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その後

「もう、お前の話は飽きたのニャ!」


 ピースが語るよりも早く、ミーコが吠えた。猫なのに。


「そうじゃのぅ。ワシも疲れたのぅ」


 ピースはミーコの意見に同意するように頷くと、アニスの乳枕の中へとうずまった。誰がどう見てもいそいそとしていて素早かった。


「ダメだ、旦那。話は最後まで続けるべきだ」

「そうよ。あなたのお友達は先代のギルドマスター殺しなのよ。有耶無耶にしてはいけないわ」


 真面目女子がリザードマンに命じ、老人の顔を引き上げさせた。

 乳枕から、何とも渋い表情のピースが現れる。


「と、言うてものぅ。ヴァッサゴは死んだばかりのギルドマスターの頭を身体から切り取ったら、魔法で呼び出したアイテム袋に無造作に放り投げて、身体は素っ裸に剥いたのち、ヴァッサゴが消した魔法陣の台に置いて、魔法を書き直しておった。首が無くても生きておる身体がそこにあったのぅ」

「どうしてその悪魔はそんなことを?」

「アニスの魔法で黒焦げになったヤツがおったじゃろぅ」


 そういえば、居たわね! とアイカが頷いた。


「ヴァッサゴが死ぬ前の状態に生き返らせて、目覚めさせるまでのあいだに記憶を覗いてみたら、どうやらソイツはエルフ女を乱暴に扱うのが大変好きな変態貴族だった。あの魔法陣は囚われている者をうっかり死なせたとしても(時間こそかかるが)復活させる仕組みじゃから、その者からすれば、夢のような接待じゃのぅ」


 リャーリャーノとアイカは何となくイヤな予感がした。


「旦那、アンタのお友達が書き換えた魔法陣たぁ、ケガしても死んでもすぐさま治癒&蘇生できる魔法がかかっていたりしなかったかい?」

「その通りじゃ。あと、接待を受ける者の眼には囚われた者がどんな男でもエルフ女にしか見えない幻をかけて……皆まで言わせるかね?」


 想像通りだったのを知った二人は首を横に振り、拒否した。

 アニスは少し残念そうな表情だった。


「分かったのニャ。男と男がニャンニャン叫ぶのニャ。…………キモチワルイのニャ」


 ミーコのイメージが伝播したのか、真面目女子とリザードマンの表情も沈痛な面持ちだった。

 アニスだけはニコニコとしていた。


「首が戻ったアイツは魔法陣が壊れるその瞬間まで、接待をする側にまわった。たとえその変態が死んで相手が出来なくなっても、迷い込んだ冒険者が、新しい住み処を見つけたゴブリン、オーク、オーガが相手をしてくれる。狂って心が壊れることを防ぐ魔法も入っているみたいだから、お楽しみの宴はそう簡単には終わらんようじゃ。めでたしめでたしじゃのう」


 ここでピースは紅茶に手を伸ばした。

 ほかの面々も仕切り直しの意味合いで、ティーカップに手を伸ばす。

 猫獣人もリザードマンも飲むことを許可された。

 ミーコは猫舌だった。リャーリャーノは味が分からないのか、微妙な表情だった。


「旦那はよく飲めるな、コレ」

「初恋の味じゃからのぅ。飲むたびに出会いを新鮮に思い出すぞい」


 年齢不詳の人間男とエルフ女が、年頃の少年少女のようにモジモジしていた。

 力と力のぶつかり合いでまぐわう相手を見つけるリザードマンには、理解の及ばない世界だった。

 リャーリャーノは何だか干し肉を頬張りたい気分だった。


 ◇◆◇◆


「ピースさん、次は首だけのギルドマスターが再び身体に戻るまでのことを教えて下さい」


 ピースは固まった。これに対し、アニスが代わりに答えることに。


「ピースさんはあの後、魔力疲れで眠りにつきました。私たちは彼を肩ロースさん達が宿泊していた場所へ寝かせると、王様の下へと足を運びました。首謀者ピーター・ブレッド及び魔術師ザーク・ケルナーの所業を報告するために」

「それで、原因は?」

「本人は『スナギモ全体の改革だ!』と力説していたわ」

「改革? 一体、何の改革なのですか」

「ピーターによると、冒険者の風紀の弛みを正すためね。まともなやり方だったら良かったけれど、ゴブリン討伐に赴いたカップル冒険者たちは、知っての通り全員帰らぬ人となった。ピーターが、モテなくてくすぶるザークに粛清計画を持ちかけて、実行をギルドマスター権限で認めたためよ」


 発奮したザークは得意魔法である幻術を駆使して、男の冒険者たちにはゴブリンの幻を目くらましに、あらかじめ用意していた同士討ちの罠へと彼らを誘い、互いを虐殺させた。女の冒険者たちには大量の霧で包み隠すどさくさに肉体を拘束する魔法を発動させ、速やかに秘密の部屋へ転移させるとそこで積年の堪りに溜まった劣情を吐き出した。

 ただ一人、浮かれた冒険者たちを憂慮して引率を買って出た副ギルドマスターだけが、幻術にかからなかったものの、狂乱の惨状に笑顔で現れたギルドマスターとの直接対決で地べたに転がされ、続いて現れた魔術師によって無力化された。

 以降、ピースたちが来るまでのあいだ、アニスは不意に訪れたピーターの接客・・相手を務めることとなった。


「不意に? どういう事じゃろうか」

「冒険者たちを束ねる組織の長というのは気軽に相談できない秘密事が多く、それ故に心が疲れ、何かしらの発散を求めることがあるの」

「ならば、好きな女を抱けば良い」


 途端にアイカの軽蔑の眼差しがピースに対して注がれる。


「嬢ちゃん、男にとって、好いた女のお情けはどんなお守りよりも勇気づけられる。本当じゃよ」

「旦那は経験があるのか?」

「アニスを除けば、無かったな。こんな負傷兵もどき、縁起が悪いと立ちんぼにでさえ気味悪がられていたからのぅ」


 ここで久しぶりの唐竹割りがピースの頭頂部に炸裂した。


「副ギルドマスターを馴れ馴れしく呼び捨てにするとは何事ですかっ!」

「とは言ってものぅ。同じ屋根の下で同衾しとる間柄じゃ。畏まる理由なんぞ無いのぅ」

「良いですか! 百歩譲って、ピースさんがアニス様と生活していることに口を挟みませんけど、家の外でピースさんが立場が上の人と出会ったら、最低でも『様』を付けた物の言い方をして下さい!」

「ふむぅ。じゃあ、お嬢ちゃんはアイカ様かのぅ」

「私とピースさんは同じ職場で働きますから、私のことは『先輩』と呼んで下さい」

「ふむぅ。じゃあ、アイカ先輩?」

「よろしい」


 アイカ嬢、すこぶるの笑顔。今まで後輩がいなかったのか、ただ単に呼んでもらえなかったのか。


「アニス様、質問を許して欲しい」


 主人のピースと違い、出来るリザードマン・リャーリャーノは発言する。


「どうぞ」

「腕の立つ冒険者たちを一斉に失ったら、冒険者ギルドの運営は苦しくなるはずだが、何故、それでもなおああいう手段に出たのだい?」

「元々、ピーターはスナギモのSランク冒険者でした。多大な功績を残し、先代のギルドマスターから後継の打診を受けて、その座に落ち着きました。その際に、彼のパーティーメンバーだった多くのAランク冒険者がスナギモに拠点を移しました。みんな、女性でした。ピーターのためだけの若くて美しい女性たちで結成されたハーレムパーティーでした。

 数年後、ハーレムパーティーに異変が起きました。彼女たちはピーターの下を去り、彼女たちに憧れる若くて逞しい少年たちをパートナーに選びました。

 ピーターもまた、老いていく女たちに興味を失い、冒険者としての名声を求めて訪れる若くて無知な少女たちに接触し、熱心に教育を施しました。

 かつてのハーレムパーティーたちはピーターに憧れる若い少女たちをみて、一言言いたくなる場面もあったそうですが、かつての彼女たちが少女だった頃の記憶~先輩たちの助言にろくに耳を傾けなかったこと~を思い出して、棲み分けが出来ていることを口実に見て見ぬふりに徹したそうです。

 そこへ、場を乱す者が登場しました。

 魔術師ザークです。

 ザークはイケメンであることを武器に、Aランクの女冒険者たちに対して積極的にアピールしました。ですが、彼女たちはピーターという前例があるので、似た年頃のザークには興味を示しませんでした。

 そこでザークは、考えを改めてピーターと同じように若くて無知な少女たちを手玉にとろうと接触しますが、ザークの好みのタイプの少女はすべてピーターによって教育が行き届いており、目的は適いませんでした。

 程なくしてザークは孤立し、ある日、忽然と姿を消しました。

 そして次は、副ギルドマスターおよび女性のベテラン冒険者と経験の浅い少年冒険者を失います。しかし、ギルドマスターは勢威を失わず、当時、別の依頼でその場に居なかったベテランの男冒険者がいぶかしがるほどに、精力的に残った冒険者たちを鼓舞し、新規冒険者を集いました。

 また、後任の副ギルドマスターをそれまで育て上げていた少女たちの中から有望な子を任命する予定もあったそうです」


 ピーターの目的は、古い女と創設時から存在する監視役の排除。そして、新しい若い女のハーレム獲得と過去の権威に訴えた新体制作りにあった。その目的が叶うのならば、一時の不幸などどうとでも乗り越えられた。こんな不幸、Sランクに至るまでの出来事と比べたら、些細なことでしかない。


「ふざけないで下さい。ギルドマスターが冒険者を私物化して許されるのですか!」

「真相が分からなかったら、どうとでもなるのぅ。アレはSランクだったんじゃろ。ソイツが黒と言えば、白も黒になるのがSランクなんじゃろ?」


 アイカはピースの正論に、すぐさま反論できなかった。

 確かに、冒険者たちの行動倫理は最上位ランクの発言に盲目的なところがある。

 Sランクは誰もが得られるランクではない。

 艱難辛苦かんなんしんくを極める難易度のクエストやあらゆる理不尽に立ち向かい、時に運命をねじ曲げるような、奇跡のような所業をクリアした者だけに与えられるランクだ。

 だからこそ、その者の発言は一国の王ですら傾聴に応じなくてはならない。敢えて無視することも出来るが、公の場でそれを行うと、周囲から軽んじられるのは避けられない。

 しかし、だ。

 Sランクがすべからく皆、清廉であるだろうか?

 聖騎士、賢者が善人の職業だとしても、すべてが偽りないのであろうか。

 暗殺者、蛮族が悪人の職業だとしても、度し難い嘘つきばかりなのだろうか。

 過去を紐解くと、蛮族のSランクが冒険を通して知り得た(まこと)のことを口にして、王に意見を通そうとしたが、聖騎士の虚言を信じた王によって蛮族は消された。

 王の国は程なくして復活した魔王の最初の標的となり滅びた。


 アイカは何が正しくて何が間違っているのかを見失いそうになった。


「そういうときはなぁ、お嬢ちゃん。頭のいい人たちが揃って、アレコレ考えるんじゃ。みんなが納得したことを決定して、それに倣うんじゃ」


 ピースが誰もが考えそうなことをさも当然のように言って聞かせた。


「簡単に言いますけどね、あの曲者揃いの冒険者たちをどうやって説得すれば納得するのですか」

「わしゃあ、頭が悪いから難しいことはわからん。しかし、ギルドに詳しい者が……いや、ギルドのことを第一に考えている者が行動を起こせば、ランクなんぞどうでもよくなるじゃろ」


 暴論ではあるが、一理ある。

 スナギモの野郎冒険者たちは荒くれの精鋭みたいだが、ギルド職員たちの意見が納得に値すれば即、行動に移ってくれる。よくよく考えてみるとギルド職員たちには冒険者のようなランクはない。


「ギルドのことを第一に考える……かぁ」


 アイカがポツリと呟いた。


「そうそう、アイカさん、王様から伝言があったの思い出しちゃったわ」


 ポンッと、笑顔を綻ばせながらアニスが手のひらの上で握りこぶしを叩く仕草をする。


「経験を積み、誰もが納得する業績を上げよ」


 副ギルドマスターが荘厳な面持ちで国王の真似事をした。声色はさておくとして、雰囲気は上手く掴んでいるナァ、とアイカは感心していた。


「次期ギルドマスターに推薦したら、ピースさんや肩ロースさん達が納得したからすんなり意見が通っちゃったの。だから、貴女をここに呼び寄せたのよ」


 そして告げられるサプライズ。

 固まるアイカを他所に、ピースは何杯目になるかわからない回数の紅茶を静かに飲んでいた。

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