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第20話






御門家(みかどけ)】当主は、代々血筋で受け継がれるわけではない。

 掟として、【九衛家(このえけ)】から優秀な術者の数名が候補として選出される。家といっても実際の血縁関係はなく、養子という形で当主の座につく。


 結婚し、子を成しても、継承権は発生しない。

 その子供も八つある【九衛家】のいずれかに引き取られ、術者の才を認められなければ、当主候補として選ばれることすらない。


 従って【御門家】の邸は当主の居住地ではなく、官吏が執政する場所として機能している。感覚としては現代日本でいう首相官邸に近い。






 今日の柚月は、その【御門家】へやって来た。

 肩には、掌サイズの白狐がいる。動く度にちょろちょろと歩き、すり寄って来る。何だか知らないが、妙に気に入られたらしい。


 周囲には、ドラマや映画で見る朱塗りの太い柱がいくつも建ち並ぶ。邸というより、広大な敷地を持つ寺院か社に思える。


(これだけ大きくしても、移動が不便なだけでしょうに……)


 などと、あたりを見回しながらごちる。まんま修学旅行気分の柚月だった。ただし、懸念もそれなりにはある。ちらりと横目で背後を確認する。


「あぁ……ぼくが、ご当主と面会なんて。いつもみたいに粗相したらどうしよう」


 青い顔をした宗真が、ぶつぶつと零す。足取りも、いつもよりさらにたどたどしい。


 邸に向かう前から、すでに五回も転倒している。その度に抱き起こしても、傷の心配もそっちのけ。ずっとこの調子だ。だんだん、柚月も不安になってきた。


「なんで、宗真を連れてきたの」


 隣で歩く東雲に肩を寄せ、小声で話しかける。彼は、いつぞやの直衣姿だった。


 凛々しい横顔に、鼓動がわずかに跳ねる。だが、柚月は気のせいだと強く念じた。


「僕が引退する時、彼が役目を引き継ぐ。ふたりで新しい郷を切り盛りしていくんだから、早く親しくなってもらわないと困る。少なくとも、互いに言いたいことを言えるくらい」


 東雲の淡々とした口調に、その真意を探る。


「……それって、ものすごく仲良くなれってことじゃないの?」


「そう言ったつもりだけど?」


 さらりと告げられた言葉には、笑声が混じっていた。

 柚月をからかったのか、弟子の身の上など他人事なのか。無責任にもとれる態度に解釈を迷って、別の疑問を口にした。


「【御門家】の当主って、どんな人?」


 三年前まで、この【月鎮郷】は当主争いによって内乱に荒れていた。どんな人物だったにせよ、重要な役職ではないのか。


 今まで柚月は会ったことはないし、会える身分でもないと思っていた。しかし、東雲は予想外の答えを口にする。


「野生児」


「それだけ? 他になんかないわけ?」


「本能のおもむくままに生きる動物みたいな奴」


「……当主なんでしょ?」


「それはそうなんだが、自分で選出しといて失敗したかなと思っている」


「?」


 さっぱり意味がわからない。疑念はさらに深まる。

 東雲と話していると、よくある感覚だった。


 柚月は、いつも詮索するのが面倒になる。何を訊いても曖昧な答えしか返ってこない。だから、深く訊ねない。そういうものだと割り切ってしまえば楽だ。どうせ、自分は当主と顔を合わせることもない。東雲の言葉を確かめる術もないのだ。


 そこへ、血相を変えた役人がひとり駆け寄ってくる。


「東雲様!」


 名前を呼んで、耳打ちしてきた。その様子に不穏な空気が流れはじめる。白夜が頭の上に乗ってきた。柚月の胸に嫌な予感が這い出る頃、東雲がこちらへ向き直る。


「ここで、おとなしく待っていろ」


「なんで?」


「ちょっと手違いが起きた」


 短く言葉を切る。それ以上の質問をさせないつもりだ。


「いいな。知らない人間に菓子をもらっても、ついて行くなよ」


「わかってるわよ」


 小さな子供じゃあるまいし。つんと澄まして、返事をする。


「それから、くれぐれも知らない人間に喧嘩を売らないように」


「あんたは、私の母ちゃんかッ!」

 くどい指示に、たまらず大声で抗議したため、頭上の九尾狐がずり落ちかけた。それでも、東雲の表情は変わらない。


「冗談。僕の子供なら、もっと出来がいい」


 無駄に涼しい顔を鼻先も触れ合う距離で睨みつける。


 あんなに狼狽してた自分が嘘のよう。こんな間近で見つめても怒りしか湧いてこない。


 沈黙してから数秒後、


「宗真。あとを頼む」


「は、はい……!」


 東雲は言葉少なに、その場を離れた。振り返らない後ろ姿を見つめながら、柚月が拳を握る。


「…………おのれ、あの毒舌陰陽師が〜ッ」


 歯ぎしりしながら呟くと、宗真の視線に気付く。嬉しさをこらえきれないといった笑顔だった。


「なに」


「あ、すみません。お師匠さま、とっても楽しそうだったので」


「楽しそう〜?」


 いまだかつて聞いたことのない単語だ。


「お師匠さまって、柚月さまとご一緒の時が一番ご機嫌なんですよ。口数も断然多いし、あんなに明るい方だとは知りませんでした……って、どうしたんです? その怪訝そうな顔」


「いや、気持ち悪いこと言わないでよ」


 思わず、悪寒を感じて二の腕をさすった。それくらい、不気味な内容だった。空耳であってほしい。


「気のせいよ。めちゃくちゃ、ぞんざいに扱ってるじゃない」


「そんなことないです。庭の手入れとか、お通しになる局とか、とても気を遣ってらっしゃいます。柚月さまがいらっしゃる以前は、まるで興味がなかったですし」


 東雲が生活に関わるものでも頓着しないのは知っている。というか、時間や物、他人などの影響を受けるタイプには見えない。召喚士でなければ、隠居した老人みたいな生活を送っていそうである。柚月が何をしようが、あの毒舌魔人はどこ吹く風だろう。


「偶然だってば。たまたま機嫌がよかったとかじゃないの?」


 そう主張するものの、宗真はきっぱりと否定した。彼としては珍しいことである。


「いいえ。以前は、もっと感情を表に出さない寡黙な方でした。柚月さまに対してだけですよ。あんな風にお笑いになるのは。それに本当は花だって、お師匠さまのご指示です」


「えッ? どういうこと、それ?」


 白夜が、そろそろと肩へ移動する。落ちないよう手を差し出たつもりだったのに、腕へ乗ってきた。仕方がないので、胸に抱き寄せる。


「……もしかして、あの時のこと覚えていないので?」


「あの時?」


 目の前の少年が、大粒の瞳をさらにまるまると見開いた。まるで信じられないといった表情である。


「柚月さま、思い出してください。最初に花を贈ったのは、お師匠さまですよ?」


「えッ……?」


 全く記憶にない。彼の話を信じるなら、宗真が花をくれるより前のことだ。

 てっきり【月鎮郷】に召喚されてすぐ、彼からの贈り物だと思い込んでいた。無理に取り出そうとすれば、記憶が曖昧になってしまう。


 柚月は、頭を抱えた。

 勘違いだとしても、このちぐはぐさは異常である。宗真自身も、その場にいなかったため詳細な事実は知らないらしい。ただ長い間、師匠が庇をうろうろしたり、一輪の花を持ったまま局の前で屹立した姿を目撃した。さらには、柚月を帰した後、東雲自らが頼んだという。


 これから彼女が来たときには花を一輪でいいから渡してほしい、と。


 何らかの理由があることは明白だった。

 自分で渡した方がいいと宗真が断れば、師匠は一瞬だけむっとした表情で押し黙った。


『僕が相手だと受け取りづらいようだ』


 ひどく言いづらそうに、そっぽを向いて。


「花を贈った時、柚月さまに泣かれたそうで……お師匠さま、とっても落ち込んでましたよ。あんなお顔、初めて見ました」


 柚月は、だらだらと滝のような汗を流す。背中にシャツが張りついて不快だった。


「う、嘘よ……そんなの、覚えてない。でっちあげよ」


「そこまで拒絶しちゃいます?」


 ひらすら狼狽える様子に驚いたらしい。困った顔をした宗真が、わずかに笑みを浮かべて口を開いた。


「柚月さまは異世界の人だから、ぼくたちのもてなしで心を穏やかにできないのはわかってます。でも、あの花はお師匠さまの気持ちなんです。ほんの少しでいい。柚月さまに喜んでもらいたいって」


 ぼくも同じ気持ちです。

 だから、花を届ける役をお受けしました。


 告げられた方の柚月は、茫然と立ち尽くすしかない。


 その顔は耳まで真っ赤だ。

 とくとくと胸の鼓動が激しくなる。それを知っているのかいないのか、白狐が鼻先で指をつついてきた。


(……どうしよう)


 ようやく調子が戻りつつあったのに。

 また顔が合わせづらくなったじゃないか。






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