表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

逃亡セシ蝶 前編

 街灯のない暗闇の中、月明かりだけを頼りに何かが駆け抜ける。息一つ乱さず、口元に微かに笑みさえ浮かべながら、彼女は只ひたすら前だけを見て走っていた。

 突然夜の闇に銃声が響く。1秒前まで彼女がいた所に銃痕が残っていた。続けて2発、耳をつんざく様な音がするがどちらも外したようだ。

辺りにあるのは壊れた住居と焼け焦げた地面だけで、隠れられそうな所などない。もっとも隠れる気もないのか、彼女は視線をさ迷わせる事も足を止める事もしなかった。

4発目の銃声がして漸く彼女は立ち止まり、確かめるように少し離れた場所に立った木立を視線を向ける。

 その後の行動は素早かった。

何のモーションもせず、彼女は両手から大きな炎の塊を出し木立に向かって打ち出す。そのままそちらには見向きもせずにその場から立ち去った。彼女の去った後、闇に響いたのは凄まじい悲鳴と重みのある何かが落ちる音、そしてパチパチと炎の爆ぜる音だけだった。


 軽やかな足取りが止まり、彼女は目的の場所に到着した。

月の光が皓々と差すこの丘は、遮る物がなく何処よりも月を近く感じる。先端に立ち見下ろすと、先程燃やした木がまだ赤々と燃えていて目に眩しかった。

 ピンと伸びた背筋とは裏腹に、彼女の纏う空気は柔らかい。

風が吹き、彼女の長い髪が浚われる。ザワリと木々が揺れ、それに紛れて背後に気配を感じた。

「来ると思ってた」

そう言い、彼女はゆっくりと振り返った。


「私を殺しに来たの?(レン)

薄い笑みを浮かべながら彼女は言った。

対して、少年―――煉は無言のまま彼女を見つめている。


 見合ってどのくらいたっただろうか。微動だにしなかった煉がおもむろに口を開いた。

「何故、ここに?」

「見付けやすかったでしょう?」

「えぇお陰様で。斥候が幾人か無駄になりましたが…」

「あら残念ね」

「そうでもないですよ。おかげで貴女とサシで殺り合える」

「『殺り()う』ねぇ…ちゃんと合えれば良いけど。退屈させないでね?」

にこりと笑みを深めると同時に、彼女は地を蹴った。


 風を切る音がして彼女の蹴撃が左側から迫る。煉は片手で蹴りを受け止め、空いた脇腹に拳を繰り出す。その攻撃を軽く避け、彼女は振り向きざまに回し蹴りを加えた。

受けた両腕がビリビリと痺れる。間髪入れずに膝と頬に衝撃を食らい、煉は微かに苦痛の声を漏らした。すぐさま体勢を立て直し、続けて来るだろう攻撃に備える。

しかし突然攻撃が止み、煉は訝しげに彼女のいた方へ目を向けた。

「どこを見てるの?」

 瞬間、背後から首筋を掴まれゾクリと背筋が粟立つ。

「殺ってる最中に相手から目を逸らすなって、何度も言ったじゃない」

彼女の口調は静かで、それどころかどこか楽しそうですらあるのに、煉は放つ殺気に押し潰されそうだった。

「楽しませてくれるんでしょう?」

ぐいっと煉の首を引き寄せ、彼女は耳元で囁いた。

「無論…」

右手を後ろに振り抜き、彼女と距離を取る。

予測していたのか、彼女は軽く地を蹴りそれを避けて音もなく着地した。

「…これからです」


 鼻につく蛋白質の焦げた臭いがする。彼女の長い髪が僅かに燃えていた。

「炎の派生が速くなったね」

「貴女がいなくなった後も鍛錬してましたから」

軽く息を吐き、煉の右腕に紅い炎が燈る。

「いきます…」

 今度は煉から仕掛けた。炎を帯状に繰り出し、彼女がそれを避けた所に間合いを詰め、すかさず顔を蹴り上げた。

ぐらりと彼女の上体が傾く。尚も攻撃を続けようとした瞬間、蒼い炎に足を止められた。

「くっ」

自らの紅い炎で相殺し、再び彼女と向き合う。彼女は既に体勢を立て直していた。

「俺を殺すのも躊躇しないんですね… 沙羅(サラ)師匠」

彼女―――沙羅の左腕に纏い付く蒼い炎を注視しながら、煉はぽつりと漏らした。

「今はまだ死ねないから」

「そうですか」

「次で終わりにしましょう」

そう言った彼女の表情に、もう笑みは無かった。



 ゆらゆらと炎が揺れる。蒼と紅、二つの(ホムラ)が混じり合い重なり中空に溶けていった。

ぶつかり合うは二人の炎術士。一人は長い黒髪を靡かせて、もう一人は何か堪える様な表情を湛えて。

互いに引く事はない。各々信じるものがあるから。

これは死合。決着が付く時、それはどちらかが息耐える時あるいは双方が力尽きた時。


 死合の終わりは突然やってきた。

煉が体勢を崩したのだ。ぐらりと揺れた視界いっぱいに蒼い炎が広がる。

――――――ダンッ

叩き付けられた拳は地に伏した煉の顔の横だった。炎すら纏っていないそれに驚いた様な目を向け沙羅に尋ねた。

「何故止めを刺さないんですか?」

「別に…?」

「同情ですか?貴女に生かされるなんて真っ平御免ですよ」


(貴女()生かされるんじゃなくて、貴女()生きたいから)


 続く言葉を呑んで、煉は沙羅を睨み上げる。小さく息を付き沙羅は答えた。

「別に同情なんかじゃない。ただ…こんな面白い死合に茶々を入れられんのが嫌だっただけ」

「………?」

沙羅の言ってる事が分からず、煉は目を顰める。

「さっきからそこに居るヤツ、いい加減出てきたら?薄汚い殺気が漏れてきてんのよ」

そう言って彼女は近くの藪を睨め付けた。

はじめまして、聖 樹です。

読んでいただきありがとうございました。

この『炎術士フタリ』は私の初投稿作品となります。かなり未熟な点も多いです。

一応、前中後三部作となるこの作品。良ければ中・後編とも宜しくお願いします。


ではまた、後書きでお会い出来る事を祈って…

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ