マクベル滞在2 前編
遅くなりました。今回は思いの外長くなってしまったので3話に分ける事になりました。3話はもう少し時間がかかるので今回は2話だけ先に投稿します。
市場に来ると昼時だからか、食べ物を売ってる屋台には市民や冒険者が集まっていた。
もちろん食べ物ばかりではなく、冒険者には必要な道具や宝石を使ったアクセサリーを売ってる屋台もある。
そんな市場を歩いてると何やら美味しそうな匂いが漂ってきた。
「なんだ? なんか焼き鳥みたいな匂いがするぞ?」
匂いの元を辿ると一軒の屋台があった。
その屋台は元の世界にある焼き鳥みたいな串物を焼いていた。
「よおニイちゃん、腹減ってそうな顔してんな」
店の前に行くと串物を焼いてるおっちゃんがそう言った。
「確かに腹は減ってるけどこれは何を焼いてるんだ?」
「ああ、これはラッシュバードの肉を焼いてるんだよ」
「ラッシュバード?」
「なんだ? ラッシュバードを知らねえのか? ほら、あの鳥だよ」
オヤジが指差した方向を見るとあのチョ◯ボみたいなフォルムの鳥がリヤカーを引いていた。
「あーあの鳥ラッシュバードっていうのかー。アレがいない田舎から来たから知らないな」
「そうなのか。んじゃ仕方ねえな。で、どうだ一本食ってみるか? 美味いぞぉ」
「幾らだ?」
「一本150エルトだ」
そう言うとオヤジは焼き串を一本差し出してきたので手に取り口にした。
うん、完全に焼き鳥だな。美味いけど。
「美味いな、酒のつまみに合いそうだ」
「美味いモンには酒が合う! というわけでこのハチミツ酒も飲んでみな!」
オヤジは下から一本の瓶を取り出して俺に渡してきた。
手に取るとキンキンに冷えている。
昼から酒か…まあここにいる間は休みだし一本くらいいいか。
そんな訳でグイッと呑んでみた。
ハチミツの甘さとほんのりスパイシーな辛さが上手くミックスしておいしい。
「あ〜これは美味いな! オヤジ、これ10本とハチミツ酒を3本くれ」
腹減ってるせいかもっと食べたくなってきた。
「毎度あり、全部で1600エルトだ。因みにさっきのもちゃんと含んでるからな」
俺が金を払ってオヤジが品物を渡そうとしたその時、いきなり1人の小汚い格好の子供が他の焼き串を何本か引ったくって走り去って行った。
「あ! 待てクソガキ!!」
「俺が連れ戻してくる」
そう言って俺は子供を追いかけて行った。
「ゼェ…ゼェ……早いなあいつ……」
追いかけてから数分経つが、一向に捕まえることが出来ない。
すると子供は路地裏に入って行った。
面倒臭いな。見失う前に道を塞ぐか。
路地裏に入ると子供はまだいたのでちょっと先に『土盾』で壁を作って行き止まりにした。
「あ…」
「ゼェ…ゼェ…鬼ごっこは終わりだ、もう逃げられないぜ」
「いや…こないで…」
子供はよく見ると9歳くらいの少女で、全体に汚れが付着しててボロボロの服を着ていた。
少女は怯えた顔で串物を守るように抱かえこみ後退りしていく。
これ第三者から見たら俺が少女に酷いことをしようと見えるかもな。
「はい、捕獲っと。全く、手こずらせやがって…さ、屋台の親父のところに戻ろうじゃないか」
そんな少女を無視して近付きヒョイっと首根っこを掴んで脇に抱かえる。
「お願いします…見逃してください…なんでもしますからぁ……」
「ん? 今なんでもするって言ったか?」
そう言うと少女はコクコクと首を縦に振った。
その仕草がちょっと可愛かったのはナイショだ。
「そっかー。じゃあ一つだけ」
「ひ…一つだけですか…?」
「俺と一緒に屋台の親父のところまで来てもらおうか」
「そ、そんな…!? あ…ああ……ご、ごめんなさい、ごめんなさい、許してぇ…も、もう痛いのはイヤぁ…」
少女は暴れようとせずにポロポロと泣き出し唯々、謝罪の言葉を呟いていた。
「そういう訳にも行かないんだよ。悪い事をしたら謝る、当然の事だろ?」
「……で、でも…でももう痛いのはイヤ…痛いのは…イ、イヤだよぉ……」
発言から見るに何度もやって捕まって、殴られたりしたんだろう。
ふと腕を見てみると、アザとか裂傷の跡とかがあって見るからに痛々しかった。
また殴られると思ってるのか、少女の体がかなり震えている。
「ま、自業自得だと思って諦めな」
そう言うと少女はこの世に絶望したかのように目が死んでいた。
「あーあ、勿体ねぇ…」
いつの間に手放したのか、少女が持っていた串物が地面に落ちていた。
「連れ戻してきたぞ」
屋台に戻ってきた俺は少女をオヤジの前に突き出した。
「おう、悪いなニイちゃん」
「因みにこいつがパクった品物は地面に落ちてた」
「そうか……おい、クソガキ! テメェよくもウチの品物を盗んでくれたな!! オマケに台無しにしやがって!」
「ひぃ!?」
オヤジは殴ろうとして拳を振り上げると少女は目を見開き、身を守ろうとする。
「まあ待ってくれオヤジ、台無しになった分は代わりに払うから許してやってくれないか?」
「おいおい、こいつを庇うのかニイちゃん?」
「こんな小さい子が殴られるとこはあんまり見たく無いんだよ」
「……まぁいい、金さえ払ってくれれば後はどうなってもいいからな」
オヤジは渋渋といった感じで振り上げた拳をさげた。
「助かるよ」
「フン…おいクソガキ、今回はこのニイちゃんに免じて許してやる。だが次やってみろ、そん時は容赦なく衛兵に突き出してやるから覚えておけよ」
「だとよ。これに懲りたらもうやるなよ。ほら、さっさと行きな」
「っ……」
少女は黙ったまま頭だけ下げて逃げるように走り去っていった。
「ああやって盗みを働かないと生きていけないなんて世も末だな」
「ニイちゃん、あんなガキに同情する必要はないぜ? ああゆうガキは世の中にはごまんといる。残酷だとは思うがこっちもこれで飯食ってるんだ。金払えねえ奴にタダでやる余裕なんてねえんだよ」
「そうだろうな。可哀想だとは思うけど仕方ない事だよな」
そう言って俺は少女がダメにした分の金をオヤジに払った。
「正直言ってさっきのようなガキはこの辺をうろちょろされても困るからとっとと野垂れ死ぬか孤児院の連中に拾われりゃいいんだよ」
そう言って親父はさっき渡そうとしてた品物を渡してきた。
「へー孤児院なんてあんのか」
「ああ、この国の北のほうにな。オルタール孤児院ていうんだが……」
親父はそう言うとチラホラと周りを見てから人差し指をクイッ クイッっとしたので耳を近づけた。
「……ここだけの話。その孤児院を経営してるイグリッドというババアがガキ共を虐待したり強制労働させてたり奴隷として売り飛ばしてる他、男の相手をさせて荒稼ぎしてるという噂だ」
「マジかよ……」
「ま、あくまで噂だからな。ホントかどうかは知らんし関わりたくないからな」
「その事を何故俺に話す?」
「ニイちゃんは知っておいた方が良いという俺の勘だよ。だがあまりこの事をベラベラと話さない方が身の為だぜ」
「なんだよそれ…まぁいいや、じゃあ俺はそろそろ行くぜ」
「おう、また食いたくなったら来いよ! ちょっとだけサービスしてやるからよ!」
「ああ。じゃあな」
そう言って俺は屋台を去って行った。
買った焼き鳥を食いながら歩いてるとさっきの少女が建物の壁を背にして体育座りしていた。
そんな少女を見もせずに無視して通り過ぎようとした時、
グイッ
と、上着を掴まれた。
「なんだお前、俺になんか用か?」
「…………」
少女は何も言わずにただ俺を見つめるだけだった。
「あのさぁ、用がないなら服掴まないでくれるか?」
そう言って去ろうとするが少女は行かせまいと服を掴んだままだった。
「お前いい加減にしろよ? 何だよさっきから…」
「……」
少女は黙ったままだが何か言いたげな顔をしていたが意を決したように口を開いた。
「……さ…」
「あぁ何? 聞こえないぞ、もう一度言ってくれ」
片膝をついて少女の口元に耳を傾けた。
「あ、あの…さっきは…ご、ごめんなさい…」
少女はそう言うと俯いてしまった。
なるほど、ちゃんと謝りたかったんだろうが言う相手が違うな。
「謝罪なら俺じゃなくて屋台のオヤジに言いなさいよ。じゃあな」
「…………」グイッ
再び去ろうとするが少女に再び掴まれる。
「何だよまだ何か用があるのかよ?」
「…………」
少女は黙ったまま俺を見上げた。
何だか段々イライラしてきたな…。
「お前マジでいい加減にしろよ? 俺も暇じゃないんだ、言いたい事があるならハッキリ言ってくれよ。黙ったままじゃ分かんねえよ」
「っ! ……あ、あの…私を…私を連れてって…くだ…さい」
「ごめん聞き間違えたようだからもう一度言ってくれる?」
おかしいなさっき連れてってと聞こえた気がするんだが…。
「お、おじさん冒険者ですよね…? 色々な街に行くんですよね…お願いです、私をこの国から連れ出してください…お願いです……」
「おいマジかよ勘弁してくれよ。嫌に決まってるだろ。ホラ、コレやるからもう行かせてくれ…あとおじさん言うな」
俺は手に持ってた焼き鳥を2本ばかり少女に手渡そうとするが少女はブンブンと首を左右に振って拒絶した。
正直言ってこれ以上コイツに関わりたくないのだ。なんというか、
『神は言っている…この少女に関わるべきではないと…』
と、そんな風に俺の勘が告げているのだ。
厄介事には巻き込まれたくないので一刻も早く少女から離れようとする。
「あのな、確かに俺は冒険者だ。色んな所に行って依頼を受けて達成して生活している。だがその為には危険な魔物と戦わなきゃいけないからお前を連れては行けないんだよ。悪いことは言わん、街の北の方にオルタール孤児院ってとこがあるらしいからそこ行って養ってもらえよ」
オルタール孤児院の名を聞いた途端、少女の目が見開く。
「い、イヤ! もう…もうあそこには戻りたくない! お願いします…私を連れてってぇ…もうあそこはイヤぁ…」
そう言って少女はポロポロと泣き出してしまった。
そして周りにいた人達の目線が突き刺さる。
ちょっと待ってくれよコレじゃ俺がコイツを泣かしたみたいじゃん!
「あーもう泣くなよ! 取り敢えず落ち着こうな? な? な!?」
「ぐすっ…ぐすっ…お願い…連れてってぇ……なんでもしますから…」
「と、取り敢えず人目のつかない場所に行こう……」
「うん……」
そう言って俺たちは路地裏へと向かい、建物の壁を背にして互いに座り込んだ。
「どうしてこうなったんだろう……」
「ひっく…ひっく…うぇぇ……」
少女は未だに嗚咽しながら泣いている。
「なぁ、もう泣くなよ…ほらよ、これでも食え。腹減ってたんだろ?」
俺はそう言って手に持ってた焼き鳥を1本少女の手に握らせた。
「……ありがとうおじさん」
「だからおじさんって呼ぶな。あぁもう、涙と鼻水で顔がグチャグチャじゃんか…ホラ、これで顔拭きな」
俺は鞄から布を取り出して少女に渡し、顔を拭かせた。
ついでにさっき買ったハチミツ酒も一本取り出して飲んだ。
「ふぅ…で、何? お前さっきの感じからしてオルタール孤児院ってとこから逃げて来たのか?」
そう言うと少女はこくんと頷き、孤児院の事を話した。
まあ簡単にまとめるとコイツを含む孤児院の子ども達は朝から晩まで家畜同然のような扱いをされているらしい。
ロクに食事を与えられずに気に入らない事があったり、何か失敗すればイグリッドというババアや他の奴が暴行をして憂さ晴らしをしていたとのこと。
で、コイツは数日前に奴隷として売られそうな所を隙を見て脱出してきたらしい。
そんで盗みを働きながら今日まで生きてきたそうだ。
屋台のオヤジが言ってた噂はどうやら本当のようだ。
それにしてもヘビーだなぁ…重い…重過ぎるぜよ……。
「どうかお願いします…奴隷でもいいので私をこの国から連れてって…お願いします…」
「そう言われてもなぁ」
ぶっちゃけ今の人数で間に合ってるんだよな。それにコイツ連れて行った所で何の役にも立たんしな。
付いてくる以上、最低限の事はやってほしいんだが…うーんダメだな、俺には何のメリットもないな。
どうしたもんかなぁ。なんか考えるのが嫌になって来たな……このままだとコイツ俺から離れたがらないだろうし。
やっぱ孤児院に届けるべきか? それだと孤児院の噂がマジならコイツがどうなるか予想出来るし、それで死なれたりしたら目覚めが悪いしな。
「……」チラッ
「っ……」ビクッ
チラリと少女を見ると怯えた目で震えている。一体何にビクついてるやら…。
取り敢えず適当にブラつきながら考えるか。
そう思って路地裏から出てこの少女をどうするべきか考えてる時だった。
「おい、そこのお前。止まれ」
「ん?」
後ろから声をかけられたので振り返るとそこには冒険者らしき屈強なスキンヘッドの男と頬に傷のある目付きの悪い細身の男、そして小柄でウニのような頭をし歯並びの悪いギョロ目の男の3人組がいた。
「ひっ…」
少女は咄嗟に俺の後ろへ隠れた。
「なんだおたく等? 何か用か」
「ああ。お前の後ろに隠れている子供、そいつをこちらへ引き渡して貰いたい」
「どういうことだ? お前さんたちこいつの知り合いか保護者か?」
「……まぁ、そんなところだ」
「成る程ねぇ……」
チラリと少女を見るが、怯えた顔で首を横に振っている。
恐らく孤児院の関係者かなんかだろ。
「おいテメェ、俺たちも暇じゃねえんだ。とっととそのガキを寄越せよ! じゃなきゃぶっ殺すぞ!」
とギョロ目が言ったが、妙に喧嘩腰なのに腹が立ってきた。
「あぁ? イヤだね」
「んだとこの野郎!」
そう言ってギョロ目は剣を抜いて襲いかかろうとするが屈強な男にヒョイっと掴まれる。
「なにしやがる!ハドソン!!」
「……殺し、許可されてない」
「ハドソンの言う通りだヤーガス。そいつをしまえ」
「でもよジェイク! こいつを殺してガキを奪った方が手っ取り早いだろうが!」
「いい加減にしろヤーガス、何度も言わせるな、そいつをしまえ。何でもかんでも殺そうとするな」
おいなんだよコイツ等、さっきからアブない事ばかり言ってるんですけど? 特にあのチビ。
「……チッ」
ヤーガスとかいうチビは舌打ちしながら漸く剣を収めた。
「ハドソン、念のためそのまま持ってろ」
ジェイクと言う男がそう言うとハドソンとかいう筋肉マンは首を縦に振った。
「連れのせいで気分を害してしまったなら申し訳ない」
「いや…あんまり気にしてない」
「そうか…なら良い。さて、我々に敵対の意思はない。だからどうかその少女をこちらへ渡して貰えないだろうか?」
どうやらコイツと筋肉マンは見た目ほど悪い奴じゃないそうだがまだ油断は出来ない。
「出来ればそうしたいのは山々なんだが…見ての通りコイツは俺から離れようとしないんでね」
少女は絶対に離れまいと俺の服をギュッと掴んでいた。
「ふむ……ならば仕方ない。お前も我々と一緒に来て貰おうか」
「イヤだと言ったらどうする?」
「やむを得んな。だが我々は無駄な血を流すつもりは全くない…1人を除いてだがな。お前とてこんなつまらん事で命を落としたくはあるまい?」
そう言いつつジェイクは腰にある剣の持ち手に手を添えた。
うん、分かるぞ……こいつ等は強い。ていうか子供1人守りながら3対1とか無理ゲーだろ。
「……分かったよ。俺だけじゃ勝てそうにないし、ここは大人しく従うよ」
そう言って両手を挙げて降参の意思を示す。
「賢明な判断だ。何、心配はいらん。身の安全は保証しよう」
そう言ってジェイクという男はフッと笑みを浮かべた。
「そうかい、ならとっととお前等のボスの所まで連れてってくれよ」
「では付いて来い」
そう言われたので俺たちはジェイク達に付いて行った。
因みに逃げられないようにか筋肉マンがチビを担ぎながら俺の後ろをずっと歩いていた。
まあ逃げる気は全くないんだけどね……。
それにしてもコイツでかいな、身の丈は軽く2mを超えてるだろ。
そんでもって歩く事2、30分程が経ち……。
「ここだ」
着いたのは結構立派な屋敷だった。
門には2人の門番が立っている。
「ここがオルタール孤児院なのか?」
「孤児院ではない、奴隷商館だ」
「なんだ孤児院の人間じゃないのか」
「こんな格好した奴らが孤児院の関係者な訳ないだろう?」
「それもそうか」
この中に売りに出す予定の奴隷が一杯いるのか。
「ちょっとここで待て。おい、我々が戻ってくるまでこの者達を見張っておけ」
そう言うと門番達が頷き、ジェイク達は屋敷の中へ入って行った。
暫くするとジェイクだけ戻って来て、「主がお呼びだ、付いて来い」と言われたので中に入ると豪華な装飾という訳でもなく、割と地味な感じでちょっと薄暗い気がした。
そしてそのまま2階へと上がり、応接間と思われる部屋の前に来た。
「連れて来たぞ」
「入りなさい」
中から女性の声が聞こえ、ジェイクが扉を開けると中に入れと目で語ってくるので入るとバタンと閉められた。
部屋の中は豪華過ぎず、地味過ぎずの丁度いい感じのインテリアで中央に応接用の椅子とテーブルがあり、奥に執務用の机があってそこに1人の女性が座っている。
彼女の隣にはモノクルを着けた白髪で髭の生えた執事が立っていた。
「そこへお掛けになってくださる?」
そう言われたので、中央の椅子に座った。
「セバス、逃げ出したその子を連れてってくれないかしら?」
「畏まりましたお嬢様……さ、行きますぞ」
「や、やだ…助けて……」
「悪いな、俺にはどうする事もできんよ」
執事が俺の隣にいた少女を連れてった。少女は俺にずっと助けを求めていたが俺は見てるしかできなかった。
「あいつはどうなるんだ?」
「奴隷としての教育をさせます。あの子なら一週間もあれば大丈夫でしょう」
「ふぅん、ところでオルタール孤児院の噂って本当なのか?」
「あの子から聞きませんでしたか? あそこは表向きは孤児院ですが、実際は子供の人身販売をしています。そして私達のような奴隷商などが何人か買い取るんですよ」
「やっぱ噂は本当だったのか…」
「あの子に情でも湧きましたか?」
「まぁ、可哀想だとは思うが情は沸かないな」
「そう…申し遅れました。私は当商館の主、マチルダと言います。あの少女を連れて来て下さってありがとうございます」
マチルダと名乗った女性は執務机から立ち、俺の目の前の椅子に座ってそう言って来た。
クリーム色のロングポニーテールに、右目に眼帯を付けた琥珀色の瞳、サーカスに出てくる猛獣使いのような胸元を強調した赤と黒をベースにした服を着ており、腰のベルトには何故かムチがぶら下がっていた。
見た目は結構若くて顔も整っており、俺と同じかちょっと年上に見えるミステリアスな女性だ。
「連れて来たというか、逆に連れて来られたんだが…」
「あの子は丁度3日前に仕入れた所を隙を突かれて逃してしまいましてね。私共としては金を払って仕入れた商品をみすみす手放したくはなかったのでジェイク達に探してもらったのですが、3日も経つので半ば諦めてたのですよ…貴方には感謝していますよ」
「そうですか、じゃあ用も済んだみたいなので俺は帰りますわ」
「まあそう仰らずに…折角ですから、当館の商品でも見物なさってはいかがです?」
と、ニコニコと営業スマイルを浮かべながらマチルダさんは言っている。
まあ特に予定もないし、良いのがあったらマークするのもいいか。
「じゃあちょっと一通り見せてもらおうかな」
「では案内します。付いてきてくださいな」
マチルダさんの付いていくと1階のホールの出入り口から右の部屋に向かった。
「そう言えばまだ貴方の名前を聞いてませんでしたね」
「ん? ああ、すまない。俺はコータロー・アサヒナ。冒険者だ」
「変わった名前をお持ちですね」
「よく言われるよ」
そう言うとマチルダさんはクスリと笑った。
「コータローさんは奴隷をお持ちになった事が?」
「いいやないな、というのも俺が生まれた国では奴隷制度はなかったんだ。昔はあったらしいけど」
「では奴隷を見た事もないということですね?」
「ああ」
「そうでしたか…ではこの機会に奴隷について当館で学んでみては?」
奴隷に関してはある程度しか教えてもらってないのでいい機会だろう。
「そうするよ。何も知らないまま奴隷を買おうとして商人にぼったくられるのは嫌だしな」
「フフフ…当館では借金奴隷、戦争奴隷、犯罪奴隷や他種族の奴隷達を仕入れて教育しています」
「犯罪奴隷?」
「犯罪奴隷というのはその名の通り、犯罪者が罪を償わせる為に奴隷となるという事です」
廊下を渡りながら説明するマチルダさん。
「成る程、奴隷にも色々種類があるのか」
「先ずはその犯罪奴隷達から見せましょう」
そう言ってマチルダさんは部屋の前で止まり、扉を開けた。
そこには大きな檻に数人の男達がボロを着て手枷と足枷をされていた。
ギロッ
檻に近づくと悪人ヅラの奴隷達が一斉に睨んできた。
「こいつらが犯罪奴隷か」
「ええ、彼等は主に大規模農場や鉱山で死ぬまで強制労働させられます」
「へー、そこで罪を償うってことか」
「ま、所謂自業自得ですね。次に行きましょう」
奴隷達の殺意の篭った目線を感じながら部屋を出た。
その後は戦争奴隷や借金奴隷とか見て回り、最後は他種族の奴隷だけだ。
「他種族の奴隷達は戦闘や労働、愛玩用に使われます。人間と違って優れているところがありますから色々使い道があります」
「ほう」
そう言えばまだ獣人は見たことがなかったな。猫耳美少女とかいるのかな? いるなら黒い子がいいな。
「ここが他種族の奴隷達がいる部屋です」
ガチャリとドアを開けると両サイドに大きめの檻が幾つか設置されててその中に獣人達はいた。
しかし……
「ケモナーの方だったかー…」
獣人達は男は兎も角、女も顔が動物だった。
俺が読んでたファンタジー小説では獣人は人間に耳と尻尾が生えた定番な感じばかりだったんだが…。
予想と反して俺は手と膝をついて落胆した。
「いきなりどうしたんです? ケモナー?」
「いや、なんでもない。うん、本当大丈夫だから」
「そ、そうですか…彼等は2週間前に新しく仕入れたので教育は済ませてあります。一度品定めしてみてはいかがでしょう?」
「そうしてみるかー」
そう言って奴隷達を見てみるとホントに顔が猫だったり狼だったりしてなんというか、動物がそのまま二本立ちしたような感じだ。
まあ手足は人間と同じ五本指になってるし、顔も女性の何人かは可愛いっちゃ可愛い。
しかし俺はケモナーではないのでちっとも興奮とかしないのであった。
「(まあどうせ買うつもりないし、適当に見て帰るか)…お?」
奴隷達を見てると1人だけ他とは違う奴がいた。
そいつは褐色の肌に金色の瞳、腰まであろう外ハネ癖のある艶やかな黒髪をポニーテールにしているが、毛が多いのか箒のように見えてしまう。
「こいつは獣人なのか?」
「あぁ、その子は世にも珍しいココ族と人間の混血の少女ですよ」
「混血か…ところでココ族とは?」
「ご存じないのですか?」
「生憎田舎から来たモンでね、獣人の事はよく分からないんだ」
「成る程。そうですねぇ、あの子の隣にいる男がココ族です」
混血の少女の隣を見ると猫っぽい顏の男がいた。
成る程、ココ族は猫系の獣人のようだ。
もう一度少女を見てみると確かに頭には黒い猫耳、尻には同じ毛色の尻尾が生えていた。
そして何よりも良いのはムッチリと引き締まった身体に豊かな胸、鼻のところに一文字に傷跡があるが顔は整っている。
見た感じ20歳くらいだろう。まさか本当に黒髪猫耳美女に出会えるとは思ってなかった。
「彼女は特殊でしてね。ココ族の言い伝えでは黒い毛を持って生まれた者は災厄を招くと言われてるのです」
「そうなのか」
「父親に見捨てられ、母親も死別。人間でも獣人でもない中途半端なので、両方から除け者にされる哀れな存在ですよこの子は…フフフ……」
若干可哀想なモノを見るような目で薄ら笑みを浮かべながら語るマチルダさん。
よく見ると隣にいるココ族の男もゴミを見るような目で混血の少女を見ている。
混血の少女は怒りと憎しみのこもった目で歯軋りしながら俺達を睨んでいた。
そう言えば城で混血は忌み嫌われる存在的なことを言ってた気がする。
「混血とはいえ、戦闘力はかなり高いです。ジェイク達が3人がかりでも手こずったようですので」
「ほう」
「身体も顔も年齢が幼い割には中々良い上に処女なのでモノ好きな貴族辺りが高く買うかもしれませんね」
「幼い? 俺には20近くあるように見えるが…」
「驚く事にこの子はまだ13歳なのですよ」
「何!? これで13歳だと!? とてもそうには見えんぞ!?」
「獣人は己の能力に最も適してる身体に成長しますのでね、年齢が低くても見た目は大人に見えてしまうのですよ。混血でもこうなるようなので人間からは化け物扱いされてしまうのでしょう」
一体何が可笑しいのか、クスクスと笑いながらマチルダさんはそう言った。
「そうなのか…それは知らなかった」
「それでどうします? 買いますか?」
「幾らなんだ?」
「なにぶん混血で処女ですからねぇ……100万エルトになりますね」
「それは高い方なのか?」
「標準からするとやはり値が張りますね。ちなみにこの子がエルフとの混血だったらそれ以上はしますよ?」
「マジか…ちなみに標準だと大体幾らするんだ?」
「なにしろ見た目は大事ですのでね……」
彼女の話によると、奴隷は年齢が低い程高く、逆に高ければ安いらしい。
何の能力も無い身の回りの世話をするだけの15歳くらいの小娘でも大体20万エルトはするらしい。
それが処女だったり、可愛いかったり、巨乳だったら多少変動するようだ。
屈強で即戦力になりそうな戦闘奴隷の場合、これも見た目とかで変動はするが平均は5、60万はするようだ。
病気持ちや、障害者は最早在庫処分のような扱いで売れれば御の字というほど極端に安い。
犯罪奴隷も割と安い方だ。やはり犯罪者を買いたがる奴は中々いないんだろう、その為農場や鉱山の持ち主達が捨て駒のように纏めて買って行くようだ。
「以上が奴隷の平均的な値段になりますね。で、どうしますか?」
「うーん……」
100万……買えない事はないが、今後の為にもできるだけ出費は抑えておきたいので買わないほうがいいかもしれない。
そもそもコイツに本当にそれくらいの価値があるのかも疑問だ。
だが目の前には褐色黒髪猫耳美少女がいて、敵意剥き出しでめっちゃ睨んでるがこの機を逃したらもう会えないと思う。
幸い蓄えはそれなりにあるので、ちょっと我慢すれば大丈夫か……。
アースガルドに戻ったら高額の依頼を幾つか受けるか…。
「悪いんだが今手持ちがそんなにないんだ。もう少しオマケできないか?」
駄目元で値下げてもらうよう交渉してみた。
「…仕方ないですね。じゃあ95万でどうです?」
「もう少しだけ下げられないかな」
「…では92万にしましょう」
ちょっと困ったような顔で言うマチルダさん。だがまだ高い、もう少し行ける筈だ。
「まだ高いな」
そう言うとマチルダさんの目付きが鋭くなり始めた。
これ以上言うとマズいかもしれないが俺は諦めない。
「80万にしてくれないか?」
「ご冗談を…幾らなんでも流石に無理がありますので90万でどうです」
「こっちは有り金の殆んどを出して買おうとしてるんだ。もう少しだけ負けてくれよ? 頼む」
「ハァ…85万でいかがですか? これが限界ですね」
諦めた感じで脱力しながら彼女はそう言った。
「もしこれ以上下げるようでしたら…」
「大丈夫だ、それで手を打つよ」
「そうですか…では商談成立ですね」
ホッとしたような感じで彼女は頬笑んだ。同時に先程までピリピリしたような雰囲気も散って行った。
等々買ってしまった…アンジェやウィルに色々言われるだろうなぁ…。
だが大金を払ったからこそ、こいつにはその分働いてもらおう。
「色々無理を言ってすまない」
「お気になさらず。では手続き等がありますので一度戻りましょう」
「ああ」
マチルダさんが近くにいた男に一言言ってから俺たちは応接間へ戻った。
補足としてこの世界の奴隷は物として扱われるので人権はありませんが、身分を買い戻す事が可能で市民権を得る事が可能です。または主人が死亡した場合も奴隷から解放されます。




