プロローグ。日常
夢を見た。それは壮大な夢だった。広く大きい草原の上で龍と数千万の人間が戦っていた。龍の方は俺だった。俺はひたすらに人間を喰い、引き裂き、口から出す炎で向かってくる奴らを殺し続けた。人が虫をつぶすように、殺すのが当たり前のように、群がる人間を容赦なく、何人も何十人も何千人も殺し続けた。
そうしてようやく終わった後には、何も残らない。転がる死体と血まみれの大地、周りを見渡せばまるで地獄のような光景が広がっていた。
それでも俺は何も思わない。ただただ眠い。戦い疲れ、龍はそっと目を閉じもう一度眠りについていく。
……竜字、竜字!目が覚めた。瞬間、思い切り殴られた。ばごんっという鈍い音の後に頭に響く鈍い痛み、勢いもあったせいか顎を机に思いっきりぶつけてしまった。どちらも強烈な痛みだった。
「おや、もう起きてた?」すっとんきょんな声を上げたのは同じクラスの沢 智花だった。「寝てようが、起きてようが、人の頭をグーで思いっきり殴るのはなしだろ……。」こいつとは幼稚園から一緒で、殴るときの容赦のなさを俺は知っている。というか殴られているのはいつも俺だけだったような気がする。気のせいだろうか?
屈託のない笑顔で笑いながら「ごめん、ごめん。まさか起きてるとは思わなくてさぁ。」寝ててもどのみち殴られるのは確定か。笑顔で悪魔みたいなことしやがるなこいつ。
殴られた頭と打った顎をさすりながら時間を確かめると時計の針は午後5時半を示していた。あたりを見れば生徒の数も半ば少ない。大体はもう帰ったか部活に行っているのだろう。この時間だともうスクールバスも出ていることだろうし。
いつもならバスを使って帰るのだが今日は随分と寝てしまったようだ。これは歩いて帰るしかないだろう。さっさと帰り支度を済ませて帰宅することにした。
「いやーそれにしても、また豪快に寝てたねェ?天川 竜字君?」こいつは俺が寝ていればちょくちょくいたずらを仕掛けてきた。額に肉とか、背中に変態とか、割とスタンダードだがやられるととても困るようなものを仕掛けてくる。
「なんだ、またなんかしかけたのかよ?」もはやこのことに関しては探りを入れずに聞いてみるのが一番だ。大体今まで探りを入れても無駄だったというのもあるのだが。
智花は首を横に振りお手上げのポーズをとりながら、「今回は先生に見つかっちゃってねェー。止められたんだよ。残念だなぁ。」
本当に残念そうな顔をしている。俺としてはほっとしている。なんせ先生に見つかって止められるぐらいのことをこいつはしようとしていたのだ。そこで止めに入った先生は俺の命の恩人といってもいいほどのものだろう。本当にアリガトウゴザイマス。
こんな話をしているとちょうど分かれ道に差し掛かった。俺の家は左をまっすぐ行った方にあり、智花の家は右をまっすぐ行った方にあるのだ。いつもどおりここで別れて帰る。
「おっと、もう分かれ道か。じゃあな」俺はさりげなく手を振ってそのまますたすた帰っていく。後ろの方では騒音迷惑になりかねないほどの大声でじゃあねを繰り返し言っているバカがいる。そのうち音も聞こえなくなり、静まり返った住宅街を一人で帰る。これがいつもの俺だった。ただ、俺には出会いが待ち受けていた。しかも最悪の出会いだ。
本当にこの出会いだけはなくてもよかったと、今でも思っている。
……なぁ、俺はもう少し眠っていたいだけなんだが。それじゃあダメなんだろうか?