1話・襲撃
「…雨、だんだん強くなってきたわ…」
船旅が始まってから3日経ったこの日の天気は、生憎の雨だった。初めの2日間のエルヴィラは、幸いにも船酔いに悩まされることもなく、初めての船内や、視界いっぱいに広がる大海原に感動したり、新しく仕立てたドレスを着てみたりなど、旅を満喫していた。天気が悪くても、まだ船内の中には行ったことがない場所がたくさんあるし、長兄にリュクセント帝国についての授業を受けるなど、楽しめることはまだまだあるが、この悪天候では、いまいち気分が乗らなかった。
「あまり気を落とさないでください、姫様。今日のお茶はカモミールを使ってみました」
幼い頃より自分に仕えてくれているメイドのサラが、カップにお茶を注ぐ。
「ありがとう、サラ。今日の天気が悪くても、明日になればまた晴れるかも知れないものね」
「そうですよ、姫様!お茶が終わりましたら何をなさいます?昨夜の本の続きをお読みになりますか?」
「ええ、そうするわ。…そういえば、あとどれくらいでリュクセントに着くのだったかしら?」
エルヴィラに尋ねられたサラが、頬に手を当てて考える。
「…申し訳ありません。私にはなんとも…。今、船の者に訊いて参りますので、少々お待ちいただけますか?」
「ええ、お願いするわ」
「かしこまりました、それでは…。姫様、本はこちらに置いておきますね」
サラはそう言って、本棚から取り出した昨夜の読みかけの本をテーブルに置くと、部屋から出て行った。
エルヴィラはそれを見送ると、再びカップを手に取ろうとする。しかし、その瞬間、耳をつんざくような爆発音と、激しい揺れが襲いかかってきた。驚いたエルヴィラは椅子から立ち上がろうとしたが、バランスを崩し、その場に崩れ落ちた。テーブルから本やカップが落ち、カーペットに紅茶の赤いシミを作る。今までに経験したことのない異常な事態に、エルヴィラは恐怖と混乱で頭がいっぱいになる。
「な、なに…?いったい、何が起こっているの…!?」
その間も、爆発音と揺れは続いている。状況を確認しようと部屋の外に出ようとするが、うまく立ち上がることができない。なんとか体を支えながらドアに近づく。すると、ドアが激しく叩かれた。
「殿下!エルヴィラ王女殿下!!ご無事でありますか!?」
船に同乗している王国軍の士官、ルイス大尉の声だ。エルヴィラも声を張り上げて返事をする。
「ルイス大尉ですか!?私は大丈夫です。どうかお入りください!」
失礼いたします、とルイスが慌ただしく部屋へ入ってきた。敬礼をしつつ、怪我がなさそうなエルヴィラの様子を見て、ルイスが一瞬だけ安堵したような表情をしたが、すぐに顔が緊迫したように強張る。
「お怪我がないようでなりよりです、王女殿下」
「いったい何が起こっているのですか?」
「突然、海賊がこの船を襲ったのであります。すでに船内にも海賊が入り込んでおり、ここも危険な状態です。」
「海賊ですって…!?」
エルヴィラは、その恐ろしい言葉に身震いをした。
海賊――商船や港などを襲い、人々を殺し金品を奪う、恐ろしく、残虐な無法者集団。
「どうして、こんなことに…」
顔を真っ青にし、恐怖に震えるエルヴィラを安心させるように、ルイスが声をかける。
「これから、比較的敵が入り込んでいない船尾の方へ、殿下をご案内いたします。しばらく走ることになってしまいますが、よろしいですか?」
「場所を移動するのですか…?あの、ヒューバートお兄様はご無事なのですか?」
「ヒューバート王子殿下はご無事です。これからご案内する場所が、王子殿下がいらっしゃるところです」
「そうですか…!お兄様のところへ向かうのですね!」
その言葉にエルヴィラは安堵する。今はどんなに恐ろしくても、兄王子と一緒にいれば安心できる。
「分かりました。わたしを案内してください」
「御意。殿下は、我々が必ずお守りいたします!」
ルイスは力強く言うと、ドアを開き、外の様子を確認する。
「今なら敵が少ないです。参りましょう!」
そう言うと、ルイスは部屋の外へと出ていき、エルヴィラもそれに続いた。