“その後”の舞台裏
話は、ゴブリンの洞窟を出た後のこと。
舌、という限定的な部分の再生ではあるが、初めて魔力をたくさん使ったピースは精神的に疲労していた。
具体的には、すこぶる眠く、頭が重かった。
何度か怪しい足取りになったのを気力で立て直していたが、洞窟から外へ出た際、直射日光から目を守るためにとっさに目をつぶったことがきっかけで深い眠りに入った。
その後は肩ロースが背負い、肩ロースとジェノが宿泊している宿屋の一室に寝かされた。
◇◆◇◆
次にピースが目覚めたのは、王宮の謁見の間だった。
ヴァッサゴの魔法により王宮へと転移したのだが、それを知らない寝ぼけ眼のピースは、ヴァッサゴの介助のもと、様子のおかしい王様の目の前に連れてこられた。
「ん? ワシは何をするんじゃ、ヴァッサゴ」
「うん。疲れているところゴメンなんだけれど、このおじいさんの治療をお願いできるかな」
寝ぼけ眼で頭が上手く回っていないピースは、物々しい椅子に座り、高級感溢れる衣服に身を包んだ土気色の生気に欠けた老人を目の前にしても動じることなく、何もない空間に片手を開いた。
松葉杖がすぐさま応答し、光の杖となってピースの片手に収まった。
光の杖はピースに握られて嬉しいのか、輝きをいっそう増した。
老人の患部を目を凝らして探していたピースは光の杖の輝きによって、黒い影が老人の頭の中の全体に付着しているように視えた。
(ダミー婆さん、これはどうやって治すべきかのぅ)
(そうだねぇ、ピースちゃん。頭の中は治療しにくい部分の一つだから、あたしたちの光を照らして、この影を消し去るぐらいしか出来ないねぇ)
(分かった。ダミー婆さん、それでいこう)
(あいよ!)
治療方針の定まったピースは、老人の頭を動かないよう空いた片手でつかむと、光の杖を老人の頭皮に置いた。
ピースの眼からは杖が接触した箇所から、老人の頭の中の黒い影が焼かれて蒸発しているのが、視えた。同じ行動を2回したら、黒い影はすっかり霧散して、老人の顔色が土気色から血色を取り戻していく様子が見てとれた。いや、老人だと思っていた人物は幾分か若返った。
老人は、五十代後半の壮年男性の姿を取り戻した。
この国の王が正気を取り戻した瞬間だった。
◇◆◇◆
エルフ女はスナギモ冒険者ギルドの不祥事を包み隠さず、報告した。ソファで。
というのも、彼女の胸を枕代わりにピースが寝ているからで、王も治療者の体調を知るや、無理矢理起こそうとする周囲を取り成し、円卓と人数分の椅子&ソファを用意させるとその場で謁見を始めた。
王と来客が同じ目線であることに怒りを感じる者もいたが、そういう輩は肩ロースとヴァッサゴによって、駆逐された。
王を守護する近衛兵たちが沈黙させられたのを見せつけられるのは、本来であれば甚だ不味い状態ではあるが、肩ロースやヴァッサゴには国を乗っ取ることなどさらさらなく、王の目には彼等が何故かエルフ女と治療者である老人に注意を払っているように映ったため、王は誰よりも率先して椅子に座り、肩ロースとヴァッサゴの歓心を得た。
長年、王と共に政治を差配してきた宰相もまた王の行動の真意を見抜き、続いて椅子に座る。王妃は若干、理解が及んでいないようだったが、王と宰相の表情から胸の高鳴りを感じ、直感を信じて座った。
肩ロースとジェノ、ヴァッサゴは敢えて名乗らない謎の人物として、椅子に座り、拍子抜けするほどにあっさりと謁見は行われた。
「王よ、これは由々しき事態ですぞ!」
スナギモ冒険者ギルドの副ギルドマスターであるエルフ女の発言は重く、念のため、独自の諜報部隊からの裏をとって言質を得た宰相はここぞとばかりにギルドの弱体化に警鐘を鳴らした。
「アニスよ、そなたはこの事態をどう解決するのか?」
怒れる宰相を取り成した王は、エルフ女を見据える。
「一朝一夕で冒険者ギルドを復興できるとは考えていません。ですが、私はエルフです。この長命をギルド復興のために尽力することを誓います」
「ふむ。となると、そなたがギルドマスターとなって、辣腕を振るうということかね」
「いいえ、私は今まで通り、副ギルドマスターとして熱意のあるギルドマスターをサポートする立場にまわります」
「それでは今まで通りではないのかね」
「それは……」
エルフ女が言葉を濁したところでヴァッサゴが意見を通すため、挙手した。
王の直感が意見を通せと命ずるので、彼は「どうぞ」と声を掛けた。
「ボクさ、今まで色んな冒険者ギルドに足を運んだけれど、引退した冒険者がギルド職員をやるのって、難しいんじゃないかな」
「難しいって、どういう事ですか?」
「うん。王妃さまに分かり易くなぞらえるとね、王妃さまの身の回りを世話する付き人も誰でも良いわけではないでしょ」
「ええ。どうしてもお気に入りの付き人が出来てしまいます」
「じゃあ、付き人になれなかった者達はどうしているの?」
どう? と質問の意味が分からない王妃の視線が漂う。
「私の部下たちがその者に適した仕事を上手く回しております」
「そう、宰相さん、つまりそういうことだよ」
「なるほど。適材適所の最適化か」
「そう。ボクが思うに、冒険者が冒険者を辞めることになって冒険者ギルドでの働き口があることは良いけれども、必ずしもそこで働くことが最適とは思えないんだ。無理して冒険者窓口のお姉さんや教官をやらせて、こんなことが起きるぐらいなら、適性試験を受けさせることを提案するね」
「ふむ。ならばどんな試験を設けて、試験に落ちた冒険者はどう対処するのだね」
「冒険者のことは門外漢だから、そこはエルフのお姉さんに任せるよ」
かしこまりました、とアニスが頷く。
ここでピースが寝ぼけ眼で目覚めた。
「姉ちゃん、暗殺者ギルドをクビになったワシをつこうてくれんかのぅ」
突然のことに、ハァと気のない返事になるアニス。
「ヤル気があるのなら、冒険者以外の職業が冒険者ギルドで働くのも面白そうだな」
肩ロースがピースのヤル気に追い風を吹かせる。
「それでしたら、ピースさんは私の命の恩人ですから特別枠を用いて」
「コネはのぅ、生まれ変わった冒険者ギルドではひがみの対象じゃよ。ワシならではの特命なら知り得たヤツから納得するじゃろう」
「特命ですか」
「うむ。そういうことなら新しいギルドマスターの選出をしばらく保留にし、新人として雇われたピース殿をギルド職員として通用するレベルに育て上げた者をギルドマスター候補としよう」
「それではピースさんへの顔色伺いが得意な者がギルドマスターになります。反対です」
「ワシがコイツはダメじゃな、と判断したら物理的に首を刎ねられる特権をもらえるかのぅ」
「あ、それだったらおじいちゃんを魔法で改変させた不届き者が出たら、ボクが始末してあげるよ」
何だか剣呑な雰囲気が漂いはじめて来た。
だが王はこぼれる汗を拭うと、勇気を振り絞り、話を進めた。
「アニス殿、我々の側からもギルドへ派遣したい者がいる。私の友人の娘なのだが……」
「貴族さまを……でしょうか?」
「うぬ。ベガルタ侯爵の一人娘で名をアイカと言う。モンスター好きが昂じて冒険者の真似事をしておって、なかなかのお転婆でな。今回を機にいっそのこと冒険者ギルドの職員として働かせてみてみようと思うておるのじゃが、どうであろうか」
「やる気のある方のギルドへの希望はこちらも望むところです。よろしくお願いします」
アニスはとびきりの笑顔で、王の申し出を受けた。
◇◆◇◆
王とエルフ女のあいだで事務的なやりとりが行われる一方、別の席では首だけの男が震えていた。
ヴァッサゴの無言の圧力により真実しか語れぬ無力な男は、宰相を前にして事件の首謀者であることを自白し、あろうことか国王を亡き者にしようとしていたことまで暴露した。
いきなりのことで頭に血がのぼった宰相であるが、同時にギルドマスターとはいえ、たかだかSランクの冒険者にしか過ぎない青年の実力で、権謀術数はびこる王宮内の統制が出来るわけがないとの考えが宰相の頭の熱を冷ました。
「黒幕は誰かね? 返答次第では死罪は免除してやっても良い」
「死は救済じゃよ。生き返りの方法を持ってるヤツからしたら一番ラッキーな処罰じゃよ」
死という恐怖で自白を迫る宰相だったが、死とふれあうのが日常の暗殺者の助言により、考えを改めた。
「では、苦痛が未来永劫続く処罰をあなた方にお願いしてもよろしいか」
宰相はヴァッサゴと肩ロースに向けて意見を述べ、二人は快諾した。
首だけの男はこれから起こるであろう未来に泣きわめいたが、ヴァッサゴにより無造作にアイテムボックスの中に投げ込まれた。
「ん? 真犯人はヤツからは聞かぬのか?」
「おじいちゃん、たかだかSランクの冒険者に国が乗っ取れると思っているの?」
「んー、無理じゃろな。数の暴力の前には個の実力なんぞ木っ葉じゃよ」
「そうだね。宰相さんもそこに気付いたから刑罰をボクたちに任せたんだ」
ピースがなるほどと頷いた。
「さてと、当面の懸念材料は片付いたな。ジェノ、そろそろ次の国へ行こうか」
「ええ。そうしましょう、あなた」
そう言うと立ち上がる肩ロースとジェノ。
そこへ、待ってくだされ、とピースが声を掛けた。
「何から何まで世話になってしもうた。この恩にワシはどう報おうか」
「ならば、生きろ。その杖で拾える命を救い、そのジューで悪を討て」
ピースはアサシン流の敬礼で、立ち去る肩ロースたちを見送った。
◇◆◇◆
後日、冒険者ギルドは幾つかの新ルールを設けた。
まず、既存職員をテストでふるいにかけた。
ギルド適性の高い者は引き続き採用され、低い者は職の斡旋を行った。
ここで、前ギルドマスターの子飼いの少女冒険者たちは強い暗示を掛けられているのが発覚し、適性テストの除外が認められた。つまり、適正以前の問題ということで、ギルド職員としても活動していた少女達はことごとくクビになった。
次に、ギルドマスターになるにはギルド職員としての経験を積むこととされた。
多くの反発があったが、冒険者としての実力だけでいきなり組織のトップになれた今までの慣習がおかしい! ということを副ギルドマスターが冒険者へハッキリと伝えたため、不承不承ながらある程度の理解を得られた。
ベガルタ侯爵の一人娘・アイカがギルド職員として加入した。
侯爵の娘とは思えないほど、冒険者に対して気さくに接する彼女は瞬く間にベテランの野郎冒険者たちを味方につけ、ギルドが決定した新ルールを中心に意識改革を精力的に行った。
その甲斐あってか、自由に生きる冒険者たちは組織運営にあくせく働くギルド職員に対する目線が和らぎ、進んでギルド職員を目指そうとかギルドマスターになってハーレムを作ろうとかそういう考えがバカげたモノだったと思い知った。
そして、アイカの加入から一段落ついたところでピースがやってきた。
アニスは約定通り、アイカの下にピースを付けた。
アイカは初めての後輩が老人で元暗殺者という異色な経歴に面食らってはいたものの、ギルドへの情熱は失われておらず、新人育成を快く受け入れた。
同僚のギルド職員の多くがアイカに同情していたのに対し、アイカは相手が何であれ、後輩に真摯に接した。結果、アイカは唐竹割りの精度と威力が跳ね上がった。
その後はご覧の通り、冒険者たちによるギルド職員の買収事件が発生し、その犯人捜しも途中から事件の関係者とおぼしき者達の不審死が相次いだことから暗礁に乗り上げた。
スナギモ冒険者ギルドは犯人捜しを切り上げ、通常業務に戻った。
「スピピ、スピピピル」
冒険者ギルドのギルド窓口にて、ピースは鼻提灯を収縮させながら堂々と寝入っていた。
ピースの窓口に人が立たないのがその理由で、ヒマなのに起きているほど無駄なことは無いとばかりに眠りこけていた。
「チェストォ!」
「んぎゃあ!」
今日もアイカの唐竹割りがピースの頭上へクリーンヒットした。
ピースが情けない声を上げて、目を覚ます。
次に、見慣れぬ風体の鎧武者二人がピースの担当する窓口に立っていた。
イケメンの双子は声を揃えてこう言った。
「「どうか、助けてほしい」」と。
どうやらアイカや他のギルド職員には双子の言葉が通じず、何故かピースにはそう聞こえ、ピースは「分かった」と答えた。
これに、アイカや他のギルド職員たちが驚いた。
この老人は、何者なのだろう。
他のギルド職員よりはピースのことを知っていたアイカだったが、まだまだなのを実感するのだった。