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逃亡セシ蝶 後編

 優しい懐かしい香りがする。これは何の匂いだったか。

あぁそうだ、これは………


(……師匠の匂いだ)


 あの頃―――沙羅に拾われたばかりの頃、父と母が恋しくて、今はなき故郷が懐かしくて、何も出来なかった自分が不甲斐無くて、全てを奪った者が憎くて煉は心に蓋をした。

泣く事はしなかった。泣けば沙羅を困らせるし、何より自分が弱いままのようで嫌だったから。泣いても失ったものは戻ってこない事も知っていたから。

だから煉は絶対に泣かなかった。―――沙羅の言葉を聞くまで。


『子供のくせに何我慢なんかしてんのよ。大人になれば嫌って程我慢するんだから、だから泣きたい時には泣きなさい』


 そう言って彼女はぎゅっと抱きしめてくれた。まだ覚えている、優しい匂いと暖かい腕。その時から沙羅は、母となり姉となり師匠となった。

そして彼女はその後、必ずこう言うのだ。


『強くなりな、煉。私よりも誰よりも』



―――――私なんかいらなくなるくらい






「無理です師匠。強く、誰よりも強くありたい。けど…師匠が良いんです。師匠が必要なんです。貴女がいないと」

呼吸の仕方も忘れてしまうんです。と、煉は呟く様に言った。

「…確かに『泣きなさい』とは言ったけど……あんたは随分泣き虫になったね」

膝の上に乗せた煉の頭を撫でながら、沙羅は苦笑して返す。

「な…んで逃げたりなんかしたんですか?」

まるで逃さないとでも云うかの様に、沙羅の服を掴む。

「捜したいものが出来たの」

「組織を敵に回しても?」

「うん」

「死ぬかもしれなくても?」

「それ以上に大切なものだから」

「俺と殺し合う事になっても?」

「…えぇ」

がばっと煉は起き上がった。

「じゃあ何で俺を殺さないんですか!?簡単でしょう?」

息を詰めてお互い食い入る様に見詰め合う。先に動いたのは沙羅だった。

 両手を煉の頬にそっと当てるや否や、そのまま思いっきり両頬を引っ張る。

「いっ、|何ふるんれふはひひょう《何するんですか師匠》!?」

「うっさい馬鹿弟子!そんな事も分かんないの!?」

わはらなひれふよ(分からないですよ)!!」

「出来る訳ないじゃない!何年あんたと居たと思ってんのよ。十年よ、ジューネン!!情なんかとっくに湧いてるわ」

煉の頬から両手を離し、沙羅は自分の額に手をやった。

「私が逃げれば、追手は遠からずあんたになると思った。そうしたら選択肢は2つ。私があんたを殺すか、あんたが私を殺すかよ。私を逃がしたりなんかしたら始末されるのはあんた。大龍は甘くないから」

「じゃあ殺して下さいよ」

「だから出来ないって…!!」

「なら、何で俺も連れてってくれなかったんですか!?途中で投げ出すなら拾わなければ良かったのに…そしたら、こんな気持ち知らなくてすんだのに!!」

沙羅を見詰めた煉の顔は悲痛の色で溢れていた。


 いつもは勝気な瞳が今は哀しみを湛え、耐えきれずポタポタと涙が零れ落ちる。荒い呼吸と堪え切れない嗚咽はまるで幼い子供が泣いているようだ。

「馬鹿弟子、いくつになったんだっけ?」

「16ですけど」

何で?という疑問は沙羅の言葉にかき消された。

「16にもなってこんな泣き虫なんて困ったね。これじゃまだまだ私がいりそうだ」

「えっ………?」

「行くよ馬鹿弟子」

沙羅は勢い良く立ち上がった。煉はまだ呆然と座り込んだままだ。

「誰よりも強くなるんでしょう?煉」

口角を上げ、彼女は艶然と微笑む。

「当然、貴女よりも」

「やれるもんならやってみなさい。まぁ当分は無理そうだけど」

「今のうちにイイ気になってて下さい。俺はまだ若いんでこれからなんです」

「アンタ28歳をなめるなよ」


 その掛け合いを最後に二人は丘から姿を消した。あとには蒼く輝く蝶が一片(ヒトヒラ)


こんにちは、聖 樹です。

ご完読ありがとうございました!

でもまだ『炎術士フタリ』シリーズは続きます。なので今回の謎部分、沙羅の捜しているもの、煉の過去など徐々に明かされていきます。

良ければお付き合い下さいませ。


次作はいつ更新できるか分かりませんが、またお会い出来る事を祈って…

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