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第十九話

 えー、今現在、レアシティはテヌールシティの軍を中核とする領主軍によって包囲されています。

 半包囲とかそういう生易しいレベルではなく、ネズミ一匹逃さないという強い意志を感じさせる完全包囲。

 敵の抵抗を激しくさせないためにわざと包囲の一角を解いておくというのが、城攻めの際の基本だと思うんだが、まあ、俺というかレアちゃんがいるからな。

 半包囲だろうが完全包囲だろうが、反撃はどうせ苛烈なのだと向こうも理解しているのだろう。

 ……全力でごめんなさいしてこの場から逃げ出したい。


『何故そんな弱気になっている。負ける道理がどこにある? 泰然と構えていろ。まあ、取り乱す様子を見せるなど、どの道我が許さぬがな』


 そりゃ確かにさ、【魔神の鉄槌】の凄さは俺も知ってるよ?

 二回も天使たちをぶちのめしたし、遠すぎて何だかよく分からなかったけど神々にも被害を与えたみたいだし、実際レアシティに改名される前のユキカシティの兵士たちも一蹴してたからね。

 でも、それもドラウニスには効かなかったんだ。いや、正確には発動しなかった。


『上手く心を殺していたな。敵意も殺意も害意も見せず、身体に染み付いた動きと反射だけで攻撃してきた。あれでは相手の感情を感じ取ってトリガーを引く【魔神の鉄槌】が発動せん』


 じゃあ、軍の兵士たち全員がその技術を使ってきたら、俺もレアちゃんも死んじゃうんじゃないの?


『貴様は我を舐めているのか。それとも本当に素で忘れているのか。【魔神の鉄槌】はいわば雑魚散らしに過ぎぬ。私の本領は高い魔力を生かしてあらゆる状況に適応する万能性にあるのだぞ。傷一つ付かぬわ』


 ……で、でも、うっかり毒で死んだりするかも。レアちゃん無駄に余裕見せて油断しそうだし。


『大抵の毒には抵抗があるし、そもそも能力差でそもそも毒を取り込むこと自体がない。勝手に全て弾かれ中和されるわ』


 何その便利な身体。俺も欲しい。


『たわけ。今動かしているだろうが』


 それはそうだけどー。

 この身体、歩くのやたら遅いし。


『攻撃をくらって戦闘状態になれば解除してやる。我も実際、戦闘が始まれば普通に戦っていたからな』


 その割には、今まで走れたこと一回もないんですけど。


『そもそも戦闘状態になっていない。攻撃を受けていないではないか』


 え。でも、ドラウニスに攻撃されてたじゃん。


『我の防御すら抜かぬ一撃など、攻撃とは認めん』


 ……ちなみに、ユキカちゃんたちと戦った時、有効打を与えられたことは?


『……』


 どうしてそこで黙るの!?


『う、うむ。そういえば無かった気がするな』


 もう駄目だあああああああ! おしまいだあああああああああああ!

 一生俺は歩くことしかできないんだあああああああ!

 そしていつか防御力に頼りきってたところを突破されて死ぬんだあああああああ!


『ええい、不吉なことをいうな! ……そうだ! そこまでいうなら、予定を前倒しして今から神々に喧嘩を売ってやる! 絶対に防御を抜かれるだろうから本気を出せるぞ!』


 やめてえええええええええ!? そういうの本末転倒っていうんだよおおおおおおお!


「いっぱいいるねー」


 レアちゃん以外には誰にも伝わらない俺の苦悩を他所に、ユキカちゃんたちはのほほんとしている。

 一応軍隊に囲まれてるってことがどういうことを意味するのか知ってるよね!?


「いますわねぇわらわらと。ゴミのように」


 もはやエリンちゃんは性格の悪さを隠そうともしていない。レアちゃんみたいなことをいって黒く笑っている。聖女要素ドコー?


「お水じょばー!」


 ミリーちゃんはせめて漏らしてもいいから会話して!? ねえ!


「ねえ、ミリーちゃん。皆さんの邪魔になりますから、こっちに……あらやだ、私までお水が」


 うわミリーちゃんのお母さん正気に戻ったかと思ったら狂気のまま落ち着いてただけだった!


「それにしても、娘と同じっていうのもねぇ……脱糞キャラの方がいいかしら? ちょっと頑張ればいつでも出せるようなる気もするし」


 あうとおおおおおおおおおおおお! いろいろな意味であうとおおおおおおおおおおお!


「美女の脱糞シーンとな!? スカトロはさすがに……興奮するわい!」


 もうやだこのジジイ!


「……逃げ出す準備をしておいた方がいいかもしれんな」


 待ってええええええええええ! エウロッハ君冷静に荷物をまとめに行かないでええええええええええ!

 領主軍が全滅した。

 ……えっ?

 …… ……えっ? えっ?


「まあ、こうなるよね」


「こうなりますわよね」


「私がお漏らしするのと同じくらい当然の結果だよ!」


「ミリーちゃん、女の子なのにお漏らしするのが当然なんて思っちゃいけません。……あら、いってる側から娘と一緒にお漏らししちゃった……もうパンツの替えが無いわ。どうしましょう」


「馬鹿者め。軍を動かせば自然と敵意が満ちるのは自明の理。こうなることを領主は理解できんかったと見える」


「しかしどうなさいます。これでテヌールシティの軍の半数以上が失われましたぞ」


「問題はそこじゃなあ……。よし、ワシらもレアの指揮下に入ろう。全部レアが悪いんじゃ。レアに押し付けてしまえ」


「本人前にいますよ魔術師殿」


「大丈夫じゃ聞いとらん」


『クックックックックックックック』



■ □ ■



 現実を目の前にして、俺はようやく思い知っていた。

 何とか穏便に済ませようと方法を考える間もなく、勝手に【魔神の鉄槌】が百発くらい同時に発動して領主軍が消し飛んだ。

 しばらく思考停止しまったのも、無理ないよね。そうだよね。

 一発一発ではまだ辛うじて生死の境目を分ける程度だった威力の【魔神の鉄槌】は、恐ろしい副次効果が隠れていた。

 向かってくる敵が多いと、その分だけ敵意に過敏反応して多重発動する。

 これでもかなりの敵意が【魔神の鉄槌】のレーダーから漏れているのだろう。本来なら一人の敵意に一発きっちりと発動するのだから、【魔神の鉄槌】はそれこそ数万発に及んでいるはずだ。

 もっとも、そんな大量の【魔神の鉄槌】が一度に発射されたら、間違いなく辺り一面全て更地と化して何も無くなっていただろうけど。レアちゃんが喜びそうな展開なのが、何ともいえない。

 と、とりあえず黙っていた言い訳をしないと。

 威力が高過ぎて驚いたって、ちゃんと話すんだ。今度こそは。


「すまんな。まさかこの程度で消し飛ぶとは思わず、絶句してしまったぞ」


 知 っ て た。


「さすがは先輩! 容赦しないし、スマートで格好いい! ボクも見習わないと!」


 驚くは驚くでも、そっちじゃないんだよ!

 あとユキカちゃん、アレのどこに見習う要素があったのかな?

 自分でいうのもなんだけど、真似しちゃダメだからね!?


「大魔王レアとしての力は、何ら変わりなしですのね。……人間を止めていて良かったと思ってしまいましたわ。もう一度彼らのためにレアの前に立たされるくらいなら、人類を敵に回した方がよほど楽というものです」


 そこまでなの!?

 エリンちゃんちょっとそれ言いすぎ! あと理由があるから仕方ないけど、ちょっと人類嫌い過ぎじゃない!? そこまで酷くはないと思うな!


「さあ、ミリーちゃん! 大魔王様の勝利記念にママと一緒に放尿するのよー!」


「はーい!」


 そして気付けばミリーちゃんのママがぐるぐる目から戻らなくなっていた。

 発狂というか、過剰なストレスによる現実逃避……?

 大人な分ミリーちゃんほど深刻ではなさそうだけど、どちらにしろ問題だ。


「ああ、こりゃ人類が勝つのはどう頑張っても無理じゃな。うん。ワシらも寝返ろう。そうしよう」


「何いってるんですか魔術師殿!?」


 全力で保身に走ろうとしているドラウニスにエウロッハが目を剥く。


「う……ここは」


「俺達は、一体……」


 そしてとんでもないタイミングで今頃起きてきたよハルトとガンガス!


「た、戦いじゃあああああああ!」


「うるさいですわ……」


 起きるなり絶叫を上げるハルトの声を間近で聞かされて、エリンちゃんが頭を抱えている。


「天使天使天使天使天使天使」


 そして天使としかいわないガンガスさんマジ怖い。

 まるで言語が天使という単語しかないみたいになってる。


「うーむ。コレがワシのご先祖様とは、見とめ難いのう……」


 いいたい。お前がいうなと凄くいいたい。エロジジイが何を常識人みたいなこといってるんだ……!

 エウロッハ君もすごく胡乱な顔してるじゃないか!


「……この場にまともな人間は、俺しかいないのか」


 待って! 俺! 俺もいるから!

 あとエウロッハ君も途中ちょっと変だったからね! さらっと自分は違うみたいなこといわないように!


「ハルトとガンガスも戻ってきたし、敵も撃退したし、これで完璧だね、先輩?」


 無邪気な笑顔を向けるユキカちゃんはとても可愛い。だが男だ。


『フーム。死体が残れば利用してやろうと思っておったのだが、当てが外れたな。塵も残さず消し飛ばしてしまうとは』


 何だかレアちゃんが暢気な口調で恐ろしいことをいっている。


「とりあえず、軍隊は無くなったんだから、今ならテヌールシティを攻め放題なんじゃない? 滅ぼしちゃおうよ」


 ケロリとした顔でユキカちゃんがとんでもないことを言い出した。


「戦えるならなんだって構わん!」


「天使天使天使天使天使天使」


 ダメだハルトとガンガスの二人は会話が通じそうにない! 特にガンガス! 死体みたいな髑髏が浮き出てる顔でブツブツ呟かれると怖すぎるから! そしてハルトが脳筋すぎる!


『よし、では行くか!』


 ああ、レアちゃんまでその気になっちゃった!

 ここは俺が引き止めるしか……! でも、どうせこれも曲解されて……!

 ハッ!? 曲解されるのが分かってるなら、あえてそれを逆手に取れば……! これだ!

 俺、天才かもしれない! よし、こうなったら思い切りテヌールシティを滅ぼしちゃうぞ☆


「それでは参ろうか。死と破壊を振り撒きに」


 えっ。ちょ。演技したら口調も態度もそのまま口に出ちゃった。

 あれ? あれれ?


「先輩の思うがままに」


「ええ、よろしいですわよ」


「とりあえず放尿できればなんでもいいよ!」


「あの、私たちまでご一緒していいのでしょうか」


「構わん構わん。むしろ一緒の方が守りやすいわい。ああ、護衛料はそのパイパイを揉ませてくれればよいぞ」


「何さらっと未亡人にまで手を出そうとしてるんですかアンタ!」


「戦いじゃああああああああ!」


「天使天使天使天使天使」


 ええええええええええええええええ!

 何でだよ! 仕事しろよ! ちゃんと曲解してよ!

 どうしてこんな時だけそのまま通すのさ!


『大魔王に相応しい態度だったからな。変える必要がない。嬉しいぞ、お前も我の楽しみを理解してくれたのだな。クックックックック』


 レアちゃん絶対分かってて俺のこと煽ってるよね!?

 チクショー!


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