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第7話






 明くる日。

 東雲は約束通り、柚月を召喚した。


「ねー、お供の準備なんかいいってば。漣とちゃちゃっと行って来るさー」


「すみません。お師匠さまに何かあったら、一大事ですから」


 背後から聞こえる声に、柚月はむっと唇を尖らせた。

 今、広い局の真ん中に柚月は座っている。眼前にある掌ほどの小さな鏡には、不機嫌そうな自分の顔が映っていた。


「私がヘマすると思ってんの?」


 あからさまに拗ねてみせると、宗真の笑声が聞こえてくる。


「いいえ、滅相もない。お師匠さまも久々の準備に手間取ってるだけです」


 苑依姫の邸を訪ねる日。

 大抵は用件のある場所に東雲が呼び出すのだが、相手が大貴族だと勝手が違うらしい。準備にやたら時間がかかっている。


(昨日、呼び出して説明したんだから、次はギリギリに召喚すりゃいいでしょうに)


 そんな風に思いながら、柚月は暇を持て余している。

 見かねた宗真があれこれ構ってくれたが、なかなか素直になれなかった。


「それに、お供は表向きの理由ですから。新しい使用人が次から次へと増えちゃって。働いてもらわないと」


「新しい?」


「はい。できました」


 正面にあった鏡を手に取り、柚月に渡す。

 左側の耳付近に白い花弁が髪留めのように飾られている。宗真が、いつもの花を髪に結ってくれたのだ。


「とっても、お似合いですよ」


「……ありがと」


 こういうこともサラッとできてしまうから、侮れない。


 今時の女子高生なら髪に花を飾られても、恥ずかしいだけだ。それでも、宗真の素直な厚意が嬉しい。自分を誠心誠意もてなそうと気を遣ってくれている。他人をこき使うだけの東雲とは大違いだ。

 柚月が全力で拒絶できないのは、間違いなく彼の存在が大きい。


「じゃあ、そろそろ侍廊(さむらいろう)の方へ行きましょう。さすがにお師匠さまも、準備が整う頃でしょうし」


 にこにこと笑う宗真は、手を取って案内してくれた。

 不謹慎ながら、柚月は年下のエスコートに自然と口元が緩みそうになる。自分の住む世界にもこんな男の子がいたなら、さぞやモテるだろうに。




 本来、寝殿造りでの玄関に当たる場所は中門(ちゅうもん)だが、それは邸の主か身分の高い客人に限られる。使用人が使う勝手口は侍廊と呼ばれ、牛車を置く車宿(くるまやどり)の先にある。東雲は権威にこだわる気がないのか単に面倒なのか、使用人と同じく侍廊から出入りしていた。

 宗真の案内で西側の廂を歩いていると中門廊の外に、数人の男たちが見える。


「支度できました?」


「へ、へい……」


 明らかに宗真より年上に見えるのに、態度はおどおどしていた。


「ん?」


 柚月が、ふと気付く。どこかで見た顔ぶれだった。


「……あ!」


 苑依姫を誘拐した盗賊たちだ。向こうも柚月の顔を見るなり、表情が一変する。


「あんたたち……ッ!」


「申し訳ねぇ!」


 柚月がとっさに構えると、盗賊たち全員が地面に手をついた。


「おれたちが間違ってた! 家族を食わせるためとはいえ、姫をさらったり、お館さまやあんたに刀を向けたりして……ッ!」


 額をこするほどの本物の土下座を見せられてしまい、呆気にとられる。拳を握ったまま、次々にあふれる謝罪を聞く羽目になった。


「本当に、申し訳なかった」


「おれたち、男にそそのかされたんでさ。『苑依(そのえ)姫をさらえば、【九衛(このえ)家】も考えを改める』って……」


「バカなことをした。許してくれ……ッ!」


 絞り出すような声で、額を地面にこすりつけた。


 目をまるくさせたままの柚月に彼らを責める気は、これっぽっちもない。

 自分が実際の被害者ではないし、生活に苦労していたならなおさらである。


 ただ、彼らの言葉に聞き逃せないキーワードがあった。


「宗真。お館さまって、まさか……」


 問われた少年は、にっこり微笑む。


「お師匠さまにも困っちゃいますよねぇ。こうやって誰かれ構わず連れて来ちゃいますから」


 苦笑する宗真の表情は、まんざらでもない。

 口では非難しているものの、本当に迷惑に思っているわけではなさそうだ。


 東雲に対する絶大な信頼が窺える。彼の表情が、柚月は激しく不可解だった。


 あの人格破綻者が、そんな優しいことするか?

 刀を向けた相手をほいほいと自分の邸へ連れてきてしまったのだ。よほど懐の深い人物か、よほどの考えなしとしか思えない。柚月が知る東雲漣とは血も涙もないひねくれ者だ。個人的な見解として、どちらもありえない。


 他に考えられるパターンは彼らの弱みにつけ込んで、一生こき使う。


 うん。

 それこそ東雲っぽい。一番それらしい案に、柚月は飛びつく。導き出した結論が、はなはだ物騒であることに本人は気付いていない。

 得心したように、ぐっと拳を握る。


「そうよ。そうに違いない!」


「なにが」


 振り返ると、間近に東雲の顔がある。それも、意地の悪そうな笑みを浮かべていた。


「うわあぁッ!?」


「ずいぶん賑やかだな」


 驚いて後ずさる柚月を見つめ、さらにおかしそうに笑みを深めた。


「どうした、その頭。今が春だからって頭に花咲かしたのか」


「宗真がしてくれたの! また笑ったら、ぶっ飛ばすわよッ!」


 拳を握って抗議するも、少し落ち込む。


 やっぱり、似合わないか。

 せっかく宗真が結ってくれたのに、飾られるのが自分では花も不憫かもしれない。だが、ここで引き下がる柚月ではなかった。


 幸いにも、反撃へ転じる口実はあった。最大限、利用させてもらおう。


「そっちこそ、なによ。いつもよりカッコつけちゃって」


 柚月の言葉に、珍しく東雲は形のいい眉をひそめた。自分でも不本意な服装らしい。


 おお、これは脈ありかも。

 水晶の数珠こそ普段と同じだが、烏帽子に直衣姿である。いつも鳥の巣状態だった黒髪にも櫛を入れたらしく、見事なストレート。


「向こうは大貴族だ。いつもの格好じゃ、門前払いになる」


 おそらく本人は長くのびた前髪を払っただけだろうが、それすら憂いを感じる優雅な仕草に見える。美形とは、心底お得だなと柚月は思う。

翳りのある貴公子と認めるのは癪なので、盛大に憎まれ口を叩いてやる。


「どうだか。美人なお姫様に逢いに行くから、気合い入ってるんでしょ」


「何を言ってるんだ。君は」


「別に。ただ、漣がスケベだって話」


 つんと澄ましてみせた。

 これだけしても罰は当たらないはず。


 あれ?

 私、何でこんなにムキになってんの?


 言いたいことは言ったので、苛立った理由を忘れてしまう柚月。その頃合いを見計らったように宗真の苦笑が割って入る。


「お師匠さま。今日は、彼らをお連れください」


「ああ」


 宗真が太刀を差し出すと、


 ガシャンッ!

 受け取ろうとした東雲の手から滑り落ちた。装飾が施された太刀である。傷がついてないか柚月も内心でヒヤヒヤした。


 東雲の毒が飛散するかと一瞬だけ身構える。しかし、当人の言動は柚月の予想に反していた。


「す、すみません……」


「いい」


 真っ赤になって謝罪する弟子を制して、東雲は自分で拾いあげた。流れるような動きで太刀を佩くと、短い挨拶をすませる。


「宗真。後は任せる」


「は、はい。行ってらっしゃいませ」


 深々と頭を下げる少年に見向きもせず、さっさと外へ出てしまう。

 お供の盗賊たち(彼らの口ぶりでは、もう足を洗ったのだろうが、柚月の中ではまだ盗人のままである)も、ぞろぞろとあとに続く。


 一体、どういうつもりなのか。

 少なくとも柚月は、東雲が宗真に対して皮肉を浴びせた現場を見たことがない。


 どんな失敗をしようとも責めたり、怒ったりしない。

 柚月が同じことをしたら、間違いなく毒を吐かれる事態でもだ。


 彼を大事にしているとも違う。

 宗真の存在は認識しているだろうが、人並みの関心を寄せているとも思えない。

 けれど、あの盗賊たちを自分の邸へ連れて来た。どんな目的があるにせよ、宗真の言葉と東雲の態度は一致していない。その齟齬をどう解釈するべきか、柚月は悩んだ。眉間に皺を寄せ、穴が開きそうなくらいに東雲の背中を見つめる。別に、そうしたってヤツの本心がわかるはずもないが。

 視線を感じたらしい東雲が、振り返ってこちらを見返してきた。


「なに」


「ううん。なんでもない」


 柚月は首を振って、あとを追う。

 どうせ尋ねたって、皮肉が返ってくるに決まっている。ほしい答えが得られないなら、疑問に思うだけ時間の無駄だ。






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