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ガラス映り 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 いや〜、会社のものとはいえ、新車というのは気分がいいものだねえ、つぶらやくん。

 ギアチェンジも何だか新鮮だ。前の車はサイドブレーキのそばだったのに、今度はハンドルの脇なんだもんな。最初はつい、従来の位置に手を伸ばしたくなってしまうが、そこは慣れって奴かな。そろそろ考えるより先に、腕が動くようになってきたよ。ドライバーしていて、長いこともあるんだろう。

 こう、長年車を運転しているせいか、不思議な体験もいくつかしたよ。つぶらやくんも、この手の話、興味があるだろ? 事務所まではまだかかる。暇つぶしになればいいんだけどね。


 車ものの怪談で有名なものといえば、やはり「消えたヒッチハイカー」だろうかね。アメリカで生まれたという、この都市伝説。日本ではタクシーを題材に、広く流布るふしている怪談話だ。まあ、江戸時代あたりから「駕籠に乗せたのが幽霊でした」というオチはあるみたいだけどね。

 話の幽霊の執着もバリエーションに富み、目的地、日にち、持ち物などの条件を満たすと、姿を現わすというものだ。私が親の車に乗せてもらっていたころは、交通事故による死亡者の数がものすごく多かったから、幽霊というのも、あながちウソではないかも、と感じたね。

 そして、私が自分で車を買えるようになる時期には、日本が世界でトップクラスに車を生産していた。日常生活で車を目にする機会がドカンと増えて、先を急ぎながらも、渋滞で進めなくなる様は、慌ただしい社会がきているな、という感じがしたよ。

 同時に、いまだないほどに車が増えた今、これまで以上に、おかしなことも起こり得るんじゃないか、という予感もね。


 その日。奇跡的にまとまった休みが取れて、久々に大学時代の友達と、車を交互に運転しながら旅行に行こうという話になっていた。

 当初はスポーツカーを持っている、友人の車を運転していく計画だったんだけど、あいにく修理に出す羽目になり、仕方なく私の車を使うことに。軽自動車ではあったが、私も含めて3人の旅行。荷物を詰めても、まだ余裕があった。

 私と友人の一人はノリノリだったのだが、スポーツカーを持っていた友人は、車内に乗り込んだ時から、やけにそわそわしている。「この車、新車か? 中古か?」と尋ねてくるんで中古と答えたところ、ますます青ざめた顔に。

 事情を尋ねると、スポーツカーを修理に出したのは、単なる故障が原因ではなく、幽霊が原因なのだという。


 夜中、ライトをつけながら走っていたところ、フロントガラスの左側に、人影のようなものがうつりこんでくるのだとか。しかも、時間を追ってどんどん濃く、大きく、鮮明になっていく。じょじょに輪郭がはっきりしてきて、ぼんやりと人の上半身らしきものが浮かんでくるのだとか。


「今回の旅行。確か、ぶっ通しで運転する日があるだろ? 俺、できるだけ昼間運転するから、夜の運転は控えたいんだわ。ヤバそうだと思ったら、悪いが帰宅も提案させてもらう」


 確かに夜の運転は、昼間に比べて危ない。暗い服装をした人が、不意に出てきて、ぶつかりそうになることもあるだろう。だが、運転を避けたいだけなら、そのように「いかにも」な例を出さず、わざわざ心霊じみた理由を持ち出す必要があるだろうか。

 もう一人の友達の気持ちは分かりかねるが、私は正直、少しわくわくしていたね。この手の現象は場所やもの、人に憑くかだ。友人のスポーツカーに憑いているのであれば、同じような出来事の発生は、望みづらいだろう。

 だが、人に憑くのであれば、もしかしたら……などと、友人には悪いが、不謹慎なことを考えもしたよ。ともあれ、そんなことがあったのに旅行に付き合ってくれることに感謝し、昼間の一番手のドライバーは、スポーツカーの友人に任せることにした。


 私はローテーションの3人目及び、真夜中の運転係を買って出たよ。特に後者は事故りやすい時間だし、保険もきく。心情的にも、自分がハンドル握っているなら、多少ミスして傷がついても、あきらめがつくしね。

 私は自分以外が眠っていても、へっちゃらな人間。交代した時に、寝不足でとちってもらっては困る。二人には「寝ていて平気だよ」と伝えておいた。だが、実際に寝付いたのは、後部座席の友人だけで、助手席に乗っているスポーツカーの友人は、「何かあった時のために、起きている」と言って、話し相手になってくれたよ。

 そして、日付も変わって一時間ほど経った時のこと。


 私は最初に、ルームミラーに違和感を覚えた。後ろの友人は、座席に突っ伏しており、荷物も端に詰めているから、鏡に映るのは後部座席のヘッドの部分と、後部ミラーを通して見える、後ろの風景だけのはずなんだ。

 その鏡の中、後部座席のヘッドに挟まれた「谷」のやや上。道路ほどの高さに、サインペンの先くらいの大きさの、黒ポチがついているんだ。信号で止まった時に、振り返って確かめたけれど、後部ミラーに黒い点はない。

 思わずルームミラーをこすったけれど、取れなかった。スポーツカーの友達が「どうした」と声を掛けて来るが、「何でもない」と返す。まだ何とも言えないからだ。

 しかし、一度気にすると、どうしても気がそれてしまう。私は頻繁にルームミラーに目を走らせていた。

 友人も気になったのだろう。何回目かの停車の後に、私の肩をつついてきた。

「帰宅を提案する」と、一言だけ。

 友人は自分の正面を指さす。かすかにふるえているように見えた。私も身体を乗り出して、覗き込んでみる。

 友人のすぐ隣、ぼうっと人の輪郭だけを縁取った、黒いもやみたいなものがガラスに張り付いている。車内外の温度差によるくもりのため、などとは思えない。もやの向こう側は何も見えないんだ。何かが、ガラスにうつりこんでいる。

 話を聞いていただけに、私もいい気持ちはせず、その日はこれ以上の運転を断念。さりとて、後部座席で熟睡している友人をほっぽっていくわけにもいかず、その日は路駐しながらの車中泊になったんだ。


 うとうとしながら、夜明けを迎えるころ。あのぼやけた影は、はっきりと存在感をしめしていた。ルームミラーは上半分が、黒のマジックで塗りつぶしたように染まっていたし、友人の隣は、影というより壁になってしまっている。

 これは、幽霊うんぬんとは違うんじゃないか、と私たちが二人で首を傾げ始めた時、後ろの友人も起き出してきた。現状を話し合い、ひとまず近くの自動車ガラス屋さんで診てもらうことになったんだ。


 ガラス屋さんは、私の車を見るや「この車、中古じゃないかい?」と尋ねてきた。

 車の数が増えたために、日本の中だけでなく、中国やアジアからもガラスを買いつけている。その中には、事故に遭ったことがないゆえに、年季が入っているガラスも多く、運転による振動や汚れの付着が重なると、このような現象が起こることがある、とのこと。いわば、ガラスの老化現象だ、とガラス屋さんは話していたね。

 交換をお願いしたが、旅先と言うこともあり、あまり持ち合わせがない。数万円程度ですむ、中古のガラスを選んだ。半日ほど時間がかかる、と言われて旅行計画は多少、変更することになったが、「ひとつ思い出にはなったかな」と、家に帰ってみんなに話したよ。

 ただ、後になって、ガラス屋さんの言うようなことはあり得ない、ということが分かったけどね。



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