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2話・遭遇

部屋の外は、恐ろしい戦場と化していた。怒号が飛び交い、銃声や剣同士がぶつかる金属音が鳴り響いている。あちこちに武装した兵士と軽装の男たち――あれが海賊だろうか――が、斬り結び、銃を撃ち合う。

そのあまりの光景に、エルヴィラは足が竦んでしまった。


「あっ…あぁ…」


恐怖で足が重くなり、瞳から、自然と涙が溢れてくる。自分の部下の兵士に状況の確認を取っていたルイスがエルヴィラの様子に気づき、肩を支えてくれる。


「殿下、気をしっかり持ってください。あの部下が我々の前を走ってくれます。あなたは、彼の背中だけを見ていてください」


ルイスが示した兵士が、エルヴィラを安心させるように、力強く頷く。


「は、はい…!」

「お前たち、作戦の内容は把握しているな!我々で王女殿下を必ず、安全に、王子殿下の元へお連れする。いいな!」


了解!と兵士たちが一斉に返事をした。それから兵士たちは、エルヴィラとルイスを囲むような陣形を取り、船尾へと走り出した。進みが早く、エルヴィラは何度も足がもつれるが、その度にルイスが素早く支えてくれた。


「おい!なんだ、あれ!」

「女だ、兵士どもが女を運んでいるぞ!」

「殺れ!女を引きずり出せ!」


しばらくして、エルヴィラに気づいた海賊たちがこちらに襲いかかって来た。ルイスが、気づかれたか…と小さく舌打ちをする。


「させるか!」


エルヴィラを囲んでいた兵士たちが、陣形を崩し、海賊へと躍りかかる。


「お前たち!?」


ルイスが驚く。


「大尉!これより先は海賊どもの侵入を許していません!」

「奴らは我々が足止めします!大尉は王女殿下をお連れしてください!!」

「我々も後から追いかけます!急いでください、大尉!」


ルイスは一瞬だけ考えると、エルヴィラの肩を抱き、前へと走り出した。


「お前たち、必ず合流しろ!いいな!」


背後で、了解!と返事が聞こえた。


しばらく走り、2人は船の外側へと出た。日はすでに暮れていた。雨は止んでおり、曇の向こう側には薄らと月の光が漏れている。


「風が強くなっています、お気をつけください」

「は、はい…」


休みなく走っていたせいか、息も絶え絶えになり、足もガクガク震えている。それに加えて船の揺れも収まらないので、しっかりと立つことができない。


「王子殿下の元までもう少しですが、休憩なさいますか?」


ルイスが心配そうに言う。


「いいえ、大丈夫です。お気遣いをありがとうございます」

「分かりました。では、少しゆっくり進んでいきましょう」


ルイスが微笑むと、エルヴィラも疲れながら微笑み返す。なんとしても王女を守り通さなければならない。ルイスがエルヴィラの手を取ろうとしたとき、突然、ドアが開いた。 


「…お?」


中から出て来たのは、海賊の1人だった。


「貴様ッ…!」


ルイスがエルヴィラを後ろに庇い、剣を抜く。だが、その様子に警戒することもなく、海賊はヘラヘラと笑った。 


「誰かと思えば、軍の士官サマと王女サマじゃねえか!さっきアイツを中で見かけたから、この部屋に隠れていたんだ…。アイツらまで入り込んでいるから、運のツキかと思ったが、まだ残っていたみてぇだな!」


海賊は獲物を見定めるように、こちらを見つめる。


「アイツ?…なんのことだ!?」


ルイスは尋ねる。だが、海賊は笑うだけだった。


「アンタら軍人には分からねえよ。ただ、海賊同士の縄張り争いみてぇなもんだ。そんなことより、死にたくなかったら、金目の物を置いて行けよ」

「断る!」


ルイスが即答すると、海賊は首を竦めた。


「んだよ、面倒くせえな。仕方ねえ、力づくでも頂くぜ!!」


そう言うと、海賊は剣を抜いた。ルイスは剣を構え直す。その瞬間、海賊がエルヴィラ達の背後に目を向け、ニヤリと笑う。一瞬戸惑ったルイスだったが、突如現れた背後の気配に気付き、エルヴィラを押しのけ、剣を構える。


パン!と乾いた銃声が響き、ルイスが崩れ落ちた。


「きゃあああっ!」


エルヴィラが悲鳴を上げながらルイスの元へしゃがみ込む。


「ルイス大尉!しっかりしてください!ルイス大尉っ!!」


ルイスは呻き声を上げるだけで、反応がない。


「ルイス大尉、ルイス大尉!!」


そう泣き叫ぶ。それを一瞥して、ルイスを撃った海賊が、もう1人の海賊の元へ向かった。


「おい、いつまで遊んでいるつもりだ」

「へへっ、悪いな。おかげで1人片付いたぜ。」


短い会話をすませると、2人の海賊はエルヴィラを見た。


「さて、あと1人だ」


その声に、ビクッと肩を震わせ、エルヴィラは恐る恐る顔を上げた。ただでさえ白い肌は、更に白くなり、エメラルドの瞳には涙が貯まっている。


「おー、よく見るとなかなかの上玉じゃねえか。もったいなくねえ?」

「殺すのが船長の命令だ」

「へいへい…」


エルヴィラは立ち上がり、逃げ出す。しかし、船尾の甲板まで走ったところで追いつかれて、腕を捕まれてしまった。


「は、離してください!」

「悪く思うなよ。オレだってアンタみたいな別嬪さんは殺したくねえが、船長命令なんだ」


「いや!いやあああっ!!」


抵抗するが、エルヴィラの力は海賊にとっては微々たるもので、簡単に捕らえられてしまう。前と後ろから2人に押さえつけられる形になり、後ろに回った海賊が、首にナイフを押し当てる。首元の冷たい感触に息が詰まる。


「…っ!!」

「大人しくしろ、一瞬で済むか…」


突如、銃声が鳴り、エルヴィラの前に立っていた海賊の足と肩に銃弾が叩き込まれた。


「な…に…」


撃たれた海賊が倒れる。目の前の視界が開けて、エルヴィラは、正面の、硝煙が揺らぐ銃を手にしている人物を凝視した。男性がいるということは分かったが、周りが暗いのか、その人物の容姿までは確認できなかった。しかし、まだエルヴィラを押さえていた方の海賊は違ったようだ。


「お、お前…こ、ここまで来ていたのか……!?」


その声は明らかに恐怖で震えている。そこでエルヴィラは、その海賊が誰かから隠れていた、と言っていたのを思い出す。もしかしたら、あの人がそうなのだろうか…。


「おい」


銃を構えたまま、男が声を発する。その声は低く、冷たかった。


「は、はいぃ」


海賊が怯えながらも返事をする。


「その女を放して、俺の前から消えろ」


海賊はあっさりと、エルヴィラを放してしまった。エルヴィラはしゃがみ込み、コホコホと咳き込む。


「ソレも連れて行け、邪魔だ」

「ひ、ひぃぃ!」


海賊は情けない声をあげながら、失神してしまった仲間を抱えて逃げ去ってしまった。男はそれを一瞥すると、エルヴィラの元へ近づいてきた。コツコツと近づく足音に恐る恐る顔を上げる。雲の隙間から月の光がこぼれて、その男の容姿がはっきりと見えた。


「……!?」


その男は、全身に黒い衣装を纏っていた。黒いコートには、銀色の装飾が施されており、その下には大きく襟を開けた白いシャツが見える。そして、すこし癖のある黒髪の隙間から切れ長の金色の瞳が覗いていた。顔立ちも恐ろしく端整で、月の光を浴びている様は、まるで一枚の絵画のように美しかった。

 思わず見とれていると、男がこちらに手を差し伸べた。エルヴィラはその手を取ろうと自分の手を伸ばすが、先ほどの海賊の言葉を思い出し、動きを止めた。


(もしかしたら、この人も海賊かもしれない…!)


 エルヴィラの迷いを感じ取ったのか、男は先ほどとは違う、少し優しい声音で声をかけた。


「安心しろ、お前に手を出すつもりはない」


そう言うと、伸ばしかけていたエルヴィラの手を掴み、引っ張り上げる。


「この船は奴らの攻撃でだいぶ損傷している」

「え…」

「お前も早く逃げるんだな」


男はそれだけ言うと、踵を返して船の前方へと歩き出してしまった。しばらく呆気に取られていたエルヴィラだったが、その背中に向かって声をかけた。


「あの、助けて頂きありがとうございました…!」


男は返事をすることもなかった。

 

(そうだ、ヒューバートお兄様のところへ行かなきゃ…!)


動き出そうとしたところへ、船が大きく揺れた。


「きゃっ!」


慌てて甲板の手すりに掴まる。しかし、再び船が大きく揺れ、バランスを崩したエルヴィラは、船の外へと投げ出されてしまった。


「きゃあああっ!!!」


身体が海面へと叩きつけられる。エルヴィラは必死にもがくが、ドレスが海水を吸って鉛のように重くなり、さらに海の中へと引きずりこむ。すでにほとんど体力が残っていなかったエルヴィラは、身体が動かなくなり、息も出来なくなる。


(そんな……お父様、お母様……)


エルヴィラの身体はどんどん沈んでゆく。


(…お兄様たち…ごめんなさい…私は……)


不意に、先ほどの黒衣の男の顔が浮かんだ。なぜ、この状況で、自分が死にかけている中、あの人を思い出しているのだろうか。その理由を考えることも出来ず、エルヴィラは意識を手放した。








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