第二十三話
これで俺たちは、レアシティ、テヌールシティ、エルーナシティの三つの街を手中に収めたことになる。
しかし街三つといっても、このうちまともに街として機能しているのはエルーナシティだけで、レアシティとテヌールシティは実質的に廃墟となってしまっている。
レアシティにはテヌールシティの住民が移住しているはずなので、ぼちぼち復興が始まるだろうが、その分テヌールシティについては手が回りそうにない。
それに、復興しても俺が来たらまた【魔神の鉄槌】で半壊したりしないか心配だ。
同じ【魔神の鉄槌】でも、城壁を破ったり破らなかったり威力にばらつきがあるからな。
『威力にばらつきがあるのは、敵対する者の戦闘能力を読み取って、確実に防げない威力に調節しているためだ』
俺の考えを読み取って、レアちゃんが補足を入れてくれる。
というか、レアちゃんって本当洞察力が凄いよなぁ。見ただけで大体の実力を見抜いてステータスを作ってしまうのもそうだし、さっき聞いた【魔神の鉄槌】の威力決定もそうだし。
『フフフ、褒めても何も出んぞ?』
物凄くレアちゃんが機嫌よさそうにしている。どうやら凄いと思われているのが嬉しいらしい。
うん、やっぱりレアちゃんはレアちゃんだね。
『待て、それはどういう意味だ』
レアちゃんは凄い大魔王って意味だよ。
『褒めるな褒めるな、照れるではないか』
もはやレアちゃんの思念はウッキウキでスタッカートがつきそうなレベルになっている。
本当レアちゃんってチョロ可愛い。
『ん? チョロ……?』
俺の心を読んだレアちゃんは少し不思議に思ったようだが、そちらよりも可愛いというフレーズの方に興味が移ったらしく、今度は羞恥の感情が流れてくる。
『可愛いといわれて悪い気はせんが、大魔王に対する呼称ではないな』
でも事実だし、美人で大魔王なのに親しみやすいなんて最高じゃないか。皆の人気を独り占めできるよ。
……そのレアちゃんの身体を動かしている俺だって同じことがいえるはずなんだけど、何故か集まってくるのは奇人変人ばかり。何故だ。いや、後天的にそうなっちゃった子もいるし、大体の理由は分かってるんだけど。
『そんなにいうほどか? 神々に比べればはるかにマシだと思うが』
え。ちょっと待って。ユキカちゃんたちがそうあっさり流されるレベルって、神々どんだけなんだよ!
外道で奇人変人とかそれでよく神を名乗れるな!
『そもそも神という言葉自体が人間が定義したものだからな。彼らは真の意味で我らを理解しているわけではない。齟齬が出るのは当然だ』
「ねえねえ、先輩。先輩の部屋は執務室の隣でいいよね?」
「いいのではありませんの?」
俺がレアちゃんと話している間に、ユキカちゃんとエリンちゃんの間でエルーナシティの掌握が進められていた。
エルーナシティの主だった高官は逃げ出してしまったので、残っているのは一般市民にごく僅かな軍人、あとは下級の政治家のみ。
まって、ユキカちゃん。俺、政治とか行政のこととかろくに分からないから、そんな場所に部屋があっても不便なだけなんだけど。
「そうだわ。きっと大魔王様の支配を受けてエルーナシティの皆さんは不安に思われてるでしょうから、私とミリーちゃんのお水でスープを作ってお配りしましょう」
「賛成! 私、頑張ってお水どばー! するね!」
ストオオオオオオオオオオオップ!
誰か、誰かミリーちゃんのお母さんとミリーちゃんを止めてええええええええええええええ!?
そのお水って、いわなくても二人のアレだよね!?
そんな全く違う意味での文字通りなメシテロとかしなくていいから!
「おいレアよ。俺たちが戦うべき次の敵はどこだ? 暴れ足りんのだ。さっさと次に行こうぜ」
「天使が私を呼んでいる」
まさに闘牛士に一直線な猛牛のように脳筋的な牛面チビマッチョ悪魔であるハルトと、天使を殲滅することしか頭にない見た目骸骨、骨と皮のみ老人悪魔のガンガスが、残りの人たちと比べるとはるかに普通に思える不思議。
「ワシのご先祖はどうしてそう天使に執心なのじゃ? 特に我が一族に天使が絡んでいたという言い伝えはないのじゃが」
「愚問。天使は我らの力の源泉たる知を破壊する。そのせいで、貴重な文献がいくら失われたか分からぬ」
「あー、確かに、天使に限らずルスフラグナ教そのものが、教義に反する物事や異教そのものに弾圧的じゃからのう」
ガンガスはドラウニスと会話をしていた。
どっちも大概な老人だが、一応これでも先祖と子孫という関係にある。
まあドラウニスの方は普通にかくしゃくした老人だが、ガンガスはどう見ても死体一歩手前な姿だから、ある意味関係性は予測つくかもしれないが。
……いや、それでも先祖と子孫なんて関係を見抜けたらそれはもうエスパーか。
ここは、俺はハルトに返事をしておくか。
ガンガスもそうだけど、色々話をしてみたいし、ハルトと二人きりになるチャンスだ。
「ならば、ハルトよ。次の街は我と二人で滅ぼすか?」
ちょっと待って二人になりたいのは同じだけど、俺の目的はそれじゃない!
「おう! さっさと行って始めようぜ!」
アレェ!? 承認されちゃったよ!
どうすんのこれ!?
■ □ ■
斧を掲げて意気揚々と歩くハルトと、いつもの大魔王の優雅な歩みを見せる俺。
当然レアちゃん補正の結果である。
内心の俺は何故かハルトと次の街を滅ぼしに行くことに、盛大に慌てている。
大体、次の街がどんな名前なのかも知らないんだけど、誰か俺に情報を教えてくれ!
『今歩いている方角に進むならば、一週間もすれば次の街クァルテラシティの経由地であるヴァリア村が見えてくるぞ』
次の目的地は街ですらなかった!
ていうかいきなり遠くなりすぎじゃない!?
『そもそもテヌールシティやエルーナシティに関しても、ドラウニスの転移魔法でスキップしたから早く着いただけで、距離的にはあまり変わっておらん』
まさかのドラウニスはどこ○もドアだった疑惑が……?
くそ、転移魔法をこの身体でも使えればいいのに! そうすれば延々歩かなくて済むのに!
『使えるぞ』
へっ?
……使えるの? 何で?
『何でも何も人間が使える魔法など、大魔王であるこの我が習得していない道理はなかろう。当然、かつてユキカたちが我に使った強制時空転移魔法も使えるぞ』
よっしゃあじゃあそれで今すぐ目的地に……。
『使わんぞ。美学に反する』
エエエエエエエエエエエエエエ。
美学のために延々歩かされる俺っていったい……。
『嫌なら変わるか?』
……どうしよう。ちょっと真剣に悩む。
以前そうやって変わったらレアちゃんにとんでもない行動に出られてえらいことになったから、なるべくなら変わりたくないんだけど、それで機嫌を損ねられていざという時変わってもらえなくなるのも面倒くさい。
変わるべきかなぁ。
「……少し疲れた。しばらく任せる」
『クククク。心得た』
妖しい含み笑いが物凄く不安なんだけど、本当にいいのかな……? でも休みたいのも本当だしなぁ……。
『心配するな。貴様に黙って何かをするつもりはない』
ほ、本当なの? 信じてもいいの?
……信じるからね?
その後。
「フハハハハハ! 狂え、惑え、人間たちよ!」
「おきょよっよよよよっよよよよよ」
「るんだうrんだういるあdなじゃ」
「くりゅrまいさおえいらおじゃおdじゃおえr」
「ぞめじぞめじぞめじぞめいぞ」
「ガハハハハハハハハ! 何だこいつら!」
信じた結果がこれだよ!
経緯を説明すると、レアちゃんに身体のコントロールを預けて俺が休息している間に、レアちゃんが優雅に歩いて通りすがりの盗賊たちが【魔神の鉄槌】で爆散し、吹っ飛ぶ盗賊の上にハルトと飛び乗って村まで飛んでった。
そして村に降り立った直後に回りにいた村人たちがレアちゃんの魔力に当てられて小便を四散させて逃走、逃げ切れなかった人が発狂して今に至る。
……ツッコミどころが多すぎて突っ込みきれないよ!
誰かを吹っ飛ばしてそれに乗って移動するとかありかよ! 想像もしなかったわそんな移動方法!
ていうか自分で飛ぶのはダメだけど空を飛ぶ何かに乗って移動するのはオーケーとかもうこれ訳が分かんねえな!
そもそもハルトの奴も普通にレアちゃんの奇行に馴染んでんじゃねえよ! ちょっとは戸惑えよ! 混乱しろよ! 何さも当たり前みたいに順応してんだよ! これだから脳筋は!
俺はすぐさまレアちゃんから身体の支配権を取り返した。
『何だ、もう終わりか。つまらん』
言葉とは裏腹に、レアちゃんにはしてやったりみたいな満足感が透けて見える。実際に似たような感情も伝わってくる。
レアちゃん何もしないっていったよね!?
『実際我は何もしておらんぞ』
じゃああの惨状はどういうことなの!?
『本当に今回は我とは一切関係ないぞ。我が能動的に行ったのは、盗賊たちに乗った一点だけだ。少なくとも、誰にも迷惑はかけておらん』
少なくとも、盗賊たちにとって滅茶苦茶迷惑だよね!?
『自らの欲のために他人を襲う者たちだ。何の配慮をする必要がある』
それは、そうかもしれないけど……!
で、本音は?
『むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない』
レアちゃーん!?
『フフフ、一度貴様の記憶でこのフレーズを見た時から使ってみたかったのだ!』
それはようござんしたね!
で、俺はこの状況をどう畳めばいいんですか!?
『自分の意思で表に出ながら逆ギレするなよ』
レーアーちゃーんー?
『やれやれ……村人の狂乱は一時のものだ。このまま居座るならば定着するだろうが、我らがこの場を離れれば、自然と元に戻ろう』
よし、今すぐ出発しよう!
「いささか飽いた。先に進むとしよう」
俺の意思に従い、レアちゃんの身体はバサリと格好良くローブをはためかせて高笑いを……俺の意思に従ってねえよ! 普通に出ていかせてよ!
『大魔王たるもの、仰々しいくらいでちょうどいいのだ』
「もう出るのか? もうすぐ夜になっちまうぜ」
いいよ別に! 夜になったくらいでこの身体がどうにかなるとは思えないし!
「構わぬ」
「獣、魔物、ならず者。夜に襲ってくる奴らには事欠かねぇぜ? 特にあんたはすげぇべっぴんさんだしよ。ユキカやエリンも美人だが、あんたはそれ以上だ」
概ね同意だけれど、一つだけいわせて欲しい。
ユキカちゃんは男だ。
忘れてないよね!?
『案外、あれだけ可愛らしいのなら男でもいいと血迷う者もいるやもしれぬな。そういう意味で、お前のことを知り我の身体だけを見て求める男がいるやも分からぬ。敵意が混じっているなら問題ないが、純粋な愛だった場合【魔神の鉄槌】での自衛はできぬ。気をつけることだ』
ウワアアアアアアアアアアア!?
俺が襲われる可能性もあるってこと!?
嫌過ぎるううううううううう!
怖気に身を震わせていた俺の肩に、ハルトが真剣な表情で手をかけた。
「レアよ。あんた、やっぱり振るいつきたくなるくらい、いい女だな。──これ以上我慢できねえ。やろうぜ」
ぎゃあああああああああああああああああ!?




