第八話
俺はじぃっとユキカちゃんとエリンちゃんを見つめた。
エリンちゃんはどう見ても女の子だし、ユキカちゃんも女の子にしか見えない。
透き通るほど綺麗な金髪を背中までの長さに伸ばしていて、髪の先が緩く波打っているのがエリンちゃんで、エリンちゃんとは対照的に、同じ色の金髪をボーイッシュなショートカットにしているのがユキカちゃんだ。
どっちもキューティクルが抜群で、顔も可愛いからどう贔屓目で見ても男には見えない。
でもこれで、ユキカちゃんは男なのだとレアちゃんは言っている。
マジかよ信じられねえ。
「何です! 間抜けにもあなたの手下になったわたくしたちを嘲笑うつもりですの!?」
視線に気付いたエリンちゃんが、振り返って刺々しい口調で怒鳴ってきた。
別にそんなつもりは一片たりともないけど、レアちゃんの表情は嘲笑がデフォだから仕方ないね。
俺の笑顔は愛想笑いすら全部嘲笑に置き換わってしまう。
悲しい。
『彼女の髪の毛は元は赤毛だな。今は天使にされた後だから金髪になっているが』
レアちゃんがエリンちゃんがまだ人間として生きていた頃のことを少し教えてくれた。
『対してユキカは黒髪だったな。まあ、ユキカの姿に関しては、お前も大体想像つくだろう』
同じ日本人だし一応は……でもユキカちゃんの元の姿ってどんなだったんだろう。やっぱり女の子っぽいのは天使になっているからで、元々はちゃんと男って分かる姿だったんだろうか。
『天使とはいっても、顔かたちそのものは変わっておらんぞ。ユキカとエリンが変えられているのは髪の色と服装のみだ。神々はそれらよりむしろ精神や人格、記憶の改変に重きを置いていたようだ』
うげえ。やっぱりこの世界の神々は悪趣味だ。
そもそも天使って何なんだろう。
『天使は死んだ人間の魂を加工して作るものだということは前に話したな?』
うん。
聞く度に思うけど、神々のやることって結構えげつないね。悪辣だし。
でも、本当にユキカちゃん素でこの顔でこの髪型だったのか……。
男でもおかしくない長さなのに、女の子に見える。リアル男の娘じゃん。
『そこまで貴様がユキカの容姿に拘る理由が我にはよく分からん。ユキカの性別など、どちらでも良かろう』
ごもっともでございます。
『天使は人間とは違い肉体を持たぬ精神体だ。ただの魂と比べて、主たる神々より力を注がれて実体化していることが、天使の特徴の一つでもある』
ということは、今のユキカちゃんとエリンちゃんはこの身体から力を分け与えてもらってるってこと?
『そうだ。だからこそ、二人の翼も黒く染まった。私は力の色が元々黒なのだ。神々として存在していた頃からそれは変わらぬ』
黒っていったら邪悪だとか、堕天使の翼は黒いものだとか思ってたんだけど、それらは合ってるのかな?
『貴様の世界のフィクションの話か? この世界でも常識的にはそう間違っていないが、真実でもない』
あ、そうなんだ。
『そもそも白が聖なるもので黒が邪悪なものという概念自体が、神々が定めた勝手な偏見に基づく。堕天は天使となった魂の力の源が、神から魔神へ変わったという以上の意味は持たん。神々はそれが面白くないから、色々マイナス面のイメージを付け加えようとしているがな』
なるほど……。つまり、ユキカちゃんもエリンちゃんも、堕天使になって邪悪な心を持つ悪の手先になったわけじゃないんだね?
俺の問いかけに、レアちゃんの方からムッとした意思が届いてきた。
『ほう、つまり貴様は、この大魔王レアがそういう存在だと言いたいわけか?』
いや、そういうわけじゃなくて!
「む、むかつきますわ! 物凄くむかつますわ! 涼しい顔してわたくしたちのこと無視して! 早くアレをどうにかなさいませ! 凄く迷惑ですわよ!?」
「落ち着いて、エリン。今ボクたちがこうして生きてるだけでも幸運なんだよ。これくらい我慢しなきゃ」
何か外野が騒がしい。
そう思って振り返ったら、エリンちゃんが怒髪天をついていて、ユキカちゃんが必死に宥めているところだった。
やべっ、レアちゃんと話すのに夢中になってたから、よく分からないけどエリンちゃんが超怒ってる。
何があった!
「お水じょばー!」
その答えはこれだとばかりにミリーちゃんがおもむろに俺の目の前でジャンプし、俺の目前でキラキラと黄金水が飛び散らせた。
ミリーちゃんお前のせいかあああああああ!
「そもそも何なんですあの尿漏らし女は!? いきなり出会い頭にわたくしたちに向けて放尿してきて、今も隙あらばぶっ掛けようと狙ってるじゃありませんの! キャア、また飛んできましたわ!」
「う、うん。あの子についてはボクも同意かな。何がしたいのかよく分からない。いつも張り付いてるみたいな笑顔浮かべてるし、笑顔なのに目だけ虚ろで笑ってなくて何だか怖いし」
この身体に関しては浴びる前に消えるし臭いもつかないから、今のところ緊急性はないけれど、ミリーちゃんの奇行にユキカちゃんとエリンちゃんもドン引きしている。
うん分かる。俺もドン引きしたい。ついでに見なかったことにしたい。
でもさすがにこれ以上無視できないので、そろそろミリーちゃんのことも考えないと。
とりあえず、放尿を止めてもらおう。
下手に、頼むから下手に出てくれよレアちゃんの身体!
俺の意思に反応した身体が、ゆったりとした速度で歩き、ミリーちゃんに近付くと、そっと彼女の頬を両手で挟み込む。
浮かべているのは笑顔だと思うんだが、普通の笑顔だよな? な?
「我が下手に出ているうちに大人しくしていることだな。……消すぞ」
「あびばばへばいひふぃあばば」
違うだからそうじゃねえ!
確かにミリーちゃん大人しくなったけど、泡吹いて失神してるじゃねえか!
『ハハハハ! 廃人となったミリーも我を至近距離で直視するのはまだ無理か!』
慌てる俺とは対照的に、レアちゃんは心底満足そうに笑っている。
でもそういえば、エリンちゃんは敵意バリバリなのに【魔神の鉄槌】が発動しないんだな。
不思議に思った俺に、レアちゃんはあっさりと言った。
『ああ、あれはただのパフォーマンスだ。エリンは私に対して始めから敵意など向けていない』
……は?
■ □ ■
ユキカシティに戻ると、あれほどいた通行人が一人残らず居なくなっていた。
辿り着くまでの間、俺はずっとレアちゃんが言ったことの意味を考えていたが、一端取り止めだ。
「何これ……ゴーストタウンみたい」
「街の規模はわたくしたちが最後に立ち寄った時よりも明らかに大きいですのに、何がありましたの?」
不思議がっているユキカちゃんとエリンちゃんの背後で、俺は青くなった。
これ絶対、オレのせいだよな。
『そうだな。正確に言えば、貴様と我が共有するこの身体が生み出す魔力のせいだが』
最初ユカキシティの中に入った時は、通行人がいっぱいいた。
しかしその通行人たちは、俺が歩くのに合わせて次々に行く先々で表情を恐怖に変え、逃げようとして立ち止まり、涙と鼻水を顔から垂れ流しながら小便を四散させて逃げてしまっている。
……今頃は全員家の中で寝込んでるのかね。
『逃げることができずに発狂した者はそうかもしれんな。ミリーのように壊れるほどではなかろうが。後はモンスターや魔族の仕業として戒厳令が敷かれたか』
とても楽しそうにワクワクした声音でレアちゃんが告げる。
魔族って何だ。ゲームとかではよく見る名称だが。
『単なる亜人に属する一種族だ。魔と名がついているものの、魔神である我とは一切関係ない。まあ、大魔王としては一部の魔族を保護してはいたな』
そいつら、探さなくていいのか? 一応庇護者だったんだろ?
『構わん。二百年前のことだ。当事者たちはとうに死に絶えている』
「ところで、何処に向かうか目的地は決まっておりますの?」
エリンちゃんが振り返って俺に尋ねてくる。
不機嫌そうな顔だ。
もしかしたら、さっき俺がうっかり無視しちゃったことをまだ根に持っているのかもしれない。
レアちゃん、つまり大魔王の手先になってしまったのが、納得はしていても腹立たしいっていうのもあるだろうし。
でもレアちゃんはエリンちゃんに敵意は無いという。実際敵意を感知して発動する【魔神の鉄槌】が発動してないから本当なんだろう。
『街の領主に会いたい』
「街の領主に会うつもりだ」
現状、俺とレアちゃんの目的は領主に会うことで一致している。
まずは現状を把握しないとどうにもならない。
この身体では他人とコミュニケーションを取るのが超絶難しいから今から心配だ。
「領主の館か。っていうことは、お父さんを詐称した人の子孫ってことになるのかな。何だか複雑だよ……」
ユキノちゃんが、瞳に憂いの影を落としてため息をつく。
「二百年前でも、血が続いているのか?」
「分からないけど、ボクを召喚した王家の人たちは当時で既に三千年の歴史があるって言ってたし、あるんじゃない?」
「眉唾物だな、それは……」
大魔王レアに明確に敵対していたのだから仕方ないとはいえ、ユキノちゃんもやっぱり態度が硬い。
ただ、エリンちゃんとは違い憎い敵の手下にされたから腹立たしいというよりも、当初の目的を見失って途方に暮れているという方が正しいように見える。
「あれではありませんの? 館が見えてきましたわよ」
エリンが遠くに見える館を手で示す。
ところで、門の前にやたらと兵士がいるように思えるんですが。
『気のせいではないな。どうやら街に入る時の騒ぎが伝わっているようだぞ』
えええええええええ!
『おお、矢を射掛けるつもりだな! 塵芥にしては戦意が高くて結構なことだ!』
心なしか弾んだ声で、レアちゃんがウキウキとしている。
『だが無意味だ』
兵士たちはコンマ0.001秒ほどで放たれた【魔神の鉄槌】によって、門をぶち破り屋敷に叩き返されました。
あの門金属製だと思うんだが、衝撃で破壊するってどんだけだよ。生きてるか兵士の奴ら。
『心配するな。我とて手加減は心得ている』
そうか。さすがのレアちゃんも、サーチアンドデストロイがデフォじゃなかったか。
『慈悲を以って、死んでも蘇生させてやるさ』
対応が斜め上過ぎて吹いた。
いや実際に吹いたわけじゃないけど、気分的に。
それ手加減って言わない気がするぞ。
「い……今のは、見たことがありますわ。大魔王レアだけが使える大魔法……。やっぱり、わたくしたちは」
「今さらだよ、エリン。分かりきっていたことじゃないか。そもそもボクたちは、遠い未来に問題を丸投げしただけで、その負債を今払っているだけなんだ」
何か、ユキカちゃんとエリンちゃんが凄く深刻そうな表情で落ち込んでる。
今は仲間なんだし、元気付けてあげたいなぁ。
昔よりも今を見て、頑張って欲しいよ。
「今のお前たちは我の僕に過ぎぬ。せいぜい悪行で以って忠勤に励むが良い」
落ち込んでいたところにトドメを刺されたユキカちゃんとエリンちゃんが崩れ落ちた。
だから上から目線&嘲り&空気を読まない翻訳は止めろォ!