第二十二話
どうしてこうなった。
本当に、どうしてこうなった。
俺の前に広がるのは、エルーナシティという名の街と、その街を守るように展開された軍隊。
エルーナシティはテヌールシティをさらに西に進んだ場所に位置する都市で、レアシティやテヌールシティとほぼ同じ規模の都市である。
テヌールシティとは一応道が開通してはいるのだが、険しい山脈の中を走る山道を通る必要があり、行き来は決して楽ではない。
しかし、俺は大魔王レアの身体だから自然の要害程度無視してしまえるし、何なら調教して以来すっかり影の薄いポチの背に座って運ばれてもいい。
走るのは大魔王的にNGだが、ケルベロスに騎乗するのは大魔王的にOKらしい。判断基準がよく分からん。
ていうか、無理に走ることに拘らなくても、歩くしかできないなら走れる奴に乗るっていう手があったんだよな。
くそ、思いつくまでに散々時間を無駄にしてしまったぞ。
他の面々の存在感が強すぎて、最初に出会って懐いたケルベロスのことなんてすっかり忘れてたし。
ちなみに餌は自分でハントして確保していたらしい。できるペットである。
ついでにいうと飛べないので天使との戦闘には一切参加できずに置いてけぼりになっていた。
存在そのものが忘れ去られていたからしょうがないね。
【魔神の鉄槌】が唐突に多重起動するのにももう慣れた。
能動的に放つ技じゃないし、無駄に探知範囲が広いから変なタイミングで発動しまくるのがたまに傷だが、レアちゃんが十八番と豪語するだけあってむちゃくちゃ性能が高い。
俺が何もする必要がないのも、この【魔神の鉄槌】があるお陰だ。俺自身はレアちゃんの身体の魔力の使い方とかいわれても分からないからな。一応レアちゃんの知識を漁ればあるはずなんだけど、記憶の量が膨大すぎて見つかる気がしない。
「やあやあ我こそは……ぶげぇ!」
前に出てきて何やら名乗りを上げようとした煌びやかな鎧を纏ったおっさんが、【魔神の鉄槌】に薙ぎ払われて退場していった。
先ほどから、誰かが出てきてはぶっ飛んでの繰り返しで、ろくに事態が進んでいる気がしない。
ところで、先ほどからユキカちゃんの発言がおかしいのだが。
「先輩のスカートの中でハスハスしていいですか?」
「ユキカ、都市を破壊すればきっとご褒美に許してくださいますわよ」
「わーい! ボク張り切っちゃおうかな!」
待って待って待って、俺の意思は!?
許すなんていった記憶はどこにもないんだけど!?
「格好良く活躍したら先輩が今穿いてるパンツください! いいですよね!?」
「人間を百人殺したらサインもつけてくださるそうですよ、ユキカ」
「せ、先輩のサイン入りパンツ!? 絶対手に入れて家宝にするんだ……!」
パンツはプレゼントすること前提なの!?
俺帰りはノーパン状態で帰るの!?
嫌だよ!
「ハッ!? これは飛び散る先輩の汗!? 回収しなきゃ!」
「ほらユキカ、小瓶ですわよ」
「ありがとうエリン! よーし、頑張って集めるぞ!」
止めてくれ!
汗を小瓶に溜めるとか上級者すぎるだろ!
うん、大体エリンちゃんのせいだった。
ユキカちゃんのこと笑顔で焚き付けないでくれないかな!?
さっき俺が倒した煌びやかな鎧の持ち主はどうやら指揮官だったらしく、軍隊はいきなり浮き足立っていた。
組織立った抵抗ができないでいるうちに、レアちゃんの身体は無秩序に【魔神の鉄槌】を乱射し、そうなるとエルーナシティの軍隊は壊滅する以外に道が無い。
敵意を抱けば抱くほど【魔神の鉄槌】が過敏に反応するので、そういう意味ではエルーナシティの軍隊は錬度が高く戦意も十分といえるのだろうが、今はそれが完全に仇になっている。
どうやら【魔神の鉄槌】の詳細な能力は俺とレアちゃん本人しか知らないようで、ユキカちゃんとエリンちゃんも【魔神の鉄槌】が発動するたび大はしゃぎだ。
自分たちも勇者パーティ時代に一度はくらったことがあるはずなんだけど、だからこそ味方になった時の頼もしさが半端じゃないようだ。天使として洗脳されていた頃のことは記憶にないらしい。残ってたら残ってたでトラウマになっていたかもしれないし、いいかな。
それよりも問題は、残りの二人だ。
新しく仲間になったばかりの、ハルトとガンガス。
「戦戦戦戦戦だヒャッハー!」
雄たけびを上げながら軍隊の真っ只中に飛び込んで無双するハルトは、自分を掠める【魔神の鉄槌】なんて気にも留めていない。
ていうか、【魔神の鉄槌】が敵意を俺に向けた相手を高速で狙い撃ちするようにできているから、基本的にはハルトには当たらないし、ハルトが射線を遮る前に本来の目標に命中している。
「天使天使天使天使」
そして、破壊を振り撒く俺を骸骨みたいな顔で目だけキラキラさせながら尊敬の目で見つめるガンガス。
え!? 何で俺そんな目で見られてるの!? と素で引いてしまった俺はたぶん悪くない。
基本的にこの二人とは会話が通じないから困る。
ユキカちゃんとエリンちゃんはどうやってコミュニケーションを取っていたのだろうか。参考にしたいからぜひとも教えて欲しい。
「フィーリングだよ?」
「とりあえず頷いておけばそれで円満解決ですわ」
駄目だ役に立たねぇ!
■ □ ■
結局軍隊は俺たちに何の痛打も与えられないまま壊滅した。
軍人の人たち可哀想すぎる……。
まあ、かといって痛い思いをしたいかと問われると、首を横に振るしかないんだが。
そうして、街の護りが無くなった今、俺たちを遮るものは何もないわけで。
俺はケルベロスの上で横座りに騎乗して、平然とした表情を浮かべて街の住人たちの畏怖と嫌悪の視線を浴びている。
ちなみに敵意を向けてきた奴に関しては【魔神の鉄槌】が勝手に発動してしまったのでもうここにはいない。生きてるかどうかも分からん。
今俺たちを見ているのは敵意を持たない、つまり抵抗の意思を持たない人間だけだ。
主に女や子どもが多い。後は老人か。
働き盛りの男ほど街を護るために戦おうとするようで、それは構わないんだけど、そのまま敵意を俺に向けるものだから、【魔神の鉄槌】のターゲットになってしまう。
傍から見たら、俺は一切手加減をせず人間を虐殺しているように見えるし、まさに大魔王だな。
ああ、全力土下座して誤解を解きたい。
そんなつもりじゃなかったんですぅ! みたいな。
一瞬レアちゃんの身体で土下座している場面を想像して吹きそうになったが、当然それが表に出ることはなかった。
せめて、せめてフレンドリーな大魔王を目指したい……!
例えば、こんな感じ?
おはよー☆ 皆のアイドル、レアたんだぞー☆ 挨拶代わりの【魔神の鉄槌】あげるねー☆
『やらせんぞ! 絶対にやらせんぞ!』
あ、駄目だ。これ言動が痛いだけでやってること今と変わってねえ!
「それじゃ、先輩。これからどうする? 皆殺しにしちゃう? それとも生かしておいて何かに役立てる?」
「先に街の中枢を押さえてしまいましょう。殺しすぎてもレアシティやテヌールシティのような廃墟が残るだけですし、資源は有効活用するべきですわ」
ユキカちゃんもエリンちゃんも発言内容が真っ黒すぎる。
面白半分で虫を殺すみたいな無邪気な顔をしているユキカちゃんも、エルーナシティの人たちを資源扱いするエリンちゃんもどっちも怖い。
本当にどうしてこうなった……。
「なんということだ! 敵がいなくなってしまったぞ!」
「天使がいない……」
何でだろうね。
敵がいないこと愕然としているハルトと天使が見つからずにしょんぼりしているガンガスのことが可愛く見えてくるよ。
その分ユキカちゃんとエリンちゃんの態度が不穏だからな……。
「お水じょばー!」
「お水じょばー!」
そしてマーキングするかのごとく、城壁に笑顔で小便を引っ掛けるミリーちゃんと母親二人。犬かよ! 物凄い絵面だよ! アブノーマルすぎるよ!
「エウロッハよ。早く街の住人に投降を呼びかけるぞ。下手にレアたちを刺激してみよ、殺戮に走りかねんぞ。それだけは止めねばならぬ」
「魔術師殿……!」
「第一、住人の中にもボインちゃんが残っているかもしれんではないか! 死なせるなど損失じゃ! ウヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョ! 待っておれおっぱい!」
「魔術師殿ーっ!?」
アレかな。
ドラウニスとエウロッハ君はコントでもやってるのかな。
シリアスな表情で真面目なことをいっていたと思ったら、突然エロを剥き出しにしたドラウニスにエウロッハ君は完全に振り回されている。
……やっぱり駄目だな。誰に任せても上手くいく気がしない。
自分で頑張って何とかするしかなさそうだ。
「往くぞ。皆の者、ついてくるがいい」
仕方がないので、オレは自ら先頭に立ってエルーナシティに入った。
そして繰り返される、レアシティでの惨劇。
一様に恐怖の表情を浮かべて逃げようとして倒れ、体中を痙攣させてあるいは奇声を上げてしめやかに失禁四散する住人たち。
その多くはその後立ち上がって逃げていくが、中には倒れたまま動かなくなってしまった者、恍惚とした表情で近寄ってくる者がいる。
ミリーちゃんやそのお母さんみたいに精神が崩壊したのだ。
何かもう本当ごめんなさい。
近付くだけでこの有様とか俺もう人前に出れないぞこれ。
そしていざ街の中枢部についてみると、そこはもぬけの殻だった。
街を治めていた者たちは、とっくの昔に逃げ出していたのだ。
……まあ、エルーナシティは手に入ったしいいのか?
「フフフ……見つけ出して絶対に狩り出してやる」
「全滅させて差し上げますわ」
ユキカちゃんとエリンちゃんの笑顔が黒いよ!




