第4話
柚月は、足の踏み場もないほど乱雑に散らかった局に招かれた。
大量の料紙や巻物が無造作に置かれている室内。東雲の書斎らしいが、いつも柚月は話を聞くより先にまず片付けを始める。
むろん、親切心からではない。
そうしないと、自分の座る位置すら確保できないからだ。
「苑依姫の証言に、いくつか気になる点があってね」
東雲は、開口一番にそう告げた。
先日、柚月と対峙した盗賊たちは貴族の姫君を誘拐したらしい。彼らを捕縛した時点で元の世界へ戻された柚月は、その後の経緯は知るよしもない。
とはいえ、地盤沈下させたくらいで戦意喪失する連中だ。おそらく取り調べなどで監禁場所はすぐに割れたに違いない。
柚月は集めた料紙を丁寧にまとめながら訊く。
「それって、そのお姫様のところへ事情聴取しに行くってこと?」
「それは、もちろん」
今日の職務は事情聴取に向かうから、そのボディーガードをしろということだろうか。それならば特段、珍しい仕事でもないのだが。
即座に頷いた東雲は、わずかに眉をひそめた。
「ただ……苑依姫の方から、君にも是非きてほしいとおっしゃって、その真意をはかりかねてる」
「わ、私? なんで?」
驚いて振り返るも、東雲は脇息に寄りかかったまま動かない。
ちょっとは掃除しろと半眼で睨むも、眠たげな表情で淡々と先を続けるだけだ。
「【彷徨者】……というより、君に興味を持ってたんだろうな。救出された時、姿がないと知った姫はとてもがっかりされていたから」
その言葉に、柚月の瞳が輝く。
苑依姫。
その名前だけで、十二単を纏った美姫を想像してしまう。
こちらの世界に呼び出されても、顔を合わせるのはむさ苦しい破落戸どもばかりだ。姫の救出劇は、東雲とは違う役職の人間が担当したらしく、柚月は姫と一度も会わずじまいだった。今の立場も状況も忘れ、うずうずと好奇心だけが刺激させる。
漆黒の長い髪に、色鮮やかな衣。美しい細工の調度品に囲まれ、他人には御簾や扇で顔を隠すおしとやかさ。
雅な世界に生きる深窓の姫君。ひと目でいいから見てみたい。
「じゃ、早く行こ……」
そう言いかけて、柚月は口をつぐんだ。
いや、待て。
この流れは、東雲が何か企んでいる気がする。ヤツは、見ての通りのひねくれ者なのだ。柚月が予想する展開は用意してくれない。
「……私、行く必要あるの?」
改めて尋ねてみる。
もしかしたら、実際は甘やかされた我がまま姫なのでは。東雲は面倒な姫の相手を押しつけるつもりかもしれない。あるいは、とてつもない無茶ぶりに右往左往する自分を見て、笑うつもりなのか。
どっちもありえそうだ。
「苑依姫って大貴族の娘なんでしょ? 私……異世界の人間じゃない。大切に育てられたお姫さまが私なんかと顔合わせたら、ビックリしちゃうわよ。きっと」
なるべく気が進まないといった態度を取ってみる。
そんな空気を読んだのか、東雲は手元にある文箱から薄桃色の料紙を取り出した。
「正直、来てくれた方が僕にとっては都合がいい。あと姫の文によれば、じかに君と会って礼がしたいそうだ。珍しい菓子を用意して待ってるらし……」
「行きます! 行きます! 今すぐ行きます! 行かせてください、漣さま!」
言い終わらない内に、柚月は身を乗り出す。
明らかに「断ってもいい」というメッセージを無視した。
わざわざお礼を言いたいという人間に悪いヤツはいないはず。珍しい菓子につられたわけでもない。断じてない。絶対に。
そう理論武装するも、東雲は騙されてくれなかった。
「意気揚々、おおいに結構だけど」
やれやれといった様子で頭を振る。
「単純動物はせっかちでいけない。少しは忍耐という言葉も覚えてくれ」
「…………それ、誰のこと言ってるのカナ?」
語尾は怒りに震え、声にならなかった。