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第七話

 大魔王レアとして悠然と佇み、内心テンパリまくっている俺の目の前で、元天使だった勇者ユキカと聖女エリンが目覚めた。

 勇者も聖女も、もう天使と同じく元だけどな!

 本当に逃げやがったレアちゃんめ……。


「う、ここは……」


「わたくしたちは死んで、それから神々の御許へ運ばれて……」


 どうやらエリンの方は、死んでから天使として加工されるまでの間の記憶がある程度残っているようだ。

 もしかしたらユキカの方にも残っているのかもしれない。

 いや、この場合取り戻したといった方が正しいのか?

 とにかく、二人とも意識は正常らしい。凄く安心した。

 ミリーちゃんが例の瞳孔が開いたハイライトの消えた目で笑いながら二人に近付く。


「お目覚めのシャワーです! お水じょばー!」


 俺が何か言う前に、ミリーちゃんは黄金水を二人目掛けて噴射した。

 しまったレアちゃんのことばかり気にしててミリーちゃんのこと完全に忘れてたあああああああああ!

 手で顔を庇う間もなく突然ぶっかけられて、顔面から黄金水を滴らせる羽目になった二人は、当然水滴から漂う臭いにそれが何であるかを悟る。


「……え? 何これ、おしっこ……?」


「な、なな、ななな、何故わたくしたちがいきなりこんな目に遭わなければなりませんの!?」


 全くその通りだと思います、はい。


「お前は大魔王レア! 未来に飛ばしたはずなのに、どうして!」


「それよりおかしいですわよ! 時間魔法に生命力を全て変換してまで魔力をつぎ込んで死んで、確かに神々の御許に運ばれましたのに、どうしてわたくしもユキカも生き返っているのです!?」


 驚くのは結構だけど、もう少し格好の方に驚いてくれ。

 君たちの姿、ミリーちゃんの一件がなくてもかなり酷いから。


「アレ!? 翼が真っ黒になってる! 鴉の翼みたい!」


「何ですのこの破廉恥な服装は!? 胸と股間が申し訳程度に隠れているだけではないですか!?」


「っていうか髪が! エレン、君の髪の色が金髪に変わっちゃってるよ!?」


「ユキカも同じですわよ! 何がどうなっておりますの!?」


「──静まれ」


 あれだけ騒いでいたのに、俺が一声発したら、二人ともぴたりと騒ぐのを止めて飛び退り、身構えて警戒の目を向けてくる。

 泣けてくるぜ。これ、天使の時と大して反応変わりなくね?

 俺じゃなくてレアちゃんのお陰だけど、助けてあげたんだからもうちょっと仲良くしようよ!

 あ、いや、【魔神の鉄槌】が発動してないから、一応敵対までは行っていないのか?


「大魔王様もお水いりますかー?」


「要らぬ」


 ミリーちゃんは収集がつかなくなるので大人しくしていてください。

 あと空気呼んで。


「じょばー!」


 大人しくしろって言ってるでしょ!

 別にかけられたところで浴びる前に全部蒸発するし、仮に浴びても濡れずに「キンッ」って弾かれるだけだからいいんだけど。

 レアちゃんなら、この二人を恐怖で従えようとするだろう。

 しかしそれは正しく大魔王の所業に他ならず、レアちゃんの悪名を再び轟かせるだけだ。

 ここは仲良くすることで、好感度アップを狙うのが正しい。


「跪け。そして我に忠誠を誓うが良い。我が尖兵たちよ。仲良くしようではないか」


 違う! 仲良くでも、それじゃ仲良く(支配)じゃねーか!

 相変わらずのレアちゃん仕様の行動を取る身体の扱いに俺が四苦八苦していると、ユキカちゃんとエレンちゃんが戸惑い混じりの悲鳴を上げた。


「え、嘘! 身体が勝手に!」


「嫌ですわ! 何故わたくしが、大魔王に服従せねばなりませんの!?」


 二人とも抵抗しているが、それでも物凄い強制力が働いているようで、ぐいぐいと二人の身体は床に押し付けられていき、平伏の姿勢になる。

 何だこれ。


『彼女たちが魔神の支配を受けたからだ。神の加護は精神を蝕み、魔神の支配は肉体を蝕む。精神支配を受けた時点で身体の抵抗は意を成さなくなるから、どちらがより悪辣かは明白であるな』


 楽しげな声音でレアちゃんが解説してくれた。

 顔を伏せているユキカちゃんとエレンちゃんは、嗚咽が聞こえてくる。

 よほど今の体勢が屈辱的なのだろう。

 本当に申し訳ない。

 と、とにかくこの子たちを連れて街に戻らないと。


『ほほう、この状態で戻るか』


 俺の中でレアちゃんがニヤリと笑っている気がするけど多分きっと気のせいに違いない。

 そういえば、あの街って今何ていう名前なんだろう。

 レアちゃんが一度滅ぼす前はルッタングっていう名前だったらしいけど。

 街娘のミリーちゃんなら知ってると思うし、聞いてみようか。


「ミリーよ。あの街の名は何という?」


「ユキカシティです。なんでも勇者ユキカ様のお父上が、ユキカ様の功績を讃えてルッタングの街を復興させ、改名したそうですよ!」


「え?」


 きょとんした顔をしたのは、当の勇者ユキカちゃんだった。

 まあ元勇者で、今は堕天使の魔神の尖兵ユキカちゃんになっちゃってるが。


「ボクのお父さん、日本人だからこの世界にいるはずないんだけど……?」


 気まずい沈黙が広がり、ミリーが小便を漏らした。

 どういうことだおい。


『簡単なことだ。勇者ユキカを含め、我と戦い勝利した英雄四人組は、時間魔法で我をあの時間軸から排除した代償に命を落とし、帰らぬ人となった。故に、その肉親を騙る者が出ても何らおかしくもないな』


「そういえば、聖都エリンがユキカシティの姉妹都市に設定されていますよー」


「……その聖都エリンとは、どこの国の、どこの街なのですか? わたくしが知る限りでは、聖都といえば神々を信仰するルスフラグナ教の聖地たる聖都ルスフラグナしか存在しないはずなのですけれど」


 うげえ。

 あの神々を信仰する宗教とかあるのかー。


『あるも何も、聖女エリンはルスフラグナ教に見出された聖女だぞ』


「ああ、それなら間違ってないですよー。大魔王レアが倒れた後で、時の教皇様が娘の聖女エリン様を偲ぶために、聖都ルスフラグナから改名したそうですから。私、歴史の授業で習いました!」


 ミリーの解説を聞いて、エレンがぴくりと眉を動かし、不可解そうな顔をする。


「わたくし、孤児出身で当時の教皇とは赤の他人ですし、そもそもあいつのことは手篭めにされかけて以来大嫌いだったのですが」


『当の本人が死んだのをいいことに、好き勝手捏造したのであろうな。真実だと言い張っていれば、後は時の流れが本当に真実に変えてくれる』


 レアちゃんの言葉を、俺は大魔王として不敵な表情を浮かべつつ内心唖然として聞いていた。

 結論。二百年もあれば、歴史事実なんていくらでも捻じ曲がるらしい。

 とりあえず、色々考えるべきことが増えたし、一度ユキカシティに戻るか……。



■ □ ■



 とりあえず、道中ユキカちゃんとエリンちゃんに何故大魔()レアがいるのかと、自分たちの身に何が起こったのかを説明するため、ついてこいと命じる。

 本当は滅茶苦茶下手に出て御機嫌取りをしたかったんだけど、まあレアちゃんの身体じゃ無理だ。

 絶対変に曲解されるに決まってる。


「我が尖兵たちよ。我が前に立て。そして我をユキカシティに先導せよ」


 ほらな!

 相変わらずひでぇ翻訳だ。


「また、身体が勝手に動く……!?」


「どうしてわたくしたちが大魔王の僕などに……!」


 歩き出した俺に合わせて、ユキカちゃんとエリンちゃんは俊敏な動きで俺の前に躍り出た。

 側に控え、護衛するように一定距離を保って彼女たちも歩き出す。

 ……あれ、翼使わないの?


『名を取り戻したばかりで己が元天使であることも自覚しておらんのだ。仕方あるまい。不満なら語れば良い』


 別に不満はないが、元より事情説明は行うつもりなので、とりあえず気にしないことにする。


「さて。お前たちはどこまで覚えている?」


「わたくしは、死んで神の御許に送られて、神々との謁見を果たしている最中までですわ」


「ボクは……」


 何故かユキカは言い淀んでいる。


「どうしましたの?」


「やっぱり、エリンは覚えてないんだ……そうだよね。先にやられたんだし」


「……? 何のことですの?」


 ユキカちゃんとエリンちゃんの態度には、微妙に齟齬があった。

 その理由は、エリンちゃんの記憶にはなくて、ユキカちゃんが覚えていることに起因するとレアちゃんは語る。


『推測するのは簡単だ。神々の性格を思い出せばいい。我が以前貴様に話したことを覚えているか?』


 異世界人を召喚して、加護を与えてレアちゃんに嗾けてたんだっけか?


『そうだ。問題なのは、神々が、自分が呼び込んで勇者に仕立て上げた異世界人に、絶望を与えるという趣味の悪い遊びをしているということだ』


 つまり、じゃああれか。エリンちゃんは、もしかしたらユキカちゃんの目の前で……。


『それどころか、その後ユキカすらも、だな』


「ボクたちは、死んだあと神様たちのところに運ばれた」


「そうですわ。そこで、今までの苦労を労われて……何故か、そこから先の記憶がありませんの」


「当然だよ。エリンは真っ先に神に天使に作り変えられて、ボクたちを襲ってきたんだもん。ハルトとガンガスもボクを守ってエリンにやられて……」


「……何ですって?」


「ボクの記憶は、天使になったエリンたちに捕まって、神々の手に掛かる直前まで残ってるから、私も天使にされちゃったんだと思う。……そうなんでしょ? 大魔王レア」


 レアちゃんはだんまりを決め込んでいる。

 え、俺が答えるの?


『貴様が我の身体を動かしているのだから当然であろう。嫌なら代わっても良いぞ?』


 碌なことにならない気がするので遠慮します。


『代わっても良いぞ?』


 駄目です。

 さあ答えよう。全部レアちゃんの受け売りだけど。


「その通りだ。お前たちは神々に名を奪われ、個性なき天使(人形)として我を襲った。我は顔を覚えていたのでな。すぐに分かった」


『代わっても、良いのだぞ?』


 しつこいよレアちゃん!

 代わって欲しければ過去の自分の行動を省みて反省しなさい!

 あと空気呼んで! めっちゃ今シリアスな場面だから!


「お水じょばー!」


 超重苦しい雰囲気をぶち壊して、ミリーちゃんが唐突に放尿した。

 うわああああああああ!

 こっちにも要注意人物がいたああああああああああ!

 シリアスさんが逃げちゃったあああああああ!

 戻ってきてええええええええ!


「過去をくよくよ考えてても仕方ないよ! 今までよりも、これからのことだよ!」


 尿撒き散らしながら格好良いこと言ってんじゃねえ!

 お前はもうちょっと過去のことを考えて反省してくれ!

 ところ構わずお漏らしすんな!

 仮にも女の子でしょ!?


「あはっ……あははははっ……」


「……気が削がれてしまいましたわ」


 ユキカちゃんが笑い出し、呆れた様子でエリンちゃんもため息をつく。


「ありがとう」


「ほえ?」


 相変わらずハイライトが行方不明な笑顔のミリーちゃんに、ユキカちゃんは頭を下げた。


「そうだよ。ミリーちゃんの言う通りだ。いつまでも落ち込んでたって仕方ないよね。ボクたちはまだ生きてる。生きてる限り、戦える。それに、今は大魔王レアだって仲間にいるんだ。正直複雑だけど、戦力としてならこれほど頼れる人はいない」


「わたくしは記憶がありませんから、正直半信半疑ですけれど、ユキカもわたくしも髪の色が変わっていますし、天使の輪と翼もあります。本当に、天使になっていたのでしょうね」


「まだハルトとガンガスが残ってる」


「絶対助けますわよ。真実がどうであろうと、人だった頃の記憶を奪われているというだけでも、許せませんもの」


 ユキカちゃんとエリンちゃんが凄く盛り上がってる。

 うんうん、可愛い女の子二人のためにも、僕も協力してあげようじゃないか。

 これもレアちゃん善人化計画にちょうどいい。


『ああ、言い忘れておった。勇者ユキカは男だぞ』


 ……はいぃ!?


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