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治癒と炎

>ジェノと肩ロース


「ジェノォ、情報は正確に伝えようや」

「心外な。きちんと生き残りがいたではないですか」

「いや、確かに生きてたわな。でも、俺が望んだ姿じゃなかったやんけ」

「そこまでは、魔法ではわかりかねます。魔法も万能ではないんです」


 灰になった女たちのなれの果てに対して、肩ロースは不満げだった。

 肩ロースはそういえば、人質を何かに利用したいような物言いをしていたことをピースは思い出した。

 それが何かは思い浮かばなかったが、何でもかんでも知り得ていい情報とは思えなかった。


「私は、もっと二人きりの旅を楽しみたかったんです。でも、あなたがそれを望まないのであれば……

「ジェノ、もういい。俺が言いすぎた」


 口をつぐみ、涙をたたえ失望に耐える仕草をする女を前に、肩ロースは観念する。

 ジェノの肩をグワシと掴んだ肩ロースは、おのれを壁にして、ピースとヴァッサゴの視線を遮ると、お膳立てと云わんばかりに瞳を閉じ、待ち構えているジェノに対し、態度を示した。


「何をしておるんかのぅ」

「チッスかな」

「ちっす、とな」

「接吻とか、キスとかそういう表現でわかるかな、おじいちゃん」


 何故か機嫌を悪くする少年を見て、ピースは大人しく頷くのみだった。


 ◇◆◇◆


「さて、本題に入ろうか」


 元の胡散臭い貴族風の服装に戻った肩ロースが、真顔に戻る。


 ほんの少し前、ドワーフの上流階級が住みそうな豪勢な建物の一室に、ピースは憎しみの声に誘われるようにして入った。

 遅れて、肩ロース、ジェノ、ヴァッサゴが入ってきて、滑らかな台の上で手足を魔法で拘束されている何者かの目撃者となった。

 何者かは顔だけ全ての皮膚を奪われ、むき出しの筋肉組織があらわになっていた。反面、身体の部分は衣服を剥ぎ取られ、下腹部に隷属の証を刻まれ、暴力と強姦の痕がそのままだった。

 いや、とヴァッサゴが否定した。


「この魔法陣、時間経過と共に肉体的損傷を治癒する術式が組み込まれているね」

「つまり?」

「この建物の利用者が定期的に戻ってきたら、身体中の怪我が魔法陣によって治されて、いつでも楽しめるよう設定されているんだ」

「なるほど、物扱いとはそういう事か」

「どういう事でしょうか?」

「この女の役割は、ダッチワイフ。使い捨ての人形さ。年老いて魅力が落ちたらそれまで。だが、その日が来るまでは延々ともてあそばれる運命なのさ」


 命令が下ったら人を殺すことしかしなかったピースは、彼等の知識を基にした会話にはとてもついて行けなかった。だから、黙っていたのだが、ひとつ、気付いたことがあった。


「さっきから、こんなにも馬鹿にされておるのに、大人しい女だのぅ」

「あー、これはね、おじいちゃん。のどに術式の痕があるでしょ。これは魔法を唱えられると困るから口を封じたんだよ」

「それと、念のために舌も抜いてあります。しかも、この魔法陣が創られる前、ですね」

「うわぁ……それだとこの、もう一生、しゃべれないんだね。カワイソス」

「お前の同情は、相変わらず他人事だな」

「だって、ボクの身に起きたことじゃないしね」


 騒がしい連れの漫才を見守る中、ピースは視線を感じて、その方向をむいた。

 皮膚のない剥き出しの顔と目が合った。その目はピースの隻眼と片足に向けられていた。


「これはのぅ、小さい頃に失った部位じゃ。火傷じゃったから治せなかったんじゃ」


 この世界での傷ついた身体の治癒は、主に魔法が使われた。

 回復魔法といい、素質があれば誰にでも使えた。しかし、この魔法は信仰心との相性がもっとも良く、質の良い回復効果と回復量を求めるのなら、神官や僧侶に任せるのが一番である。

 この世界のお金のある人々は、彼等彼女らの住む神殿や教会へと足を運び、目的を叶える。

 お金がなくても運のいい人は、冒険者として修行の身である年若い神官や僧侶に治療を施して貰えるかもしれない。

 幼い頃のピースは生まれが貧しく、町外れの村に住み、冒険者を知らなかった。よって、回復魔法の存在も知らず、村を襲った大火事を生き延びた大工と薬師によって、炭化した片足はのこぎりで切り落とされ、片目は消毒液を掛けられただけにとどまり、運良く(悪く?)自然回復だけで生き延びた。

 暗殺ギルドに引き取られて、まとまったお金を得て、乞食よりはマシな生活を得た頃になって、ピースは聞きかじった情報を基に身体の治癒のために、神官たちの集う神殿に足を運んだことがある。

 対応にあたった見習い神官からは「治療以前に」と前置きされた。

 見習い神官曰く、信仰心のない者や後ろ暗い職業を生業としている者に対して、回復魔法は発動しないのだと。


「あのときのわしの絶望感とお主が今も噴出する怒りは似ておってのぅ。すまんのぅ。別に何をするわけでなく長話に付き合わせてしまった」

「グフフ、それはいい話を聞いてしまったな」

「おじいちゃん、その杖に頼み込んで力を使ってみてよ」


 いつの間にか、肩ロースとヴァッサゴの漫才は終わっており、ピースは柄にもなく赤面した。


「力を使う、と言ってものぅ」

「ピースさん、私があなたに魔力操作を教えたときの話を思い出して下さい」


(使い方がわからなければ、力を持つ者に対してお願いしてみるのです)


 ジェノの教えを思い出したピースは、目を閉じると集中した。

 脚を固定していた松葉杖が光の粒となり、束縛から離れるとピースの目の前にて、本来の杖のかたちとなって、現れた。

 ピースは驚くでもなく当然のように杖を握ると、何者かの顎に杖をあて、光を注いだ。

 注がれた光は何者かの口内でまとまった量の魔力の塊となり、ジュプジュプグチャグチャと肉が踊るような咀嚼そしゃく音を立てはじめた。

 ビチャビチャビチャッと、口内で小魚でも飼っているかのように激しい身動きが暫く続き、やがておさまった。

 何者かの瞳に生気が戻るや、それは驚いていた。

 失った舌が、元に戻ったのだから。

 と同時に、ピースは極度の疲労からバランスを崩し、倒れた。


「まぁ、初めての魔法行使だからな。これは、しゃーない」


 肩ロースが肩を貸すとピースを起こし、近場の椅子に腰掛けさせた。

 肩ロースが水差しとコップを持ってきて、ピースに対してなみなみと注がれたコップの水を寄越した。

 ピースは感謝の意もそこそこにコップの水を飲み干した。そして、おかわりを要求した。


「つたない魔法陣の役割は、しゅうりょう~」


 その一方で、ヴァッサゴ少年が指を少し動かし、女を拘束していた魔法陣と隷属&沈黙の術式が煙のように霧散した。


「貴女にはピースさんへのお礼を言う義務があります」


 あっけなく拘束が取れて呆然としている何者かに対して、ジェノが手のひらからピースの杖のやわらかな光とはまた違う怜悧な光をあてて、何者かの傷を癒やした。

 何者かの顔は本来の姿を取り戻し、身体の傷もつけられる前の状態へと戻った。

 たなびく金髪に透き通るような白い肌と肉付きの良い肢体が見事な女の姿がそこにあった。

 ピースは、特に女の豊満な胸に視線が自ずと集中してしまった。

 女と視線が合う。

 女はニコリと微笑むと、口を開いた。


「ファイアーボール」


 まじまじと女の裸を見た罰か……と、ピースは観念した。しかし、炎はドアの方へと向かい、室内に入ろうとしてきた誰かに直撃した。

 魔術に長けた魔界の王子が口笛を吹くほどに高威力の炎は、それまでの恨み辛みを載せて、対象者を執拗に焼いたのだった。

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