序章・旅立ち
「エルヴィラ、次の公務でリュクセント帝国に行くのだが、お前もついてくるか?」
城のサロンで読書をしていたエルヴィラにそう告げたのは、長兄であるヒューバートだった。
豊かな自然に囲まれた小さな島国のガディフォード王国。常に民を思いやる国王と美しく慈愛にあふれた王妃、それぞれ優秀な才能を持った4人の王子。そんな王家の最後の子として、エルヴィラ・ノエル・ガディフォードは誕生した。
一番年の近い第4王子とも6つは離れており、待望の王女として生まれたエルヴィラは、両親や4人の兄からたくさんの愛を受けて大切に育てられた。臣下たちからはあまりに過保護ではないかと呆れられるほどで、そのせいか18を迎えるまで、エルヴィラは王都の外に出たことがなかった。
「え…。私が、ですか?ヒューバートお兄様」
12も離れた長兄からの突然の提案に、エルヴィラは目を瞬かせる。
「そうだ、お前ももう18になったんだ。そろそろ外の世界も知るべきだろうと、父君に進言してみたんだ」
「そうだったのですか…」
「父君は、お前さえ良ければ連れて行くといい、とおっしゃったよ」
「本当ですか…!私、ぜひ行きたいです!」
妹が顔を輝かせるのを見て、ヒューバートは顔をほころばせた。
「なら、決まりだ。今夜、二人で改めて父君にお伺いしよう!」
それからというもの、王女の初めての公務ということで城中が大騒ぎになった。
旅の間に着るドレスを何着も仕立て、新しい靴や装飾品もたくさん揃えた。
仕立て屋や宝石商が何度もエルヴィラを訪ね、その度に新しいドレスの生地や、装飾品のデザインが大量に目の前に並ばれた。目が回るような忙しさだったが、それでもエルヴィラは旅の支度を楽しんでいた。自身よりもメイド達の方が気合が入っていたが、それすらも楽しかった。
「ねえ、ヒューバートお兄様」
ある日の夜、行き先であるリュクセント帝国の事を長兄から教わっていたエルヴィラは、不意に尋ねた。
「帝国に行くということは、船に乗って移動するのですね?」
「ああ、ガディフォードは島国だからね。他の国に行くには船を使わなければならない。もしかして、船が怖いのか?」
「とんでもない!船旅もとても楽しみにしています!ですが、私が一番楽しみにしているのは、海を近くで見ることなのです!お城からは少しだけ見えていましたが、ずっと、近くで見てみたかったのです…!」
一度は不安げな表情をしたヒューバートも、妹姫のはしゃぐ姿を見て安心したように笑った。
「はは、それなら安心だ。今日はもう遅いから授業はここでおしまいにしよう」
「わかりましたわ。おやすみなさい、ヒューバートお兄様」
自分の部屋に戻り、寝巻きに着替えてから、壁に飾っている暦表を眺める。
「もうすぐだわ…念願の外の世界!早く出立の日にならないかしら…」
そして、数日後。エルヴィラは名残惜しそうにする両親や3人の兄たち、そして大勢の城の者に見送られながら、港へと向かう馬車に乗り込んだ。この城を離れるのは寂しいと思ったが、それ以上にまだ見ぬ外の世界への期待感で胸がいっぱいになった。
しかし、これがこの城と、そして愛する家族との永遠の別れになるとは、今のエルヴィラが知る由もなかった。
初めて本格的に書く小説です。拙い文章ですが、楽しんでいただけると幸いです。長さもまだ未定だし、筆の進みも遅いですが、のんびりとお付き合いください。