第二十一話
戻ってきたドラウニスは、俺に向けて挑むように視線を向けてきた。
根がチキンな俺は全力で目を逸らしたかったのだけれど、相変わらずレアちゃんの身体は大魔王としての威厳を損なう行動を取ってくれないので、目を逸らさずドラウニスをガン見し続けている。
バチバチバチと、合わさる視線から火花が飛び散りそうだ。
やめて! 俺のチキンハートが消し飛んでしまう!
『果たして前世の我に鳥ほどの度胸があったかどうか……』
ニヤニヤ笑うイメージとともに、レアちゃんが茶々を入れてくる。
ちょっと! さすがに鳥以上はあるよ!
というか鳥の度胸とかどうやって計るの!?
「レアよ。お主の要求は、この大魔導師ドラウニスがしかと叶えたぞ。確認するが良い。太古の昔より栄えしテヌールシティの終焉を」
「見届けよう」
俺は答えて、嘲笑を貼り付けたまま静かに、かつ優雅に歩く。
嘲笑はレアちゃんの表情のデフォなので、少しでも笑顔を意識するとすぐに浮かぶ困った表情だ。
愛想笑いでも発動するから本当気の休まる暇がない。
……レアちゃん、愛想笑い浮かべないんだね。
『そもそも愛想を浮かべる必要がある相手がいない』
冷めた声音で、もっともな返答がレアちゃんから返ってきた。
歩く。てくてく歩く。
ひたすら歩く。走れないので。
「……日が暮れる。皆捕まるがよい。転移する」
痺れを切らしてドラウニスが全員をテヌールシティ近辺に転移させた。
何かもう、すみません。
しばらく歩くと、テヌールシティの城壁が見えてくる。
「大穴が開いているな」
「ああ、アレはワシが魔法で開けた穴じゃ」
何それ怖い。
『何をいう。我ならその程度のこと魔法を使わずともできるぞ』
内心慄いていると、何故かレアちゃんが対抗心をむき出しにしてきた。
確かにレアちゃんは、素の身体能力こそ常識の範囲内だけど、補正値ですごいことになってるもんね。ちなみに魔力と精神は元々化け物みたいな数値になっている。
中に入ろうと考えると、レアちゃんの身体がゆっくりと動き出す。
この辺の感覚は、ラジコンを操作しているような感じが近いだろうか。
しかし、操作に失敗すると勝手に修正して最適化した動きを取ってくれる超便利なラジコンだ。
進むレアちゃんの身体は城壁の門か城壁に穴が開いた箇所のどちらかに向かうのかと思いきや、思い切り真っ直ぐ直進するコースを取っている。
え、これ、まさかそのまま突っ込むつもり? え、ぶつかるよ?
『我の前に道はなし。我の後に道ができるのだ』
レアちゃん、格好いいこといってないでこの状況どうにかする方法教えてくれないかな!?
『今のままでどこに不都合がある。必要なかろう』
このままだと壁にぶつかるんだけど!?
『だからどうした。ぶち抜けばいいではないか』
前から思ってたけど、レアちゃん思考が脳筋過ぎない!?
あ、ちょ、待って、ぶつかる……!
優雅に城壁にぶつかったレアちゃんの身体は、歩みを止めることなく一歩を踏み出し城壁の一角を爆砕して入場した。
うわああああああ本当にそうなったああああああああああ!
これじゃあホラーゲームの化け物登場シーンだよ! レアちゃん美女なのに恐怖しか覚えないよ!
って、えええええええええええええ!?
城壁をぶち破って中に入った俺の目に入ってきたのは、レアシティとタメを張れるほどに廃墟と化したテヌールシティの姿だった。
建物の形が残っている城壁近くなんてまだいいところで、テヌールシティの中心部は完全に何もかもが吹き飛んで大きなクレーターになっている。
……エウロッハ君が腹踊りしてた裏でこんなことが起きてたなんて笑えないよ!
『落ち着け。奴らが話していたことを聞いていただろう。思い出せ』
冷静なレアちゃんに諭されて、俺は気付く。
街そのものはこんな有様だけど、住民はレアシティにドラウニスが避難させたんだ。
良かった……。
割と本気で安堵した。
「どうじゃ。ワシが持ちうる限りの最高の魔導で壊滅させてやったぞ。満足か?」
はい! とても満足したので、俺はもうお家に帰りたいです!
「足らんな」
もはや掠りすらしねえ!
「何?」
「貴様、我の領地に民を逃がしただろう。派手に壊れてはいるが、死人は出ていない」
そこま気付かなかったフリして満足しておこうよ!
何故わざわざ指摘するの!?
駄目だ、このまま傍観してたら今度こそMINAGOROSIDA☆ になりかねない。何としてでも、全力で止めないと。
「……気付いておったか」
心底口惜しそうな表情のドラウニスには悪いけど、普通に聞こえてた。
そりゃ、身体のスペック違い過ぎるからね!
耳もだいぶいいよレアちゃんの身体!
「当然だ。人と同じように思われては困る」
そして勝手に俺の口元に浮かぶ、ドラウニスとエウロッハの努力をせせら笑う、満足そうな笑み。
違うのお! 俺の意思じゃないのお! だからそんなに殺気向けないでぇ!
な、なんとかレアちゃんの身体で今の状況を許容するように持っていかないと……!
えっとえっと、レアシティには人がいないから入植が必要だよね!
「まあいい。この破壊振りに免じて我への供物として受け取っておいてやろう」
よ、良かった……! 何とかなるかもしれない……!
よし、このままレアシティに戻る形で話を進めれば……!
「ついでだ。レアシティの復興も貴様がやれ」
おい! さらっとドラウニスに無茶振りしてんじゃねえよ俺! いや、正確にはレアちゃんの身体だけど!
■ □ ■
そのままドラウニスが了承してしまったため、俺は前言を撤回するタイミングをなくした。
……どうしよう。
(本人がやるといっているのだし、任せればよかろう)
焦る俺とは対照的に、レアちゃんは泰然としている。
そしてそんな俺たちに近付く、一つの影。
「せーんぱい♪」
背後から抱きついてきたのはユキカちゃんだ。
俺とユキカちゃんの関係が判明してから、ユキカちゃんは明るくなった。
いや、明るくなったのは別に構わないし大歓迎なのだが、それにプラスしてヤンデレを発症し触り魔になった。
この身体は触れる程度の接触なら別に何もならないのだが、ユキカちゃんみたいに一定以上のベタベタを見せると、物理的手段で排除しようとする。
具体的には拳とか、蹴りとか。
補正で身体能力そのものもおかしいレアちゃんの身体は、パワーも大魔王の名に恥じないかなりのものだ。
特に鍛えていない人間一人を思い切り殴れば、爆発四散するんじゃないかっていうくらい。
なので、俺はミリーちゃんに対しても言葉以外に諌める術を持たない。
幸いユキカちゃんくらい強くなると、俺が全力で殴ってもせいぜい遠くまで吹っ飛ぶ程度で済むので、すぐに飛んで戻ってくる。今でも黒くなったけど天使の羽はあるからね。
明らかに飛ぶのには適していないと思うんだけど、何故か飛べるらしい。本人たちもたぶん原理を分かっていない。
『天使の飛行は概念で飛ぶのだ。翼があるから飛べるのではなく、飛べるから翼がある。実際にその翼で空を飛べるかどうかは関係ないぞ』
レアちゃんが解説してくれた。
よく分からないけど、卵が先か、鶏が先かみたいな話だろうか。
「ちょっとボクとお出かけしようよ! 今日いい天気だし!」
「あら、それならわたくしもご一緒させてくださいな」
ユキカちゃんが俺を誘うのを見て、エリンちゃんが同行を申し出る。
性悪サドな本性が明らかになったエリンちゃんだが、こうやって普通にしている分には普通に善人に見えるから性質が悪い。
まあ、エリンちゃんの場合はいかにもな悪人というよりも、性格的に問題はあるけれどもやろうとしていること、本人がやりたいと思っていることは善行だから、完全な悪人というわけでもない。
聖女として活動していた頃も、聖女としての生活で許される範囲で他人を困らせて楽しんでいたらしい。些細な悪戯でも楽しかったとは、彼女の弁である。
「戦いか! 俺も行くぞ!」
「天使天使天使」
最近新たに仲間に加わったハルトとガンガスも同行を申し出てきた。
ハルトはともかく、ガンガスもついていきたいってことでいいんだよね? この人は天使としかいわないし骸骨顔で表情も読み取れないから、コミュニケーションが取り辛くて困る。
「ええー。先輩と二人っきりがいいのにぃ」
ユキカちゃんは不満そうな顔でエリンちゃんを睨む。
唇を尖らせるその顔は、男だと分かっていても愛らしい。
狙ってやっているんじゃないかという疑いさえ抱くあざとさだ。
だが当たり前というか、さすがにそこまで盛っているようなレベルではないのか、ユキカちゃんの胸はぺったんこだった。
まあそうだよな。これで胸に膨らみまであったら逆にびっくりだ。
『貴様の記憶を読んで思ったが、男女による体型の違いを気にする感覚は我には分からんな』
一応レアちゃんも女性だよね? 身体の見た目は完全に女の人だし。
『この身体のことか? この姿は本来の我ではないぞ』
え?
じゃあ、もしかしてレアちゃんって変身とかするの? 確かにその方が大魔王とかラスボスとかそれらしいけど。
『趣向を凝らすという意味では可能だが、力が増したり減じたりといった機能はないな。そもそもそんな面倒なことをせずとも、力加減を調節すればいい』
でも、力が強過ぎるから変身して抑えてるとか、そういう設定のボスもいるわけで……。
『貴様の知識にあったな。だがそんなもの、己の力を制御することもできないことの言い訳ではないのか』
レアちゃんはお約束を踏襲するつもりはないらしい。
まあ、レアちゃんは自分の力を完全にコントロールしてるっぽいしな。
力が弱いからコントロールできるとかそういうのじゃなくて、物凄く強いけどコントロールも精密とか、そういうレベル。
「諦めた方がいいですわよ。どうせ隠れてついていけばいいだけの話ですわ!」
「戦いはまだかー!」
「天使天使」
腹黒聖女に脳筋バーサーカー戦士に天使絶対殺す系魔術師か……これにユキカちゃんのヤンデレ男の娘勇者を加えるともう完全に色物パーティだね。
『止めろ……言葉にするのは止めろ……。奴らとの戦いに胸を躍らせた我まで色物に見えてしまうではないか……』
あ。レアちゃんが本気で嫌がってる。
確かに。彼らに合わせるなら、レアちゃんはさしずめ走れない系大魔王か。
『止めろぉ!』
ふふ。いつもレアちゃんには困らせられていた分、ちょっと溜飲が下がったかもしれない。
などと思っていたのが悪かったのだろうか。
「ちぇ。二人きりが良かったんだけど仕方ないかー」
不満げにしていたユキカちゃんは、ガラッと表情を変えて笑顔になる。
「じゃあ、皆で一緒に残ってる都市を滅ぼしちゃおう!」
……。
はい?




