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第10話






 この世界は、不思議なことばかり。


 全てを解明できる日なんて、永遠に来ないってわかってる。

 でも、その中のどの疑問を手繰り寄せればいいのか。手元にある悩みのどれに答えを出す必要があるのか。


 そんなどうでもいいことを考えてる。






「蒼衣柚月さん!」


 始まったばかりの昼休み。

 目の前には、同じクラスの風紀委員・長谷川繭が立ち塞がっている。

視線がかち合う寸前、柚月は眼光鋭く睨みつけてやった。


「はあぁぁ?」


 自分でもあからさまに威嚇したとわかる表情と声だった。

 意識しなくとも、たじろいだ長谷川や周囲を行き交う生徒が驚いた表情でわかる。それでも、やめようとは思わない。どうにも、ささくれた気分が収まらないのだ。

 ふたりが対峙する廊下は、すでに昼食時の混雑に巻き込まれつつある。用件なら、とっととすませてもらいたい。


「ふ、副委員長がお呼びです。一緒に生徒指導室へ来てください」


「副委員長〜?」


 風紀委員長ではなく、副委員長?


 誰だ、ソレ。

 さっぱり顔が思いつかなかった。

 できることなら関わりたくない。


 異世界では貴族や役人に牙を剥く柚月だが、学校という身近な場所ではなるべくおとなしくするつもりでいた。

 自分が他人にどう思われようが知ったことではない。ただし、そんな自分を認めてくれる友人は、ありがたいことに複数いる。柚月の行動で彼らに迷惑がかかることだけは、避けねばならない。


 けれど、彼女はそっぽを向く。


「いやよ。平気で女の子を使って人を呼び出すヤツなんか」


 頭の中の理性は、穏便にすませろと告げてくる。いつもなら適当に相手して、反省したフリでもするのだが。何故か、長谷川の言葉が癇に障る。


「どうしても会いたいなら、そっちから出向けって言っといて」


「な、なんですか。その、いつにも増して反抗的な態度は……」


 怯えながらも長谷川は毅然とした態度を崩さない。ほんの少しでも弱みを見せたら、相手が増長する。それを心得ているのだろう。殊勝なことだと感心する一方、鼻白む自分がいる。

 その理由は、柚月が一番わかっていた。


(最終的に部外者として締め出すなら、現地の人間たちで解決しなさいよ)


 彼女が苛立っているのは、間違いなく東雲の言葉だ。

 そっちが勝手に呼び出して戦わせるくせに、肝心なことは教えない。

 利用される人間の意志など、完全無視だ。一方的に線を引く東雲に怒りを覚える。むしゃくしゃが収まらずに、長谷川に八つ当たりをしているのだ。そこまでわかっているのに、柚月の気は収まらない。


「蒼衣さん。あなたの言う論理は、屁理屈だという自覚はあるのですか? めちゃくちゃな主義主張は、あなたの人間性を損ねるだけです。それに副委員長は、私に指示したわけではありません。あなたと同じクラスの私が連絡すれば手間が減ると思っただけです」


「それは悪かったわね。じゃ、副委員長様とやらは私に何のご用なの?」


 わざとらしく謝罪をして用件を訊き出す。その目的によって、今後の逃走計画を練るつもりだった。そこで相対する長谷川の眼鏡がキラリと光る。


「副委員長は、あなたが昨日、他校生とケンカしていたという証言の確認をしたいとおっしゃっています。事実ですか?」


 うげ。

 面倒なとこを見られたな。

 服装違反くらいなら注意を受ければ、すぐに解放されるのだが。ことが暴力沙汰となれば、教師も黙ってはいないだろう。最悪、停学処分もありえる。

 目撃者なんかいないと高を括った報いか。件の副委員長がどこから入手した情報かは知らないので、迂闊に喋ればボロが出る可能性がある。


「どうなんですか? 嘘ですか、本当ですか?」


「いや、それは、えーと…………」


 突然しどろもどろになった柚月はどう切り抜けるか思案していると、ぐいぐいと長谷川が突っ込んでくる。


「身に覚えがないなら、きっぱりと否定できるでしょう。それとも、何かやましいことでもあるんですか?」


「あの、その……ねぇ?」


 光しか反射しない分厚い眼鏡が近づいてくる。

 どう切り抜けるかも考えられない窮地に立たされ、柚月が弱り果てていると。


「悪いね。それ、オレのせい」


 背後からの救いの声に、風紀委員の動きがピタリと止まる。

 長い間、油を差していないロボットみたいに彼女はぎこちなく振り返った。


「昨日、遊んだら彼女が大負けしちゃってさ。いまだに悔しさを引きずってるんだ」


 声の主は男子生徒だった。

 それも、ひと目で美形とわかる整った顔立ちをしている。


 陽に灼けた肌に、すらりとした体躯が印象的だ。柚月も羨む小顔と絶妙なバランスで魅力を倍増させている。


「か、春日くん!?」


 長谷川の驚く声に、話しかけた張本人が目をまるくする。


 そりゃそうだろうな。

 真のアイドルとは得てして、自分がアイドルだと認識していない節がある。


 彼の名前は春日(かすが)尚輝(なおき)

 成績優秀、スポーツ万能。絵に書いた優等生だが、それを鼻にかけることはなく、頼まれたことは何でもソツなくこなす。男女ともに分け隔てなく接するから人望も厚い。

 そんなデキる男が何の因果か、柚月の幼馴染みである。

 まだあどけない雰囲気を残すが、口角をあげた途端、強気で凛々しい笑顔が零れた。


「ちょっと彼女に用があるんだ。いいかな?」


「は、はい!」


 実直な彼女にしては珍しく、あっさりと引き下がった。心なしか顔が赤かったようだが、気のせいだろうか。




「……お礼は言わないわよ。何よ、大負けって」


「悪かったよ。でも、他に言いようがないだろ? そんな眉間に皺よせてる理由なんて」


 目的もなく廊下を歩きながら毒づく。

 だが、春日の口調はあっけらかんとしていた。

 柚月の不機嫌など気付いていないか、お構いなしなのだろう。微かな負い目を感じるものの、そんな幼馴染みだからこそ、助かったことはいくつもある。


「柚。さっきの話、本当?」


「……お願い。内緒にして」


 問われて、柚月は言葉少なに懇願する。

 今の話を聞いたら、家族や友達が心配する。迷惑をかけたくない。何が何でも隠し通さねば。


 そんな気持ちが、柚月の口を重くさせている。


「……いいよ」


 春日の方も特に詮索せず、了承してくれた。柚月がホッと安堵するのも束の間、


「もちろん、口止め料はもらうけど」


 ちゃっかりした要求だが、春日が口にすると憎めない。


「えぇ〜、なに?」


 互いに、そういったやりとりは珍しくない。

 柚月が軽く尋ねると、幼馴染みの腕が行く手を遮る。


 次に距離を縮めて、身体を密着させてきた。


 窓枠に押しつけられる形となり、柚月は困惑する。香ってくる匂いを、別の誰かと比べてしまう。それを思い出す余裕なんてない。

 何のつもりかと幼馴染みを見上げれば、意地の悪い笑顔を浮かべていた。


「オレと付き合って」


 そう囁くように呟かれ、じっとこちらを見つめてくる。

 告げられた方の柚月は、覗き込んでくる瞳をまじまじと見つめ返して、


「いいわよ。どこに?」


 あっさりと安請け合いをしてから、ハッと気が付く。


「あ、土日は駄目よ。栞たちと買い物に行くから……でも、春日も無理かな。しょっ中、部活の助っ人とかしてるし」


 今週末の予定を口にすると、春日は肩を震わせて苦笑した。


「そこまでサラッと受け流すの、柚くらいのもんだよ」


「? 何のこと?」


 さっきまでの会話で、何か勘違いをしたのだろうか?

 柚月は素でわからなかったのだが、幼馴染みは言い直したりしなかった。すぐに「まぁ、いいや」と別の話題を切り出す。


「去年、駅前の通りに喫茶店ができただろ? そこのスイーツが評判なんだけど、女性客が多くてさ。男ひとりじゃ敷居が高いらしい」


「ふーん……他に行く人いないの? 彼女とか」


 何となく呟いたが、春日は曖昧に笑うだけだ。


「人気メニューは『金魚鉢パフェ』。本当に金魚鉢を器にして、ホイップやアイスクリームをこれでもかって盛ってあるとか。友達数人で食べきるリーズナブルな有名スイーツ……」


「是非とも、お供させてください」


 柚月は、一歩下がるなり腰を直角に曲げて頭を下げる。


 要するに、隠れ蓑に自分を連れて行きたいらしい。それくらいお安いご用だが、ひとつの疑問が生じる。


(春日って、甘いもの好きだったっけ?)


 むしろ、苦手だったと思う。

 幼い頃は遊びに行く先々でもてなされる菓子をどう処理するかが、彼に課せられた試練だった。


 大抵は、その隣にいる柚月がおいしく頂戴することになってはいたが。自分が甘いものに弱いのは、そんな経緯によるものかもしれない。懐かしい記憶を辿っていると、成長して男前になった幼馴染みが覗き込んでくる。


「機嫌なおった?」


 いたずらっ子のような笑顔で気づく。

 店に誘ったのは、春日なりの気遣いだ。柚月はお礼を言う代わりに、にっと笑ってみせる。


「もちろん。金魚鉢パフェ、楽しみにしてるわね」


「ホントに食べる気満々? ふたりで食いきれるかな……」


 お互い軽口を叩いて笑い合う。


 やっぱり、春日の側が一番落ち着く。

 他の男じゃ、こうはいかない。しかし、当面の懸念は完全に消えたわけではなかった。


「……今の状況、やっぱ流されちゃまずいわよね」


「何の話?」


 春日のおかげでささくれた気持ちは解れたものの、問題は何ひとつ解決していない。


 東雲の召喚。

 宗真の願い。


 相反する事実を前に、柚月は何もできずにいる。

 一番、腹立たしいのは、ハッキリしない自分の気持ちだ。

 何が嫌なのか。

 自分がどうしたいのか。

【月鎮郷】での出来事が頭を巡るだけで、何も思い浮かばない。


 だから、何も決められない。


 そんな自分がますます嫌で。

 解決の糸口はないものかと再び考えを巡らせると、


《霊圧探知 対象【蒼龍】》


 突然、頭の中に声が響いた。


「んなッ!?」


「?」


 怪訝な表情の幼馴染みを、ごまかす余裕はなかった。


《対象捕捉 空間転移 発動》


「って、言ってる側からッ!?」


 しかも、今回は予告すらない。

 文句を言う暇もなく、柚月の身体は目映い光に包まれた。






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