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第十話

 何故か俺は街の広場で演説をする羽目になっていた。

 まるで意味が分からんぞ!

 一体何がどうなってこうなった。

 誰か俺に説明をプリーズ。


「もう駄目だぁ……この世の終わりだぁ」


 何か街の住民の皆さんも悲壮な表情を浮かべていらっしゃる!


「大魔王って……勇者様たちに倒されたんじゃなかったの?」


 広場にいる俺たちの回りはドーナツ状の空白になっていて、元ユキカシティの住民たちは決して俺に対して一定距離以内には近付いてこない。

 まあ、空白部分には近付きすぎて逃げられなくなって、レアちゃんの魔力に当てられ白目向いて失神した奴らが無数に倒れてるからな。


『フフフ……二百年経った今でも私の恐怖は語り継がれているのか。良いぞ、良いぞ!』


 これぞ愉悦! といわんばかりのウキウキとした感情がレアちゃんから伝わってきて、別に面白くないのに俺もレアちゃんの感情に引き摺られてつい笑ってしまう。

 俺としては本当にもう笑うしかない心境だ。


「しかもあの両隣に居るの、天使様じゃないの? 翼は黒いけど……」


 ユキカちゃんとエリンちゃんを見た住民たちは、当然二人の頭の上に浮かんでいる天使の輪と、背中から生えた翼に目が行ってしまうらしく、ざわざわと騒ぎ始めている。


「あれは天使様ではありませんぞ。あれは堕天使です。何ということだ。大魔王は天使様すら支配下に置いてしまうのか」


 神父らしい法衣を着た恰幅のいい男が唖然として俺たちを見ている。

 この世界の宗教はいくつも存在するが、中でも一番最大規模を誇るのはあの神々全員を信仰するルスフラグナ教だ。

 エリンちゃんもこの宗教を信じており、かつては聖女として讃えられていた人物である。まあ、その結末が死後天使に加工されて仲間を襲うというものだったのだから、この世界の神々はやっぱり性質が悪い。

 レアちゃんは神々全員と敵対しているので、その神々を信仰するルスフラグナ教に神敵として命を狙われ続けている。

 勇者や英雄を嗾けられてたりしていたのも、同じ理由だ。

 たった一人で世界を敵に回して戦ってきたレアちゃんは、俺が思っていた以上に滅茶苦茶強かったらしい。

 そして、広場にいる俺と、俺の両隣に部下のように控えているユキカちゃんとエリンちゃんの他に、ミリーちゃんが何処にいるのかというと。

 何故か広場のすぐ側の家の屋根によじ登って放尿してます。

 一体何やってんのミリーちゃんは……。

 そんなことをしていたら街の住民が気付くのは当たり前で、軒先から垂れてくる尿を嫌ってその家の側には誰もいない。


「さっきから、あそこで尿を撒き散らしている少女はなんなの?」


「あの子、ミリーちゃんじゃない? ほら、パン屋の向かいに住んでる家族の」


 あ。どうやら狂う前のミリーちゃんを知っている人がいるらしい。

 思えばそれは当たり前のことで、ミリーちゃんは元々この街の住人なのだから、知り合いが居ても全くおかしくはなかった。

 それどころか、この街に住んでいるなら当然家族も居て。


「いやああああ! ミリー、どうしてこんなことに!」


「あ、ママだヤッホー」


 物凄い形相で走ってきた婦人が尿が垂れる軒先の前で立ち止まり、屋根の上のミリーちゃんを見て悲鳴を上げた。


「早く、こっちへ来なさい! 逃げるのよ!」


 さすが母親というべきか、ミリーちゃんの尿が掛かるのも構わず軒先から手を伸ばすのだが、ミリーちゃんは相変わらずのハイライトが消えた目で微笑むだけで、その手を取ろうとはしない。


「駄目だよ。今の私は大魔王様の下僕だから。そんなことよりママも大魔王様の下僕になろうよ! 大魔王様の前で親子放尿を見てもらうんだ!」


 謹んで遠慮します!


「馬鹿なこと言ってないで、早く!」


 叫ぶ婦人を神父が軒先から引き剥がした。


「もう駄目です! あの少女は大魔王に魅入られ、魂を抜き取られてしまいました! あそこにいるのはあなたの娘さんではないのです!」


 おい何かとんでもない捏造をされているぞ。

 ミリーちゃんのお母様、本当に申し訳ない。あなたの娘がアッパラパーになったのは俺とレアちゃんの責任です。正気に戻ったらお返ししますので、もう少し待っててください。

 ……正気に戻るよな?


『さあ演説をするのだ! この世に我が復活したことを知らしめよ!』


 くそっ、レアちゃん補正が掛かるから、何をしてもドツボに嵌まる気しかしないぞ……!

 そうだ! 俺の口から言うのが駄目ならユキカちゃんやエリンちゃんに言ってもらえばいいんだ!

 これなら俺の意思が正しく伝わる!


「ふん。神々に踊らされるばかりの愚かな民衆に、我の声を聞かせてやる価値はない。ユキカよ。代わりに話せ」


 よし! 相変わらず曲解されてるし上から目線だけど、最初の関門は抜けた!


「え? ボク?」


 突然俺に話を振られたユキカちゃんは戸惑った顔を俺に向けた。

 悪いけど、君かエリンちゃんにしか頼めないんだ。頼むよ!

 曲解される台詞に、惑わされず、俺の意思を汲み取ってくれ!


「そうだ。魔神の尖兵としての初仕事だ。お前が群集の前でどう宣言するのか、見せてもらおう」


『クックックックックックックック』


 アレェ!? 何かレアちゃんが凄い含み笑いしてる!?

 もう既に俺何か間違ってる!?


「魔神の尖兵……そっか。私、もう勇者じゃないんだ」


「わたくしも、もう聖女ではありませんのね……」


 んん!? 何かエリンちゃんまで泣きそうになってる!?

 待って、タンマ。嫌な予感しかしない。


「ユキカシティの皆さん。ボクはユキカ。かつて世界を救うため大魔王レアと戦った者です。当時は勇者と呼ばれていましたが、今はこの通り大魔王レアの手先になってしまいました。……諦めてください。ボクも諦めることにしました。世界はもう終わりです」


 うわあああああああああユキカちゃんやけくそな笑顔で何言ってるのおおおおおお!



■ □ ■



 そこから先は、もう予定調和というか、もう何か仕組まれていたんじゃないかっていうくらい、俺の意思とは正反対に事が進んだ。

 慌てた俺は、レアちゃん補正が掛かることも忘れて咄嗟に指示を出したのだが、その指示がまた酷い。

 今の無し今の無し! 今の俺の発言は無かったことにして!

 これが俺が言いたかったこと。

 しかし実際に俺が動かすレアちゃんの口から出たのは、案の定。


「我に服従せよ愚民ども。逆らう愚か者は、我が尖兵たちが存在そのものを無かったことにするであろう」


 無かったことにする対象が違うのおおおおおおおお!

 ユキカちゃんとエリンちゃんは必死に抵抗するけど、命令には逆らえないからせめて説得して街の人たちを守ろうとしてくれる。

 うう、ええ子たちや……。


「ボクたちは、信じていた神様たちに裏切られた。そんなボクたちを助けてくれたのが、復活した大魔王レアだったんだ。ごめん皆。本当にごめん。皆を守らなきゃいけない勇者なのにボク、大魔王の手先として皆を殺さなきゃいけない。だから、抵抗しないで。大魔王レアに忠誠を誓って」


「ユキカと違って、わたくしには神々に裏切られたという実感がいまいち無いのですけれども、今のわたくしが大魔王レアによって堕天使にされたのは、事実です。そうである以上、わたくしが神々に魂を弄ばれ、天使にされたのも事実なのでしょう」


「大魔王レアは案外悪い奴じゃないって、今のボクは思うんだ。現に、神々から敵だったボクたちを助けてくれた。もう、ボクたちにはどうにもできない。お願い。支配を受け入れて欲しい」


「あなたたちに屈辱を強いるのは分かっています。けれど、わたくしたちの万策は尽きたのです。大魔王レアはあまりにも強大な存在。今のわたくしたちの力ではとても」


 せめて虐殺だけは回避しようというユキカちゃんとエリンちゃんの声を遮ったのは、二人に投げられた石だった。

 無数の石のほとんどはそのまま地に落ちたけれど、いくつかが二人にぶつかり、「キンッ」という音を立てた。

 ステータス差で弾かれた音だ。

 呆然とした表情で、信じられないとでもいうような悲壮な顔で、ユキカちゃんとエリンちゃんは自分たちにぶつけられた石を見ている。


「勇者ユキカ、聖女エリン! 何をやっておる! 大魔王が復活したというのなら、差し違えになってでも殺すのがお前たちの存在意義だろうが! そもそも二百年前にお前たちが大魔王をきっちり倒しておけば、こんなことにはならなかったのだ! 役立たずどもめ! 恥を知れ!」


「そうだ! 責任取れよ! 誰のせいで大魔王レアが復活したと思ってるんだ!」


「何が勇者よ! そんな裸同然の格好して!」


「聖女じゃなくて、売女だろ! この魔女め!」


 神父の批判を皮切りに、村の人々が俺たちにさらなる投石を始めた。

 思わず恐怖に表情を引き攣らせて顔を手で庇おうとした俺だが、相変わらずのレアちゃんボディは大魔王に相応しくない行動を取ってくれない。

 やめて神父さんも街の人たちもこれ以上火に油を注がないで! ユキカちゃんとエリンちゃんのライフはもうゼロよ!


「お水じょばー!」


 あとミリーちゃんどさくさに紛れて放心状態のユキカちゃんとエリンちゃんに放尿するのは止めて差し上げろ!


「あはは──」


「うふふ──」


 あ。これ駄目だ。俺理解した。

 ユキカちゃんもエリンちゃんも、投石が当たった箇所から「キンッ」とダメージを無効化した時に出る音を鳴らしつつ、笑い出す。


「この世界に連れて来られて、大魔王を倒してこの世界に召喚されて、それでも必死に戦ってきたのに、どうしてこんなことするの? ボクたち、影ではそんな風に思われてたの? これじゃただの道化だよ。──神様も、人も、酷いや」


「過去に聖女と敬い、崇めていた人物であっても、自分たちの意に沿わない存在になれば排斥する。それが人間の本質なのですわね。何て、汚らわしいこと。命を賭して大魔王と戦った私たちに、石を投げるなんて。──人間など、守らなければ良かった」


 いけない。凄くいけない。もうユキカちゃんもエリンちゃんも目がやばい。

 どうやばいかっていうと、ミリーちゃんの目みたく落ち窪んで焦点が合わない所謂レイプ目になってる。


『クックックックックック。人間はアホなのか? 垂らされた蜘蛛の糸を自ら引き千切りおったぞ』


 レアちゃん上機嫌に笑っているけど、君のせいだからね!


『何を言う。貴様と我は同一人物ではないか。それに我はこの通り身体を貴様に奪われている。何かできるとでも? 疑いをかけたくば、我に身体を返すことだな。不快だ。我は寝る』


 うわあごめん俺が悪かったからレアちゃん見捨てないでえええええええええ!


『貴様は本当に愉快な奴だな。案外このまま高みの見物も悪くない。そのまま身体を使わせてやっても良いぞ』


 ぎゃああああああレアちゃんこの状況に順応しちゃってるううううううううう!?


「だけど、今のボクはもう勇者じゃない」


「ええ、わたくしももはや、聖女ではありません」


 脳内で大混乱に陥る俺は我に返った。

 ユキカちゃんとエリンちゃんが、くすくすと笑い出したのだ。

 この状況で笑い出すって嫌な予感しかしない。


「少しだけ、それが嬉しい」


「もう、人間を守る理由はないのです」


 虚ろな目のまま微笑さえ浮かべ、ユキカちゃんは剣を抜き、エリンちゃんも杖を構え。


「勇者ユキカ」


「同じく聖女エリン」


 漆黒の翼が広がり、二人の身体から魔力が渦巻く。


「大魔王レアの命により、今から君たちを──」


「これよりあなた方を──」


 宣言した。


「殲滅する」


「皆殺しにいたしますわ」


 ぎゃああああああああ!

 ヤメロオオオオオオオオオ!


「いいぞ二人ともやっちゃえー。あ、でもママは生かしてね。引き込みたいから」


 ミリーちゃんもちょっと黙ろうか!


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