人間と魔族
今回は多分色々変化もしれません。
翌日。朝日の光が目に入った眩しさで目を覚ました。
「…朝か…ふぁ〜あ、あーよく寝た」
そう言いながらベッドから起き上がろうとすると、左手に何か柔らかい物を掴んだ感触がした。
「(こ、この感触はまさか…っ!)」
そう思って隣を見るとブラウスだけになって、幸せそうな顔で寝てるウィルの撓わに実ったメロンを俺は掴んでいた。
「んっ…」
ウィルの色っぽい声に思わず理性が吹き飛びそうになるが耐える。
は、裸ブラウスだと!? マジかよ生で見るの初めてだ! 神様ありがとうーッ!!
彼女はブラウスを第2ボタンまで外していて、そこには下着とか着ておらず、見事な谷間が見えるだけ。
ていうか、そもそもなんでコイツが俺の部屋にいるの? 何時来たの? なんで隣で寝てんの?
「うう、んっ…」
ウィルが寝返りをうち、プルンと胸が揺れてブラウスがズレて、乳首が見えそうで見えないという絶妙なバランスを保っている。
その絶景に再び理性が吹っ飛びそうになる。
あ、思い出した。確か俺が城を出るその日まで捕虜として扱われてるんだった。
寝ぼけていた頭を働かせて、何故ウィルがここにいるのかを思い出して寝顔を見る。
昨日の事をもう忘れるってアレか? 若年性アルツハイマーですか? 嫌だわぁ…
「幸せそうな顔で寝やがって、可愛いなコンチキショー」
とポツリと呟き、腕時計を見ると6時半だった。
ちょっと早く起き過ぎたか? まあいいや、早起きは三文の得ってね。
こいつはまだ寝かせておいてもいいだろ。そう思い、毛布を掛けてやる。出来ればベッドに潜り込んでくるのは勘弁して欲しい。
「腹減ったな、メシはまだか?」
そう言うとコンコン、っとドアがノックされた。
「コータロー様、おはようございます」
「入っていいぞー」
そう言うとドアが開き、トレーを持ったアンジェが入って来た。
「おはようございますコータロー様、朝食をお持ちしました」
「おはようアンジェ、そこに置いてくれ」
「畏まりました」
「それにしても随分とタイミングがいいじゃないか」
「そろそろコータロー様がお目覚めになる頃だと思いましたので」
テーブルの上に料理を並べながらアンジェはそう言った。つまり勘ですね、わかります。
「そうですかい。まあナイスタイミングだ、ありがとう。頂きます」
そう言ってテーブルに座って朝食を食べ始めた。
「コータロー様、ウィルさんの分の食事も用意した方がいいでしょうか?」
アンジェがまだスヤスヤと寝ているウィルの方を見ながらそう聞いてくる。
「んー本人曰く、食べなくても平気らしいから用意しなくていいだろ」
「分かりました。それとコータロー様、大臣様よりこの手枷をウィルさんに付けろとの事です」
そう言ってアンジェはポケットから、鉄製の輪を長い鎖で繋いだタイプの手枷を一本取り出してテーブルの上に置いた。
手枷の輪の全体には金色の模様みたいなのが刻まれている。
「なにこれ?」
「これは魔封じの手枷という魔導具で、装着者の魔力を吸収して魔法を発動出来なくし、主に魔術師の拘束に使われる物です」
へぇ〜そんな物まであるのか、異世界ってホント凄いね。
「成る程、確かになんかの拍子に魔法を使われたら困るし、何の拘束もなしってのもアレだもんな。ウィルには悪いが我慢してもらおう」
俺がそう言うとウィルに掛けてある毛布がモゾモゾと動き出すと、ウィルが起き上がった。
「ううん…? 何か美味しそうな匂いがしますね〜」
「起きたかウィル、おはよう」
「おはようございます〜」
眠そうな顔で眠そうな目を擦りながらウィルは言う。
「おはようございますウィルさん。朝食はお食べになりますか?」
「おはようございますアンジェさん。お腹は空いてませんので結構ですよ」
「分かりました。ではもし、必要になったのであれば私に言って下さい」
「はーい」とウィルは返事を返し、そそくさと着替えた。
その時、チラッとだが左手首に刃物で切ったような傷跡ようなものが幾つも見えた。
(あの傷…リストカットか? ……見なかった事にしよう)
詮索するのは止そう、誰にだって知られたく無い辛い過去はあるし、知りたくも無いし知る気もない。
「ウィル、服を着たらちょっとこっちに来てくれ」
「? なんですか?」
そう言ってウィルが目の前まで歩いて来ると、俺はテーブルに置かれていた魔法封じの手枷を彼女に見せた。
「なんですかそれ?」
「これは魔封じの手枷といって、装着者の魔力を吸収して魔法を使えなくさせる物だ。これからはこれを付けて過ごしてもらう」
「えぇ〜そんなぁ、 これじゃ魔法が使えないじゃないですかぁ! 私は何もしませんし、逃げも隠れもしませんよぉ、これじゃまるで悪い事したみたいじゃないですか〜!」
「いやしたみたいって既にしてるじゃん」
この城に侵入したり、人ん家の魔道具を勝手に使ったり。
「う…確かにやったかもしれませんけど…あれはその、仕方のないことだったんですよ…」
「仕方ないって…まあいい、手を出せ」
「あぅ…」
叱られた子犬のようにしょんぼりとしたウィルの両手に魔封じの手枷を付けた。
何となく首輪も付けたいと思ってしまった。
「悪いな、お前を信頼してないというわけじゃないけど、流石に何も拘束しないでいるのもちょっとマズいんだ。窮屈になるけど、3日間の辛抱だから我慢してくれ」
「う〜…分かりましたよ〜我慢しますよ〜」
と、ウィルは溜め息まじりにそう言った。
「じゃあ俺は訓練所に行くけどウィルはどうしようか…やっぱ一緒に連れてった方がいいよな?」
「そうでございますね。目の届く場所に居た方がコータロー様も安心して訓練が出来るでしょう。ウィルさんはそれでも構いませんか?」
「いいですよー。どうせ何も出来ませんし」
「なら決まりだな。じゃあ行こうか」
2人は頷き、俺達は教官が待ってるだろうと思われる訓練所へ向かった。
「ゼェ…ゼェ…」
「おらどうした! もっと打ってこい!」
「ッ!」
教官の胴体に向けて剣を横薙ぎに振るう。が、教官はそれを難無く剣で弾いて、逆に俺めがけて剣が迫ってくる。
「アブなッ!?」
慌てて後ろに反って剣を避ける。
「どうした? 初めの頃と違って避けてばかりじゃないか。そんなんじゃ俺に一撃入れられないぞ!」
「そうは言ってもこっちはもうクタクタなんだ…避けるのが精一杯なんだよ…ッ!」
訓練開始から9時間、準備運動である訓練所10周をした後、素振りと筋トレしてからずっと教官と模擬戦をしている所為で体力の限界が来た。
対する教官は僅かな疲れが見えるだけでまだ体力に余裕がありそうだ。タフだなあこのおっさん…
「まあ流石に6時間もぶっ通しでやってれば疲れるだろう。俺もちょっとだが疲れてきたぜ」
「ちょっとだけだろ! 俺なんてもう足がフラフラなんだよ!」
「情けねえなぁ、お嬢ちゃんの方がまだ体力あるぜ?」
そうは言っても俺だって初めの頃とは違ってちょっと体力が付いてきたみたいで、10周走ってもブッ倒れそうにならなかったし、素振りしている所為か、僅かながらも筋力とか付いてきた気がするんだけどね。
「さあ! 立て! ケツの穴を引き締めろ! ダイヤのクソをひねり出せ! さもないとクソ地獄だ!」
「チッ…チクショウッ! 絶対一撃入れてやる!!」
そう言ってフラつく足に喝を入れて立ち上がる。
「(どうする? もう体力は無いに等しい…ならば教官の僅かなスキを狙って一発で決めるしかない!)」
そう考えた俺は木剣を低く構える。
「よし、まだやれるな」
「いや全然、もう無理、胃が痛いです」
激しい運動の所為で昼飯に食った物が出てきそうだ…
「何言ってやがる、そんなモン気合いでなんとかしろ」
「そんな殺生な…」
「まあ日も暮れて来たしな、俺に一撃与えられたら終わりにしてやろう」
そう言うと教官は接近して切り掛かってきた。
「(よし! これで決めてやる!)」
振り下ろされた剣を躱して生じた僅かなスキを狙って、教官の首目掛けて剣を横に振り、後少しで当たりそうになったところでガクリと膝を付き、後ろに倒れる。
「なんだ? 力尽きたのか? おい大丈夫か、しっかりしろ」
「大丈夫じゃない…もうダメだ、これ以上は動けねー…」
「はぁーしょうがねえな、終わりにするか」
「いいのか? 一撃与えてないぞ?」
「体力があれば当たってたさ。今のを覚えておけよ? 疲れているお前は無駄な動きを全くしてない、戦闘中に体力を温存しておくのにはそれが重要なんだ」
「成る程、攻撃を躱す時は最小限の動きで躱せばいいのか」
「おーし! 今日の訓練はここまでだ! 各自道具の片付けや手入れはちゃんとしておけよ!」
教官がそう言うと新人達は訓練を止めて片付けに入り始めた。
「ほら、立てるか?」
「ああ」
教官が手を差し出してきたので、その手を掴んで立ち上がる。
「あ〜あ、6時間も模擬戦をして避けてるだけかー…」
「まあ、落ち込むな。初めの頃と違って剣の振りも速くなってきたし、動きにスキが少なくなってきたからな。この調子で頑張れば冒険者になっても直ぐに死ぬ事はないだろう」
「そうですかい…」
教官には既にこの城を出て冒険者になる事は伝えてある。そして魔物に関する知識を教えて貰い、資料も貰った。
「かといって自惚れるなよ? 俺からすればお前なんざ、まだまだひよっこなんだからな」
「分かってますよ。俺も自分が優れているとか思っちゃいませんぜ教官」
「それならいい。さて、明日も厳しく鍛えてやるから楽しみにしておけよ? あと、剣の手入れも忘れるな? お前はその剣に命を預けてるんだからな」
「Sir,Yes sir」
「サーイエッサー? お前は何を言ってるんだ? まあいい。ところでお前のメイドの隣にいるフードを被っている奴、魔族の女らしいな?」
「ええ… 一応、魔法が発動出来ないように拘束はしてあるんだけど、やっぱ連れて来ない方が良かったすかね?」
「んーそうだな、出来ればあまり連れてきて欲しくは無いんだが、そうにもいかないんだろ?」
困ったようなそうでもないような複雑な表情で言う教官。
「ああ、最初は俺の部屋で置いてこようとしたんだけど、目の届く場所に居た方がちょっと安心するんで」
「そうか、ならせめて新入り達や他の騎士達の目の付かない場所に居てくれ。騎士団の中には魔族に家族を殺されて、復習の為に入った奴もいるからな」
教官の言う通り、休憩中とかに憎悪の目でウィルを見ている人がいたな。
当の本人はそんなこと全く気にせずにアンジェと世間話をしていたが。
「すんません、あと3日だけなんで」
「気にするな、今の所大人しいみたいだしメイドと楽しそうに喋ってるからな。ああゆう奴は嫌いじゃないさ。じゃあな」
そう言って教官は去って行ったので俺達も自室に戻ることにした。
「あ、悪い、ちょっとトイレに行ってくるから先に行っててくれ」
廊下を歩いていたら急にお腹の調子が悪くなってきた。激しい運動をし過ぎた所為かもしれない。
「良いのですか?」
「ああ、ちょっと長い方だからアンジェは夕飯の支度をしておいてくれるとありがたい」
「畏まりました」
アンジェがそう言うと俺はダッシュでトイレに向かった。
「では行きましょうか」
「そうですねー」
そう言って2人は歩き出した。
そして暫く歩いている時だった。
「アンジェリーナさん」
後ろから声を掛けられ、2人は振り向いた。
そこには平野と風間が立っていた。
「コウイチ様にユウガ様、私に何か御用でございますか?」
「何故その魔族が生きてるんですか」
「生きてるとは変な事をおっしゃいますね、 私達がウィルさんを殺したとでもお思いでしたか?」
「ええ勿論、魔族は倒すべき存在だ。それなのにどうして!」
「どうしてと言われましても私達にウィルさんを殺す気がないからでございます」
「だったら俺達がその魔族を倒す!」
「彼女を倒す? 貴方方に出来るとでも? ウィルさんは元魔王八大魔将軍の1人です、今の貴方方では倒す事は出来ませんよ。そもそも何故倒す必要があるのでございますか?」
「フィロル王女が言ってたんだよ。『汚らわしい魔族が私を襲ってくるかと思うと、恐ろしくて夜も眠れません』ってな。幸い、今はその手枷で魔法が使えないからな、いい機会なんだよ」
風間は欲望に満ちた目でウィルの体を舐め回すように見ている。恐らく一通り楽しんだ後、殺すのだろう。
だが、そんな事をアンジェが許す筈はなかった。
「そんなことを私が許すとでも? ウィルさんは城を出るまでの間、捕虜として私とコータロー様の2人で監視の元、過ごすことになっています。昨日、国王様もそう申した筈…彼女を生かすのも殺すのも私達の自由でございます」
「でもそれじゃフィロルが可哀想だ!」
「可哀想? 例えフィロル王女がそう仰ったとしても、勇者様であろうと勝手にしていい事ではございません。勇者ともあろう者がそんな事も分からないのでございますか?」
無表情のままそう言うアンジェ。
「あなたは何とも思わないんですか!? 魔族が、俺達の敵が平気な顔で、この城にいるんですよ!? これは決して許されていい事ではない!」
「思いませんね。ウィルさんは他の魔族とは違いますし、こうして拘束されています。その気になれば拘束される前に私とコータロー様を殺せた筈、それをしなかったということは少なくとも彼女が私達を敵として見ていないからでございます」
「ッ! でも! ソイツが猫を被っているかもしれませんよ!?」
「もしウィルさんが私達に襲い掛かって来たのなら…その時は運が悪かったと思い、彼女を信用した私達が愚かだっただけの事でございます」
「大丈夫ですよアンジェさん、私はお兄さんとあなたを裏切ったりしませんよぉ、それより早く戻りましょうよー、もう疲れちゃいましたよ」
「そうでございますね、コータロー様の夕食を作らなければなりませんしね」
「そういうわけなんで私達、もう行きますねー」
2人はそう言って部屋に戻ろうとする。
「待ってください!」
「待てよ! 話はまだ終わってねえぞ!」
「まだ何か用でございますか? 私は早く戻ってコータロー様の夕食の支度をしなければならないのでございますが?」
「しつこい男は嫌われちゃいますよー?」
うんざりしたような表情で2人が振り返り、そう言う。
「黙れ魔族! お前がアンジェリーナさんを洗脳しているんだろ!」
と、平野はそんな事を言い出した。
「はっ? 私がアンジェさんを洗脳してる? 馬鹿じゃないの?」
呆れた表情でジト目をして言うウィル。
「何を言い出すかと思えば……何を馬鹿な事を仰ってるのでございますか、私は正気です」
「嘘だ! そうじゃなきゃアンジェリーナさんがそんな事を言う筈がない!」
「光一の言う通りだ! 彼女を元に戻しやがれ!」
一体何を根拠に2人はこんな事を言っているのだろうか。
「……貴方方は私の何を知ってるのでございますか? 私は貴方方と仲良くした覚えはありませんし、会話もした覚えはございませんので知ったような口を利かないで下さい、不愉快です」
負の感情が籠った目で睨み、無表情で言うアンジェからは若干怒気が感じられる。
どちらかというと、彼らの方が洗脳されているように感じられる。
「私は純粋にアンジェさんと仲が良いだけで、決して洗脳して仲良くさせてるという訳じゃないですよー」
「魔族の言う事が信じられるか!」
「人間と魔族が仲良くなれる訳ねえだろ!」
「……。もう行きましょうアンジェさん。このお馬鹿さん達を相手にしてたら時間の無駄ですから」
そう言うウィルの顔は少し悲しげな表情をしていた。
「ウィルさん…」
「いいんですアンジェさん、所詮魔族なんて人間から見れば敵にしか見えないんですよ。さ、戻りましょうか」
「…分かりました」
そう言って2人は呼び止める勇者2人を無視して去って行った。
「やっべー、すぐ戻るつもりだったのに遅くなっちった」
「ごめんなさい幸太郎さん、私の所為で…」
トイレで用を済ませた後、楓嬢とばったり出会ってつい談笑をしてしまった。
「謝らなくて良いよ、別に急いでる訳じゃなかったし」
「そうですか…あ、春香さん」
俺達の正面から柳が歩いてきた。
「あら楓、今戻る所なの?」
「ええ、春香さんもですか?」
「うん、そうよ。なんなら一緒に戻る?」
「はい。じゃあ幸太郎さん、すいませんが春香さんと一緒に戻りますね」
「そうか、じゃあここでお別れだな。またな」
俺がそう言うと楓嬢はお辞儀をして去って行った。
柳は俺を睨んでいたがもう気にしない。
その後は俺も部屋に戻り、いつものように飯食って風呂入って寝る事にした。
人間、誰だって知られたくない過去はあると思います。




