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第九話

 無人の荒野を歩むが如く、俺は館門を潜った。

 館門の回りに倒れていた兵士たちは、俺が近付くと瘧のように震え出し、小便を飛散させて逃げていった。

 不思議だね。目の前の光景に既視感を感じるよ。


「館を守る兵士たちが、こんなにもあっさりと無力化されて逃げていく……」


「彼らが逃げ出すのも仕方ありませんわ。二百年前のわたくしたちも逃げることこそ堪えられはしましたが、恐怖を感じていたことに違いはないのですから」


 ああ、ユキカちゃんとエリンちゃんの顔が凄く暗い。


「えへー。元気出してくださいよー。お水じょばー! お二人も私みたいに失禁しておかしくなっちゃえば、毎日が楽しくなりますよー? お水じょばー!」


 ミリーちゃんは本当に空気読んでねお願いだから!

 前方宙返りしながら撒き散らすとか無駄に放尿技術が高くなってるな!


「さあ、ユキカちゃんも一緒にお漏らししようよ!」


 ハイライトが消えている笑顔で決めポーズを取ったミリーちゃんはそのままブシュッとお漏らしをした。

 さっき放尿したばかりだよね! ミリーちゃんの膀胱どうなってるの!?


『ステータスで見せたはずだぞ。ミリーのアレは闇属性の特殊攻撃だ。マジックポイントが続く限り連射できるに決まっている。ちなみにミリーの場合、マジックポイントは身体の水分量だ』


 知りたくなかったよそんな情報!

 っていうか魔法一ミリたりとも関係ないじゃん!

 俺がレアちゃんと話している間も、ミリーちゃんが瞳孔が開いた目のままユキカちゃんとエリンちゃんを追い掛け回している。


「やだああああああ! おしっこかけないでえええええええ!」


「ヒッ! ユキカ、今だけはこっちに来ないでくださいまし! わたくしまでおしっこを浴びてしまうではありませんか!」


「そんなの一蓮托生に決まってるでしょおおおおおおおお!」


「い、いやああああああ!」


 ユキカちゃんとエリンちゃんなら、ミリーちゃんをぶっ飛ばすことくらいわけないと思うんだけど、ミリーちゃんは無駄に精神がタフで放尿しまくる以外はただの一般人だから、二人は実力行為に出れないようだ。


「いやだ! ボク、あんなのにはなりたくない! 神に天使にされて行き着いた先が怪奇尿漏らし男と化す未来とか絶対耐えられない!」


「落ち着いてくださいましユキカ! わたくしも同じ気持ちですわ!」


 ついには泣き出したユキカちゃんを、エリンちゃんが自分も泣きそうになりながら慰めている。

 話が進まないから先行くよ!?


「戯れはそこまでだ。ユキカ、エリン、先導を続けよ。ミリーは私の側へ」


 命令した途端、三人の動きが止まった。

 相変わらず台詞と態度が上から目線に変換されて内心凹みまくってる俺の前に、最初の頃よりはスムーズな動きで、でも抵抗していることが丸分かりなぎこちなさを残して、ユキカとエリンが立つ。


「くそっ、助かったことは助かったけど、やっぱり大魔王の命令には逆らえない。しかも、少しずつ強制力が強くなってる気がする。エリン、君はどう思う?」


「きっと、身体は既に大魔王に屈しつつあるというわけですわね。……精神を支配されることがないだけ、マシだと思うべきでしょうか」


「あはー! 逃げられなくなった影響で私こうなったのにさらに近付かせるとかさすが大魔王様鬼畜ぅ!」


「貴様はいい加減正気に戻れ」


「だが断る!」


 断られちゃったよ。

 泣いていいかな。

 まあ、レアちゃんの身体じゃ涙なんて補正されて出ないんだけどね!

 適当な扉を開けたらメイドさんたちの控え室だった。


「キャアアアアアアア!」


「オボオオオオオオ!?」


「ブクブクブクブクブク」


「あきゃきゃきゃきゃきゃ」


 俺がメイドさんたちの姿を認識した直後、皆可愛らしい容姿のメイドさん方は、非常に申し訳ない状態になってしまった。

 悲鳴を上げて逃げ惑うくらいなら己の幸運を噛み締めるレベルで、恐怖のあまり突然嘔吐するもの、錯乱して泡を吹き失神するもの、笑顔で発狂状態のまま奇声を上げ続けるものなど、色々酷い。

 しばらく進むと、壮年の男性が俺の行く手を阻んだ。


「此処から先は、一歩も通さん」


 騎士剣を手に、悠然と佇む男性が身に纏うは、ユキカちゃんやエリンちゃんと同じ、強者の気配。

 鋭い眼光に、蓄えられた品の良い口ひげ。

 重厚なフルヘルムに、大柄の身体に相応しい大きさのプレートメイル。

 ごついガントレット。

 そして下半身は……裸。あ、ぞうさんがしなしなになってる。

 へ、へんたいだー!


「露出狂か貴様!」


「違う! 漏らしてしまって股間を拭いてる最中だっただけだ!」


 十分台無しだよアンタ!



■ □ ■



 ダンディーな下半身すっぽんぽんのおじ様は「いざ、尋常に勝負!」と叫んだのを遺言に【魔神の鉄槌】の直撃を受け城壁を突き破って退場した。

 絶対死んだだろアレ。

 いや、それよりも【魔神の鉄槌】が発動した瞬間あのおじ様のぞうさんが何故かエレクトしなさったのが目に焼きついて……うわああああああ。


『この我にあのような粗末なものを見せるとは破廉恥な輩め! 目が腐り落ちたらどうしてくれる!』


 何か俺だって元とはいえ男だったのにやけに胸のドキドキが治まらないと思ったら、レアちゃんが思いっきり動揺していた。


『こうなったらユキカを裸に剥いて記憶を上書きするしか……』


 うんレアちゃん落ち着こうか。俺以外の誰かに知られたらやばいこと口走ってるよ。

 ユキカちゃんを全裸にしたところでまた別のぞうさんが出てくるだけだからね。

 レアちゃんが教えてくれたことなのに、本人がユキカちゃんの性別を忘れてしまっている。


「何か悪寒を感じる……!」


「気のせいではありませんの? わたくしは何も感じませんわよ?」


 急にユキカちゃんが不安そうな顔で辺りを見回し始める。直感凄いですね。

 とにかく邪魔者を排除したので、先に進む。

 上り階段があったので二階に上り、廊下を進むと、突き当たりに部屋があった。

 兵士が二人いる。


「誰だ貴様!」


「何処から入ってきた!」


 俺を見咎めた兵士二人が構えた槍を俺に向ける。

 あー、いきなりそんなことをしたら……。

 案の定、【魔神の鉄槌】が発動して城壁を内側から爆砕しつつ兵士二人を外に放り出した。

 安否は気になるものの、先ほどから兵士と遭遇しては今の繰り返しなので、さっさと部屋の中に入ることにする。

 部屋の内装で一番に目に入ったのは、黒檀製らしい執務机だった。

 中々品質の良い家具を使っているみたいだ。


「な、何者だ! このワシが勇者ユキカの血族だと知っての狼藉か!」


 執務机で書類を片付けていたらしい老人が怒鳴り、老人にミリーがおもむろに近寄っていく。


「近付くな!」


 老人がミリーに怒鳴るが、ミリーは聞く耳を持たず、執務机によじ登り、立った。

 ミリーちゃんの股間の下には老人の顔がある。

 ハイライトの消えた目を宙に向け、ミリーちゃんはにへらと幸せそうに笑った。

 おいまさか。


「お水じょばー!」


「ぎゃあああ! 目に小便がああ!」


 やりやがったああああああああ!

 とりあえずユキカちゃんとエリンちゃんはあの人を助けてあげて!


「あの男を捕縛しろ!」


 だから違うそうじゃない!


「えええええ、この状態で!?」


「さ、触りたくありませんわ!」


 ユキカちゃんとエリンちゃんは嫌がりながらもてきぱきと光の輪で老人の手足を縛り上げた。

 ん!? 何だそれ!?


『ライトバインドだな。拘束効果を持つ光魔法の一つだ』


 レアちゃんが教えてくれた。

 その間にも、ユキカちゃんとエリンちゃんは手際よく家捜しを始めている。

 君たち何やってるの?


「この人絶対ボクの子孫じゃないよ! ボクそういうことする相手すらいなかったし!」


「ハルトとガンガスは!? 一応あの二人は男ですわよ!」


「君ボクの性別知ってるよね!?」


 エリンちゃんのボケにユキカちゃんが突っ込んでいる。

 あ、本人はちゃんと自分のこと男だと思ってるんだ。

 一人称私だし、性同一性障害とかそっちの人かと思ってた。


「お水じょばー!」


「ぎゃあああワシの髪が小便塗れにいいいいいいい!?」


 ちょっと目を離すと、縛られて動けなくなった老人がミリーちゃんの放尿責めを受けていた。

 何がどうしてそうなった!


「ところで私たちこれからどうすればいいの?」


「大魔王の判断しだいですわよ」


 二人とも、目の前の惨状に気付かないフリしながら、何とかしろと俺にチラチラ視線向けてくるのやめてくれませんか。


「お水じょばー!」


「貴様はワシに何の恨みがあって小便を浴びせてくるんだあああああああ!」


 本当に気付いてないの? それともわざとなの?


「私たちずっとこのままなのかな……。天使になって、堕天使になって、気付いたら二百年も経ってて、何だか随分遠いところまで来ちゃったみたい」


「生きているだけ、幸運だと思うしかありませんわよ。幸い今のわたくしたちはこうして物事を正しく見て判断することができるのですから。天使のままなら、それすら許されなかったのでしょう?」


「うん……」


 シリアスなところ悪いけど、後ろのミリーちゃんで台無しだからね!


「お水じょばー! 悪い領主はミリーちゃんがやっつけてやる! きゃはは!」


「き、貴様ら見てないで助けてくれええええええ!」


 お爺さんがさっきからミリーちゃんに放尿スナイプされてて可哀想過ぎるんですが!

 一応敵なのに、扱いが哀れ過ぎて立場を代わってあげたくなる。レアちゃんの身体ならミリーちゃんの放尿をステータス差だけで防ぐから浴びることもないし。

 よし、助けてあげようそうしよう。これもレアちゃん真人間計画の一環だ!


「貴様の地位はこれより我のものとなった。この街の名を、これより『ユキカシティ』から『レアシティ』へと改名する!」


「え? この人もう偉い人じゃなくなるの? じゃあ放尿するの止めようっと」


 ちょっと待って俺が思ってた助け方と違う!


「ボクの名前でなくなるなら何でもいいや」


「心底どうでもいいですわ」


 ユキカちゃんとエリンちゃんはついに取り繕うこともなく事態の収拾を放棄した。

 二人とも投げやりにならないでええええええええ!


『良くやった前世の我! この街を世界征服の足掛かりとするぞ!』


 駄目だ突っ込みきれない!


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