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第17話






 それからは散々だった。

 東雲の術は、便利なようでいまいち使い勝手が悪い。元の世界に戻る時、時間軸が少しだけずれている。早い話が数秒間のタイムラグが発生して、柚月や周囲の人間を混乱させてしまうのだ。そのせいで、柚月は『時々、挙動不審になる痛い娘』と認識されつつあることを自覚する。


 宗真の誤解をとくことも許されず、元の世界へ戻ったタイミングはすこぶる悪かった。呼び出される直前、金魚鉢パフェが運ばれて間もなかったため、周囲に柚月ひとりで早食いしたと勘違いされた。一緒にいた春日には目を丸くされつつ「そんなにおいしかった?」と苦笑される。乙女の尊厳が激しく深く傷ついても不思議はないはずだ。


 全くもって正義のヒーローも楽じゃない。

 二、三日も行方不明になって誘拐などを心配されないのはいいが、乙女として大切な何かが失われていく気がした。

 さらに微妙だった東雲との距離は、確実におかしくなった。次に召喚された時、普通に振る舞えるだろうか。この恥ずかしい記憶や、もやもやした気分を消去したい。今すぐ。切実に。


 幸か不幸か。

 元の世界では、それらを吹き飛ばす事態が押し寄せてきた。




「ねぇ、蒼衣ちゃん」


 春うららかな昼休み。学食へ向かう途中に呼び止められた。


「日下部くんを言いくるめた二年生って……あなたよね?」


 少し明るめの髪は緩く巻かれている。大人びた顔立ちには化粧が施され、とても派手な印象を受けた。別に知り合いでも友達でもない。柚月の記憶違いでなければ、初対面の先輩である。


「何か、コツがあるんでしょ?」


 かなり早い速度で歩いているのに、しつこくついてくる。一緒にいる栞は、すでに小走り状態だった。


「お願い。教えて。ピアスとかって、何て言ったらいいの?」


 困ったように笑い、手を合わせてくる。その姿は、ぐっと胸にくる仕草だった。それだけに悲しい。


「では、先輩」


 今で相手にしなかった柚月が振り返った。そして、間髪入れずに真顔で質問する。


「その前に、耳朶に穴を開けるという原始人と同レベルの行動の何が素晴らしいのか、教えてください」


 女生徒の動きがピタッと止まった。柚月はすぐに踵を返して、歩き出す。ひとり取り残された彼女は、まるで(こがらし)にでも吹かれたようだった。


「大変ねぇ。柚も」


「…………」


 隣を歩く栞が、しみじみと感想を呟く。

 早歩きさせて申し訳なかったと思うのに、柚月は何もいう気にはなれない。


 これも自業自得なのか。

 風紀の副委員長・日下部 悟と会話して五日ほど経つ。その一件で、朝吹高の生徒たちは妙な勘違いをしたらしい。


【朝吹の閻魔大王】を黙らせて無罪放免となった女。

 柚月は、校内でそんな意味不明の評価をつけられた。特に一部の生徒(風紀委員と対立する連中)には、あやかりたいと思う者まで現れる。今朝から先ほどの女生徒を含め、四人が柚月に接触してきた。

 服装違反に化粧、アクセサリー、遅刻など。内容はどれも同じで『日下部に見つかっても、無事に逃げおおせるコツを教えてくれ』である。期待には添えられないので、先輩のように諦めてもらうことにしている。


 昨日の月曜は、同じクラスの生徒を含めて七人。

 さっさと脈なしの噂が広まって、鎮静化してくれるといいのだが。


「あ、あの……煙草はいけません」


 微かに、震える声が聞こえた。きょろきょろと周囲を見渡す。


「柚? どうしたの?」


「んー……ちょっと」


 聞き覚えがあったので、声の主がどこか探してみる。

 すると、廊下の端に人影が見えた。西階段の前に長谷川の後ろ姿で立っている。


 ご苦労なことで。

 付近にいる階段に座ったり、壁に寄りかかって煙草を吸う生徒たちに注意をしていた。


 この学校は格差が激しい。

 校則を守る生徒を量産した副作用なのか、それ以外の生徒たちは目立った言動・服装が多い。今、長谷川が指導する男子生徒三人も、そうだった。

 脱色しすぎて傷んだ髪。よれよれのシャツに、指輪やピアス、シルバーアクセサリーの数々。胡乱な目に、不健康そうな肌。おまけに白昼堂々の喫煙。


 教師陣も手を焼いているようだが、わりと柚月は彼らが好きだった。

 ゴキブリと同じで叩き潰し甲斐があるからだが。


「ここは校内ですし、未成年の喫煙は憲法で禁止されています」


 風紀委員の彼女は辛抱強く、喫煙を止めるように促す。ごくごく当たり前の正論だが、明らかに間違っている方が自分たちの非を認めない。


「ああ?」


「俺たちが吸ってて、てめーに迷惑かけたか?」


 典型的な言いがかりである。

 そんな聞き方をされて「はい。迷惑です」と即答できる人間はいない。注意した張本人は、彼らの視線だけで怯えている。睨まれた途端、足がすくんで弱々しく震えていた。

 だが、その立ち向かう勇気は立派だ。柚月は、彼女に代わって反論することにした。


「思いきり、迷惑かけてるわよ。副流煙とか風評被害とか」


 口にした瞬間、三人とも鋭い目つきでこちらを見返してくる。

 柚月は少しだけ動いて、栞を背後に隠した。彼女はまるっきり関係ない。巻き込むつもりはさらさらない。不良たちの視線を追った長谷川は、こちらを見るなり、何故か飛びあがるように驚いた。

 慌てて駆け寄ってくる。


「あ、蒼衣さん、暴力はいけません!」


「わかってるわよ」


 前に立ちはだかり、両手で「抑えてくれ」とジェスチャーする。柚月は、彼女の職務に対する熱意に感心した。どんなことがあっても正攻法で指導するつもりなのだ。

 その実直さに免じて、ケンカを吹っかけるのは止そう。彼女には以前、八つ当たりをした負い目もある。春日との約束もあるし、目立った行為をするつもりもない。

 けれど、この場を無視して立ち去る気もなかった。彼らが長谷川の注意を素直に聞き入れるとは思えないからだ。


「あんたたち、彼女に感謝してよ? いつもなら、ここで五秒も待たずにサンドバッグにしてやるとこなんだから」


「あ、蒼衣さん!」


 軽口を本気にする長谷川が叱責するが、対峙する不良たちが意外な反応を示した。ぞろぞろとこちらに近寄ってくる。


「蒼衣……?」


 柚月をまじまじと見つめ、訊ねてきた。


「おまえが……蒼衣柚月か?」


「だったら、なんだっての?」


 じろりと睨んでも怯まない。

 さすがは教師や世間に反抗する男たちだと感心すれば、次の言葉に柚月は脱力した。


「煙草が見つかっても、おまえの論理は通じるのか」


 こいつもか。

 うんざりする。

 どいつもこいつも自分たちの行動は棚にあげて、注意の目からは逃れたい、許されたいと思っているのだ。

 おめでたいとしか言いようがない。彼らの主張は、泥棒をしておいて警察官に見逃してくれと言っているようなものである。呆れて、開いた口が塞がらなかった。

 当然、隣に立つ長谷川は風紀委員として許せるはずがない。


「あなたたち、そんな勝手な言い分があるわけ……」


 怒りに震える声で咎めようとする彼女を、柚月は止める。さらに険しくなった表情で、不良たちにゆっくりと右手を差し出した。


「なんだよ」


「煙草。あるんでしょ、出しなさい」


 つっけんどんな命令口調に戸惑いつつも、柚月の言葉を聞きたいらしい。不良のひとりが、ズボンのポケットから取り出して掌に乗せる。

 受け取った柚月はというと、表情も変えずにぐしゃりと箱を握り潰した。


「なッ!?」


「な……に、すんだよッ!?」


 不意討ちのような行動に不良たちはいきり立つが、続けて凛とした声音で反論される。


「あんたたち、なんで煙草を吸ってるの?」


「はぁ?」


「なんで煙草を吸ってるの? 答えなさい」


 強気な瞳で再度、尋ねられても不良たちは答えなかった。

 いや、明確に答えられるわけがないのだ。

 その反応を予想していたらしい柚月は、皮肉げに笑ってみせる。


「笑っちゃうわね。せめて『煙草がおいしい』とか言えないわけ? カッコいいと思ったとか、先輩に勧められたでもいいけど、押しつけられた勝手なイメージや他人の意見で自分の身体を壊してもいいの? このまま吸ってたら、あんたたちの死因は間違いなく肺ガンよ」


 すらすらと、とめどなく吐かれる猛毒。


 およそ一般的に喫煙を止められる理由ではない。柚月は、ありのままの事実を話しているだけだ。シビアな現実は時として鋭い刃物へと変化するが、目の前の少年には通じていない。


 当然のことだ。

 自らの意志で自分の行動を選択しているのか疑わしい連中である。


 柚月の言葉など欠片も理解できない。

 それは、彼女にもわかりきったことだった。


 怒りもせず、にっこりと微笑みかける。今の状況には似つかわしくない、場違いな笑顔だった。




「それと煙草価格の約六割が税金だって知ってた? 無駄に、社会やご両親に反発してるわりに納税はするのね。そこんとこだけは立派よ。誉めてあげるわ」


 さっとスカートを翻して、近くのゴミ箱へ煙草を投げ入れる。


 二度目の抗議はなかった。

 本日五人目(プラス二人)、撃沈。


 柚月は、眉間の皺を深くする。どうにもむしゃくしゃした気分が収まらない。


 勝手な連中だ。

 どいつもこいつも。

 柚月は、ピアスも煙草もするなと言う気はない。自分がしたくてするなら、それでもいい。ただ周りの目を気にして、自分だけが許される理由を探す神経がわからない。


 やりたければ堂々とやれ。誰かに何かを言われて後悔するなら、最初からしない方がいい。

 あまり誉められた論理ではないことは柚月も自覚している。その主張では、自分がしたければ犯罪でも許されてしまう。

 人を殺したい欲求が殺害の動機なんて認められるはずもない。


 なので話の主軸はぼかしたまま、ストレスを発散するために少し意地悪な方法で寄ってきた生徒たちを撃破していた。

 いっそ、その矛盾を突いてくる生徒はいないかと期待したが、今のところ現れてはいない。日々、記録を更新する柚月に困ったような声が後をついてくる。


「柚……」


「なによ。私、間違ったこと言った?」


 つい八つ当たりのような口ぶりに、柚月の気分はますます重くなる。


 横目で栞の様子を窺う。

 傷つけたかと思ったが、彼女は柔らかに笑って腕に抱きついてくる。


(……うッ)


 柚月は謝った方がマシだったと後悔した。

 香ってくる甘い匂い。豊かで柔らかい感触に、同性だというのにドキマギした。


「ううん。柚ってば、カッコいい。ますます惚れ直しちゃった」


「…………」


 時々、栞の言動が怪しい。なんというか、どう解釈するべきか悩む種類の内容だ。


 落ち着け。栞には年上の彼氏がいるはずだ。


「……ありがと」


「いいえー。どういたしましてー」


 引きつった笑顔を浮かべながらも柚月は精一杯、感謝の言葉を絞り出した。きっと深い意味はないだろう。


(だよね? 栞、まさか本気じゃないよね?)


 熱のこもった親友の視線に、一抹の不安がよぎる。

 よぎったが、どうにかできるものでもなかった。


「早く学食に行こ。きっと莉子が待ちくたびれてるわ」


「………………うん」


 ぴったりと栞にくっつかれ、ふらふらとした足取りになる。

 そのせいか、背後から見つめられる視線に気付かなかった。






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