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審問

 ずるずる、と。背中からソファへ体が沈んでいく。そう長い時間、あの場に立ち続けてはいないはずだが、ひどく疲れた。

 部屋の隅にある乳白色の蝋燭から、淡い桃色の煙が細く昇っている。甘い香りが、幾分か気分を和らげてくれた。


「辛い思いをさせてすまない。他人のあげ足を取るのが上手い連中ばかりだから、あの場では発言を控えておくのが無難だと思ってね」

「……それは、体験談ですか?」

「今でもジェドネフによく呆れられるよ」


 アーネスは苦笑し、部屋の扉を閉める。聞き慣れてきた軽快な指の音がしたかと思えば、室内のカーテンが全ての窓を隠した。

 アーネスはシオンの向かいに腰を下ろし、一変して重苦しいため息を吐き出した。


「状況はあの通りだ。すでに君とスフェノスの処遇については結論が出ている。スフェノスは拘留、君は何かしらの罰則を受ける可能性が高い」

「……アーネスさんはどうして、私を庇って下さるんですか?」

「え? どうしてって言われても、なぁ……」


 今さら、と彼女は目を瞬く。アーネスは腕を組み、首を傾げる。


「一度引き受けたからには、途中で放り投げるつもりはない、としか……」

「私にとても、親切ですし……」

「あれ……? もしかして、僕は疑われているのか……?」


 シオンの視線にアーネス冷や汗を流し始める。

 アーネスは実に親切で誠実だ。それこそ、当初のスフェノスを彷彿とさせる。

 姿を現したジェドネフが声を上げて笑っていた。


「ま、あんな場所へ連れて行かれたら、そうなるわな」

「お前は僕の味方をする気がないのか、ジェドネフ。あと、よそ様のテーブルへ脚を乗せるんじゃない」


 シオンの正面にどっかりと腰を下ろしたジェドネフ。アーネスは彼を窘めるが、彼は構わず背もたれに寄り掛かる。


「だが、シオン。残念ながら、そのちんちくりんは根っからのお人好しだ。それを見越して、アイツも嬢ちゃんの保護を俺たちに寄越してきたんだからな」

「アイツ……? そう言えば、私の保護は、そもそも、誰が……?」


 アーネスは誰かから頼まれてシオンの元へ現れた。と、アルデランの城門で告げられた。ならば、彼女に依頼したその当人は、シオンの知り合い、またはシオンを知っている人物とも考えられる。


「スフェノスと一緒にフューカスの管理をしている傾玉(けいぎょく)からのものだよ。僕はジェドネフを介して、その依頼を頼まれたんだ」

「フューカス……」


 はて、聞き覚えのある名前だ。

 シオンは少ない記憶を手繰り寄せ合点がいった。ポケットから取り出した古びた地図には、くっきりと折り目がついている。


「どこか、国の名前……。でしたよね……」

「ああ。スフェノスは本来、そのフューカス国を守るべきだった傾玉だ」

「本来、守るべき、だった……?」

「実はスフェノスに関しては、その辺り複雑でね」


 テーブルへ地図を広げた。日に焼けた紙の匂いは、部屋を漂う甘い香りを消してしまいそうだ。

 アーネスは身を乗り出し、地図の端に描かれている東の島を指した。


「僕のジェドネフであれば、シュティア国。ローズのクルスタと、フルゴラのアダマスであれば、隣国リブラ国。傾玉には必ず、守るべき国がある。けれど、今現在このフューカスに住み着いているのは、獣だけだ」

「……つまり?」

「国として機能していない。と言うことさ」


 アーネスが島の周りに指で円を描くと、島の周辺が僅かに光を帯びた。


「フューカス国は便宜上、国として扱われている。でも守るべき民や王が、ここには存在しない。ある大切なものを管理するためだけに存在する、どこの国も干渉できない、特殊な領土だ」

「大切なものって……? 傾玉?」

「傾玉以上に、この大陸にとっては大切なものかもね」


 アーネスの声に熱が入る。シオンが顔を上げると、彼女の顔は活き活きとしていた。

 手がかざされると、地図上に文字が浮かぶ。やはりシオンには解読できない。何かの名称であることは確かだろう。


「このフューカス国には、この大陸の祖である、建世(けんせい)の魔術師たちの墓があるのさ」

「それって、スフェノスや、ジェドネフの、お父さん、お母さんでもある人たち、じゃあ……?」

「その通り。傾玉たちの産みの親であり、この大陸に続く長い大戦を終わらせた、神代の血を引く13人の魔術師たちのことだ」


 シオンがジェドネフを見ると、彼は大袈裟に肩を竦める。

 彼はあまり、この会話には入りたくない様子だ。視線までそらされてしまう。


「フューカスにある建世の魔術師たちの墓を、僕らは『13の墓所』と呼んでいる。そこには限られた期間、限られた者の出入りしかできない。出入りが許される期間は、建世の魔術師が亡くなり、遺体が埋葬される時。そして出入りを許される者は、建世の魔術師たち本人、もしくはその墓の管理者である、フューカス国の傾玉」

「それが、スフェノス……?」

「そしてもう一石。ラドラドルと呼ばれる、僕らに君たちの保護を依頼してきた傾玉だ」


 地図上へ、アーネスが傾玉の名らしき文字を連ねて記す。

 シオンはラドラドル、と口の中で繰り返す。


「すごい、噛みそうな名前……」

「フューカスの傾玉は墓守と言う特殊な性質上、主の不在が長い間続いても、自力で動けるように設計されている。魔術師協会も、契約主の選抜をだいぶ前に2石へ提案したのだけど、これが元で全て蹴られてしまった。以後、この2石に関しては、彼らの申し出がない限り、口を出さない。と、なったのさ。だから、スフェノスもラドラドルも、主を選ばずに、この島で建世の魔術師たちの死後の眠りを守り続ける、はずだった」

「でも、スフェノスが約束を、破った……?」

「ラドラドルの依頼内容は、第一にスフェノスを連れ戻すこと。そして、巻き込まれた一般人の保護。と聞いている」


 アーネスがジェドネフへ視線をやると、彼は気のない相槌をうつ。


「ラドラドルのヤツは真面目でな。死んだ主から任された仕事を放棄したに加え、スフェノスのヤツが、何も知らない人間を巻き込んでることに、腹立ててんだろう」

「当然と言えば当然だろうね……。この大陸の秩序を守るための存在が、その秩序を乱したら、産みの親である建世の魔術師たちへ顔向けできない。せめて、スフェノスが魔術師協会に一言、君を紹介してくれたら、もう少し違った結果になっただろうに……」

「……スフェノスは、自分の仕事に、嫌気が差してしまったんでしょうか?」

「さぁな。詳しいことは本人に聞くのが一番手っ取り早いだろうさ」

「そして、彼は僕らにそれを話す気がないから、困っているんだ……」


 アーネスはゆっくりと重い腰を上げる。その表情はまた暗い。


「スフェノスの審問がこれから始まる。君はこの部屋で待っていてくれ」

「え……? 私もついて行くのは、ダメですか……?」

「君がいると、スフェノスがいつ君を連れ去ろうとするか、分からないからね……。それに、君はしばらくこの場へ拘束される。休める内に休んでおいた方が良い」


 見計らったかのごとく、音を立てて部屋の扉が開く。そこには巻き髪を揺らしたローズが仁王立ちをしていた。


「フルゴラ様が呼んでいますことよ、アーネス。お早くなさい」

「ああ、いま行くよ。ジェドネフをおいて行くから、シオンは安心して休んでくれ。一言多いけど、頼りにはなると思うよ」

「一言多いのはどっちだよ」

「シオンが素直だからって、余計なことを吹き込むんじゃないぞ」


 ジェドネフに念を押して、アーネスが扉を閉ざした。外側から施錠の音が聞こえる。

 シオンは広間の空気を思い出し、膝の腕で手を握り締める。あの中へ、彼を1人で行かせるのは心苦しい。しかし、彼は依然として隠し事を続けている。恐らく、嘘もついている。自分は目覚めてからこの方、スフェノスに騙されていたのかもしれない。


「スフェノスが心配か?」

「……分からないです」


 向かいからの問いかけに、大きくため息を吐き出す。


「心配しようにも……彼が何を考えているか……分からないですし……」

「嬢ちゃんは、スフェノスをどう思ってる」


 昨夜と同じ問いかけだ。シオンは頭を悩ませた。

 地図の上に描かれた島は、周囲を全て海で囲まれ、文字通りの孤島に見える。


「もし、スフェノスがやらなきゃいけないことを投げ出してしまったなら、それはあまり……よくないこと、なのかもしれない…………」


 でも、とシオンは膝を抱える。


「スフェノスはずっと、私のためなら、何でもするって、言っていたから……。もしかしたら、記憶を失くす前の私が、彼に何か……いけないことを、言ってしまったのかもしれない、とか……」

「嬢ちゃんはそんな、何かいけないことを他人に吹き込むような人間なのか?」

「え……? どうでしょう……? 今の私では、何も思いつきませんが……」


 顔を上げると、いつの間にかジェドネフは彼女の目の前に立っていた。

 翠の瞳がシオンを覗き込む。スフェノスの透き通る碧の輝きとは、また違う美しさだ。


「友だちから始めたんだろ?」

「そう、ですね……」

「友だちでも良いと思ったんだろ?」

「そう……。そうですね……」


 ジェドネフにつられて、シオンはぎこちなく笑う。

 どうやら彼は、記憶のない自分よりも、ずっと『シオン』を分かっているようだ。


「隠し事をしているけど、悪い人ではないと、思いました」

「アーネスも顔負けのお人好しとみたぜ、お前さん」

「それは、ほめられているのでしょうか……?」

「どうだかな」


 ジェドネフはシオンを手招きした。首を傾げながらも彼についていくと、化粧台の前へと連れて来られる。シオンの肩を引き寄せ、ジェドネフは彼女を鏡の前に座らせた。


「?」

「こっから先は、2人だけの秘密だ」


 耳元で低く囁き、ジェドネフは鏡の表面を撫でる。

 彼女の前で、また不思議なことが起きていた。シオンの顔を映していた鏡の表面は一変し、先ほどシオンが立たされていた広間を遠目に映し出す。目を瞬くシオンの隣で、ジェドネフが化粧台に寄り掛かる。


「……見つかったら、怒られません?」

「要は、あそこでふんぞり返ってる爺どもにバレなきゃいい」


 鼻で軽く流されてしまった。シオンは思わず笑ってしまう。アーネスの愚痴の訳が、ようやく理解できた。

 シオンの時とは違い、広間の中央には大きな鳥かごがある。その中にスフェノスが座っていた。

 手足を鎖で繋がれ、何もない宙に腰を下ろしている。漂っているが正しいだろうか。その脇でアーネスが声をかけているが、一向に視線を合わせようとしない。


「……すごい、不機嫌そう」

「嬢ちゃん以外には大体あんな感じだぜ?」

「傷は、大丈夫なんですか……?」

「アイツならあの程度、とっくに完治してるだろ」


 ジェドネフの言葉にシオンは胸を撫で下ろす。大事がないと分かっただけでもありがたい。

 鏡の中から声が聞こえてきて、シオンは耳を澄ませた。


「スフェノス石。そのまま何も口にしない気かね」

「随分と、その檻が気に入ったとみえる」


 嘲笑交じりの声にも、スフェノスは目を閉じたまま、何も答えない。

 隣でアーネスが頭を抱えている。シオンは何やらたいへん申し訳ない気分になった。

 フルゴラがやはり単調に問う。


「彼女の身を案じているのでしょう、スフェノス石」

「…………」


 スフェノスはようやく目を開き、フルゴラを見返した。フルゴラの隣にはぼんやりと輝く影がある。白銀に輝くその影はアダマスと思われた。


「シオンには記憶が無いそうですね。彼女の記憶喪失は、あなたの故意ではありませんか」

「僕は主に危害を加えるほど、落ちぶれていない」

「それが分かっただけでも安心しました。あなたはまだ、傾玉としての自覚はあるのですね」


 何が気に障ったのか、スフェノスが眉をつり上げる。実に心臓に悪いと分かっていながら、目をそらすわけにもいかず、シオンは生唾を呑む。


「では、彼女が記憶を失う前、何があって契約に至ったのですか」

「君たちに話す義理はない」

「スフェノス……。その言い方では、シオンにも非があったとみなされる可能性があるぞ……」

「……契約は僕から一方的に持ち掛けたものであって、シオンはそもそも、僕が傾玉だと知らなかった」


 脇から小声でアーネスから助言され、スフェノスは不満ながらに付け加えた。シオンの隣では、そんなアーネスの奮闘ぶりをジェドネフが上機嫌で眺めている。


「つまり、素性を隠してあなたからシオンに接触し、何も知らない彼女へ契約を迫った。ということですね」

「…………」


 この沈黙は、どう受けとるべきか。


「アイツ否定しねぇけどどうする、嬢ちゃん?」

「い、いちおう、最後まで見ます……」


 ジェドネフが鏡を指す。

 察してはいた結果である。せめて否定をしてくれるなら、気分的にも楽になるのだが。

 鏡の向こうでも、フルゴラがため息をついた。


「と、なれば……。あなたは何の非も無い一般人を巻き込んだ挙句、間接的とは言え、自身の身勝手により身体に傷を残してしまった。我々としても、黙って見過ごせる事態ではありませんよ」

「僕は現状、出来うる限りで彼女の身を守る最善を尽くした。君たちからの糾弾も承知の上だ」

「その言い様からして、彼女はあなたとの契約直前にも命の危機にさらされていた。とも取れますが、彼女の素性も、あなたは承知して秘匿しているのですね」

「…………」


 再び沈黙するスフェノス。シオンは首を傾げた。

 『君の求める真実は毒にしかならない』

 彼はそう言っていた。良い意味でないのは明らかだが、漠然としていて、具体的に何が自身の害になるのかも分からない。

 スフェノスの沈黙を、平淡な嘲笑が破る。


「まず、先ほどの娘が本当に記憶喪失なのか。確証はないだろう、フルゴラ」

「私は彼女が嘘をついているとは思えません」

「少し口を慎みたまえ、アーネス。君は彼らに肩入れし過ぎている」


 アーネスが代わりに発言すると、視線は一斉に彼女へ向けられた。アーネスは周囲を見回し広間にその声を響かせる。


「虚言であればジェドネフがとっくに見破っています。繰り返すようですが、今回の件はラドラドル石から、私とフルゴラに依頼されているのです。ラドラドル石までも、私たちに嘘をついていると?」

「そこのスフェノス石と同じ、フューカスの傾玉であれば、何ら不思議ではなかろう」

「2石して己の務めを放棄しようとの画策も、否定できまい。フューカス公の創られた傾玉を、信頼できるとは言い難い」

「君は元々、大陸史を学んでいたのだろう、アーネス。ならばフューカス公の遺功も十分に承知しているはずだ」


 シオンはジェドネフに問いかけようとする。しかしすでに、ジェドネフの姿はなく、シオンは仕方なく鏡に向きなおった。

 アーネスは前に出て、ひどく憤っている様子だ。


「では、大陸史を学んでいた身から言わせて戴きます。フューカス公の評価は、後世の人間が、どの様な尾ひれをつけたかも分からない史料をいつまでも、さも正史とばかりに教えている学舎の問題点であり、私は常日頃、嘆かわしく思っている所存です」

「ならば教鞭を取る側に転身したまえ、アーネス。最も、同胞であられたシュティア公が、自らフューカス公の記録を抹消なさったのだ。それが真実であり、その真意は誰にでも明白であろう」

「シュティア公の真意を、我々ていどの魔術師が推しはかるなど……」


 アーネスはさらに反論を口にしかけた。それを遮るように、広間に轟音が響き渡る。

 同時に鏡には大きな亀裂が入り、シオンも思わず体を引いた。

 割れた鏡に映った黒い鳥かごは、大きくひしゃげ、形がいびつに歪んでいた。


「口を慎むのは、君たちの方だ」


 地を這うような声音に、誰もが息を呑む。

 金糸の髪が揺らぎ、顔を覆う指の間から、碧眼が燃え上がる。


「これ以上、僕の愛したヒトと、裏切り者の名を並べるなら……。この場に在る首、すべて刎ねてくれる」


 空気が重い。鏡ごしでも、体が思うように動かない。シオンはいても立ってもいられなくなり、ふらつきながらも立ち上がった。

 そこへ、つい先ほどまで隣にいたはずの男の声が聞こえてくる。


「人の主を裏切り者とは言ってくれるな」

「……ジェドネフ、シオンの側にいろと言ったはずだ」

「いいから少し黙ってな、ちんちくりん」


 男はいつのまにやら鏡の中にいた。

 圧倒されていたアーネスが我に返るも、ジェドネフに制され、渋々と口を引き結ぶ。

 現れたジェドネフに、スフェノスが目を細める。


「僕は事実を口にしているだけだろう……?」

「節度も知らねぇガキに、俺の主を裏切り者呼ばわりされる筋合いはねぇよ」


 鼻で笑い、ジェドネフが指を鳴らす。黒い鳥かごは徐々に床へ沈んでいき、スフェノスごと呑み込まれてしまった。

 胸を撫で下ろす空気の中で一人、フルゴラが苦言する。


「ジェドネフ。勝手にスフェノス石の審問を閉廷されては困ります」 

「お前さんだって、あいつがアレ以上しゃべると思ってねぇだろ」


 視線で広間を見回し、ジェドネフは声音を下げる。表情の失せた瞳に、それまでの軽薄さは微塵もない。


「貴様らが傾玉(俺たち)をどう思おうが勝手だが、主の名を辱めるなら話しは別だ。スフェノスに首晒されても文句は言えねぇな」

「先の失言に関しては私から謝罪いたしましょう、ジェドネフ。こちらにそのような悪意はありません」

「謝罪の相手は俺じゃねぇだろうが。ガキの機嫌直したいなら、よくよく考えるんだな」

「ジェドネフ。それ以上、我が主に対して物を申すのであれば、言葉を選べよ」


 フルゴラの背後に控えていたアダマスが前へ出た。2人はしばし、無言で視線を交えていたが、先にジェドネフが肩を竦める。


「どいつもこいつも、もう少し年上を敬っても良いと俺は思うがね……」

「あなたの忠告を素直に受け入れます、ジェドネフ。スフェノス石の機嫌を損ねてしまった以上。続きは明日とします」


 カンカン、と渇いた木槌の音が鳴り響き、鏡の中の景色はふ、と消えた。

 割れた鏡に映る自身の顔を前に、シオンは立ち尽くす。


「フューカス、さん……」


 シオンは何となしに名前を呟く。唇が重くなった気がする。

 ソファへと移動し、重力に従って腰を下ろした。照明の灯りがやけに眩しく思えて瞼を閉ざす。


「素敵なご主人様だった、のかな……」


 でなければ、ああも彼は怒らないだろう。シオンの体は意識と共にソファへ沈んでいく。

 どんな人だったんだろうと、シオンはまどろみに呑まれていった。




********************



 雨が降っている。霧と言っても良い。体にまとわりつく水滴。体温を冷ます雫。

 彼は帰らない人を待っている。いつまでも、いつまでも、いつまでも。

 その理由すら、彼は忘れていくのだろう。

 真っ白な世界の中で、彼は守るべき世界にすら、忘れ去られてしまったのだ。


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