあるが脳みそは少ないようです。ですが、真ん中の男は残念ながら長くは持たないでしょう」
「ならば、歯を全部引っこ抜いた上で男娼に売り飛ばすか」
「そうですね。比較的、整った顔立ちです。これならそこそこの値段がつくでしょう」
「ああ、そうだ。麻痺は明日の正午までしか持たないだろう。引っこ抜くなら早めが良い」
「おお、そうですか。いつもいつもこちらの手間を省いてくださって恐縮です。売却額に特別サービスをつけておきましょう」
「いつもすまんのぅ」
「いえいえ、定期的に良質の奴隷を提供してくれるピースさまを無碍には出来ませんよ」
商談の様子をピースと奴隷商人はわざと三人組に聞こえるように伝えた。
強い麻痺により、表情に変化はないものの、三人とも涙鼻水小便を勢いよく漏らし、これから先の暗黒の日々を想像して呻くのみだった。
そのうち、どこからともなく奴隷商人の部下たちが担架を持って現れ、始めに首に奴隷紋を施してから担架に彼らを無造作に乗せると何処へと運んでいった。
◇◆◇◆
「なぁ、アルマンド」
「如何されましたかな、ピースさま」
「わしも現役を退いて久しい。手頃な奴隷はおらんか?」
「どんな奴隷をご所望ですかな」
「荷物持ち、前衛職、金銭管理係じゃろうか。ついでに介護も」
「性別は?」
「若い女じゃのぅ」
「ハッハッハ、ピースさまもまだまだお若いですね。ですが、手持ちの金貨20枚では荷物持ちですら手に届きませんね」
「つれないのぅ。わしとお主の仲じゃないか。なんとかならんか?」
「うーむ。訳あり物件なら手持ちの金貨3枚で前衛職をお売り致しましょう」
「女なのか?」
「ええ。リザードマンのメスで手足を複雑骨折したまま捨てられていたのを私が保護した代物です」
「リザードマンか。いくらメスでも欲情は難しいな」
「ですが、手足の複雑骨折が完治すれば、前衛職としては申し分ないですよ」
「まぁ、そりゃあ、アイツらの皮膚は鉄の防具を遙かに凌ぐ堅さがありながら、全身をバネのように巧みに動かす俊敏性を持ち、鉄製のタワーシールドなら軽々と使いこなす筋力もある。それに、寒さ以外の過酷な環境なら苦もなく過ごせるからのぅ」
「怪我さえ治れば、この上ない戦力だと思います」
そうイチ押しを勧めながらも、奴隷商人のまなこはピースが握りしめる松葉杖に対して、色気を隠さなかった。
「アルマンド、分かっていると思うが、この杖はわし専用じゃ。わしの死と同時に光の粒となって消失する運命なのじゃ。お前さんを信用して、幾多の奇跡を見せたが、間違いを犯すなよ」
「存じておりますとも。しかし、何度見ても不思議であり、手の施しようのない重傷疾病者が見違えるように生まれ変わる様は気分が良いものなんですよ」
奴隷商人の日常は、悲しみの別れと共に売られていく人々をただただ事務的に捌くことだ。
ピースが若い頃に新人だった奴隷商人は、日々、心を痛め、目頭を熱くさせていた。
ピースは立場を忘れて助言したことがある。
「笑顔で接して、心の中で泣け。情けは商売のさなかで発揮しろ」と。
当時、ずっと買い手のつかない欠損青年だったピースから頭ごなしに言われてカチンときた奴隷商人は、思わず奴隷紋のペナルティのセーフティを解除し、瀕死寸前までピースを苦しめた。ピースはひたすら耐えた。気を抜いたら死ぬのが本能的にわかっていたから、なおさらだった。
ところがこの一部始終が、手頃な奴隷を品定めしつつ観察していたアサシンギルドのベテランの興味を引き、ピースは買われた。運命はどこでどう転ぶか分からないものだ。
「まぁ、わしの場合はレアケースじゃが、コレでお前さんの心が軽くなるのなら安いもんじゃ」
「お買い上げ有り難うございます。ピースさま」
ピースは奴隷商人に金貨3枚を渡した。
奴隷商人は部下に指示を出した。程なくして幌馬車が一台やってきて、二人は乗り込んだ。
◇◆◇◆
暫くして、奴隷商人が拠点を構える商館へと到着した。
先に降りた奴隷商人の後に続く、ピース。
一般販売の奥の部屋へと移動し、痛みに耐えつつも姿を見せた人間二人を強くにらむ件のリザードマンと対面した。
「今日は朗報だ、リャーリャーノ。買い手が見つかったぞ」
「こんな怪我人を買おうなんて物好きがいたと思ったら、買い手の方も大概だね。あたしに何をさせたいんだい」
リャーリャーノという名前のリザードマンは、欠損老人であるピースに胡乱げな眼差しを送る。
ピースは、痛みを押して啖呵を切るトカゲをなかなか気丈なヤツだと感心した。
「もちろん、前衛職を任せる」
「ハンッ、その片目でちゃんとモノを見てから言ってごらん。こんな両手両足で何の役に立つというのさ。使い捨ての壁にすらならないよ」
「まぁ、もちろん、その怪我は治せば良い。それだけのことだ」
「アンタには失礼だけど、回復職には見えないがね」
「そのとおり。わしには魔力そのものがない。回復魔法なんぞ、使えんのぅ」
「じゃあ、どうやってあたしの傷を治すというのさ」
「この祝福を受けた杖でな。ここをこう、これはああして……
とピースは説明もそこそこに薄暗い室内にてほのかに全体が光る松葉杖の尖端を、リザードマンの患部に押し込んだ。いや、ピースの目にはグシャグシャになった骨がパズルのピースのように見えており、それを尖端で器用に動かしてもとの骨の形へと組み立てていった。その間、リザードマンは痛みを感じることなく手足が元の姿に戻る様子に驚きを隠せないでいた。
「アルマンド」
リザードマンが両手両足の感覚を恐る恐る確かめている頃には、勝手知ったる奴隷商人が椅子を用意していた。
ドサッと勢いよく腰掛けるピース。
額には大粒の汗をかいており、奴隷商人が手渡してきた濡れ布巾を受け取ると、気持ちよさそうに顔を拭き始めた。
用意されていた水差しの水を何杯か飲み干して居心地ついた頃には、リザードマンがピースに対して、畏まっていた。
「リャーリャーノとやら。その態度はわしを主人として認めると言うことで良いか?」
「ああ。こんなにきれいさっぱり怪我を治してもらって恩返しの一つもしないなんて、リザードマンは人間と違って恩知らずじゃないんだよ」
「そうか。なら、今日から早速、わしの護衛を頼む。わしが死んだらその場で奴隷契約は解除ということにしよう。そのあとは好きに生きろ」
「ああ、承知した」
「アルマンド」
「はい。奴隷紋に契約内容の変更ですね。ああ、それとリャーリャーノ。装備品を忘れずに身に着けてから外へ出てくれ」
と奴隷商人がパチリと小指を鳴らすと、部下達がえっちらおっちらとリザードマンの防具と長槍を運んできた。
「あんた、奴隷商人にしておくには勿体ないほどの良いヤツだったんだな」
「リャーリャーノ、それは違う。お前が私の常連であるピースさまの眼鏡に適うと見込んでいたからこそ売りさばかずに保管していただけだ。奴隷商人に善人なんていないからな」
「ああ、わかったよ。忠告ありがとうよ」
ピースは奴隷商人とリザードマンの会話を聞きながら、装備が整うまでの間、身体を休めていた。
ピースとリャーリャーノが館を出たときには、東の空が明るくなり始めていた。
老人に徹夜明けの勤務は辛いのぅ、とぼやきながらもピースはスナギモへと足を運んだのだった。