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第5話






 東雲に初めて召喚されたのは高校生活にも慣れた去年の冬。いつものように学校から帰る途中、『見つけた』という謎の声とともに【月鎮郷】へ導かれた。それからはヤツの術中に嵌まったように、呼び出されては悪党退治に協力させられている。



「そういうワケで、ちょーっと金貸してくんないかな?」


「必ず返すって!」


 特に最近は、東雲にも遠慮がなくなってきた。

 先月までは二週間おきだった召喚が三日おきになり、毎日になりつつある。このまま続けば、体力面はともかく精神面が保たない。今年のゴールデンウィークは確実に地獄だろう。



「やだよ……そこ、通して」


「まぁまぁ、そんなこと言わずに」


「あ、返して! ぼくの財布!」


 空が紺と茜のグラデーションに染まる頃。

 苑依姫の話をしたあと、東雲はすぐに柚月を現世へ戻した。つまり、明日の予定説明だけしたかったらしい。それなら、当日に早めに呼び出してくれよと思う。



「おー、こりゃすごい」


「今日はツイてんな」


 ひとつ溜め息が零れる。

 もっとも、向こうの事情で呼び出されるのだから文句を口にしたところで無意味だろうが。


 憮然とした面持ちの柚月は、道端の小石を蹴る。待ちに待った帰途だというのに足取りはとても重い。


(……この状況が、ムカつくわ)


 腹立たしいこと、この上ない。

 東雲にとって、自分は都合のいい人間でしかないのだ。ただでさえ、非現実的な事態が日常的に起きているというのに。一方的に利用されるという東雲との関係が、柚月とって耐えがたい苦痛だった。



「返して、返せよぉッ!」


「ギャハハハッ!」


「オイオイ、あんまいじめんなって!」


「うるさいわね! 人がブルーに悩んでる横で、みみっちいカツアゲなんかしてんじゃないわよッ!」


 青筋を浮かべると同時に、思いきり怒鳴りつける。


 人気のない高架線の下。

 茶髪や金髪などの高校生三人が、小学校高学年の少年を囲んでいた。うちひとりの不良の手には、数枚の紙幣が握られている。典型的な恐喝、窃盗の現場だ。


 ただし、そこへ怒鳴り込んでくる女子高生は滅多にいないため、加害者と被害者の双方がぽかんとこちらを見返している。


「聞こえなかったの? さっさと持ち主にお金返して失せなさいよ」


 苛立った気分のまま、八つ当たりした自分を悔いる。


 本当は、首を突っ込む気などさらさらなかった。

 通りすぎようとして失敗したとも言える。制御しきれない自分の言動に嫌気がさし、ますます気分が悪くなる。だが、それを察してくれるほど現代の不良たちは頭がよくなかった。

 妙に馴れ馴れしい笑みを浮かべ、柚月に近寄ってくる。


「カツアゲなんて人聞き悪いなぁ」


「じゃ、なにしてたのよ」


「別に。お金を借りてたのよ」


 わざと口調を真似て、くすくすと三人で嘲笑する。


 男のくせに、なよっちい連中。

 不快だと告げてもつけあがるだけだ。


 柚月は、彼らを無視して小学生へ向き直る。


「この人たちの言ってること本当なの?」


「…………ちがう」


 視線だけで不良たちを見れば、少年は小さな声で否定する。


「ほしいゲームソフトを買いに来たの。弟と……ふたりでお小遣いを貯めて、塾の帰りに……」


 最後の方は尻すぼみになる。


 話の順序が前後しているため、判断がつきにくいが。

 要するに、ほしいゲームを買うために兄弟でお小遣いを貯めて、塾帰りの今日、購入しようとした。それを運悪く彼らに見つかったというところか。

 柚月は再び溜め息をついて、前へ歩き出す。


「だいぶ、ニュアンスが違うようね」


 スクールバックを肩から下ろし、両者の間に割って入った。


 小学生の話が嘘とは思えない。状況的に本当のことを話せば、不良たちに痛めつけられる恐れもあるのだ。それでも、あえて口にした勇気を柚月は評価する。となれば、するべきことは決まった。柚月は、彼の言い分を全面的に支持することにした。


 手にしていたスクールバックを少年の前へ突き出す。


「これ、持ってて」


 おずおずと受け取る少年に、優しく笑いかけた。

 ここ数ヶ月、ささくれた日々を送っていたので、表情が引きつってないかだけが気がかりではある。次に、不良たちを睨みつけた。


「悪いけど、このままサヨナラってワケにもいかないわ。彼から取ったお金、返してもらうわよ」


 柚月の言葉に、三人は顔を見合わせて笑った。新しい獲物が舞い込んだと思ったらしい。


「またまたー。君ひとりで俺たちから、どう奪う気?」


 へらへらと笑いながら、柚月の肩に触れる。

 その手首に柚月も指を這わせた。握った瞬間、彼の体が一回転する。


「なッ!?」


 宗真とは違う無様な転び方で、地面に倒れ伏す。柚月は優雅に右腕をのばしているだけだ。それだけで仲間が投げられたと知り、残りふたりは一気に血相を変える。


「てめぇッ」


 当然のように柚月に掴みかかろうとするが、彼女の方から距離を詰めてきた。


「ッ!?」


 グッと腹部に衝撃を感じる。

 見れば、柚月の細い腕が鳩尾に深々と突き刺さっていた。


 ぐらりと傾く身体の奥、


「この女ぁぁッ!」


 最後の三人目が襲いかかろうとして、瞠目する。攻撃対象である柚月の姿が消えていた。


「ぁ……ッ!?」


 罵る声が上擦る。

 柚月は消えたのではない。姿勢を低くして、視界から途切れただけだ。

 彼女はアスファルトの地面に手をつく。勢いと反動つけて、しなやかな両足を頭上へ持ちあげた。彼の顔面はその軌道上にあるため、ショートブーツの靴底が顎に命中する。ガッという鈍い音とともに、血飛沫が鮮やかに舞った。


 転んだ不良とは比較にならない、華麗な前方転回を決めた柚月。顎が血まみれになって倒れた不良に跨がるような形で仁王立ちした。髪を靡かせる彼女の後ろ姿に、小学生は目を瞠るしかない。もちろん、その表情が不機嫌に口を曲げていることも知らない。


 こちとら異世界に呼ばれて、刀を持った盗賊の中に丸腰で放り込まれている身だ。嫌でも度胸だけはつく。


 なので、売られたケンカは盛大に買うことにしている。

 ましてや、自ら売ったケンカは必ず勝つことにしている。


 こんな連中を好き勝手にさせておくことなど、柚月の辞書にはない。


「……説教は嫌いだから、端的に言うわ」


 血だらけの不良を引きずり起こす。


「あんたたちって、きっと今まで好き勝手に他人からお金をせびってたんでしょ。そういうのって理不尽だと思うの。だから、私が『あんたたちが気に入らない』って理由でブチのめしてもいいと思うの」


 子供に言い聞かせるような口ぶりで、とても物騒な理論を披露する。


 この頃になって、彼らは傷の痛みとともに知る。

 自分たちが手を出してはいけない人間がいるということに。


「反論も文句も聞かない。だって、あんたたちは相手の言い分を無視してきたでしょ? なのに、あんたたちは反省すれば許されるなんて、そんなの虫がよすぎじゃない?」


 ずるずると仲間を引きずりながら近づく女子高生。外見と不釣り合いな光景により一層、恐怖を煽られる。柚月はバキバキと右手の指を鳴らして、凄みのある笑みを浮かべた。



「覚悟、できてるわね?」






 夕闇に沈んだ空。

 街灯の頼りない明かりだけが周辺を照らしていた。


 ゴッ!

 骨に異常をきたしそうな嫌な音と、男たちの悲痛なうめき声だけが響く。だが、それを耳にして助けを呼ぶ者はいない。ひっきりなしに走る電車の音に、全てかき消されるからだ。


「ほらほらッ、少年に謝んなさい! 今までカツアゲした人たちにもね!」


「ご、ごめんなさ……ッ」


 ガッ!

 眦をつり上げた柚月が、地面に正座する不良の顔面を殴りつける。


「声が小さい!」


「ごめんなさいッ!」


 ドカッ!

 土下座した不良を蹴り倒した。


「ヤケになってんじゃないわよッ! もっと誠意ある態度で!」


「カツアゲして、ごめんなさいッ!」


「グレててすんません!」


 ゴッ!

 泣き叫ぶ不良のこめかみを殴り倒した。


「甘ったれるのも大概しなさいよッ! これしきの謝罪で許されると思ってんのッ!?」


「はいッ! 生きてて、すいません!」


「呼吸してて、ごめんなさいッ!」


「誰が卑屈になれって言ったの!? もう一回ッ!」


「ごめんなさいッ!」


 散々、殴られ蹴られ、サンドバッグと化した不良たち。


 荷物を抱えたままの少年だけが瞳を輝かせていた。

 まるで、突如現れたヒーローの戦いを網膜に刻むかのごとく。






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