ドリーさんの電話
のんびり休日を満喫していた俺のガラケーから、突然着信音が聞こえ始めた。
もしかしたら前に頼んだ荷物の宅配かもしれない、と思った俺は早速電話を取った。
ところが、通話口から聞こえてきたのは、聞き慣れない声、しかも女の子の声。
『私、ドリーさん。今、○○駅の近くにいるの』
――ドリーさん!
その名前を聞いた俺の背筋はぞっとした。
いくら可愛い女の子からの電話でも、『ドリーさん』からの電話は別。昔から言い伝えられている、恐ろしい都市伝説……のはずだった。一度彼女から電話がかかってきたら最後、大変な事が起きると言う話だ。
多分これはその伝説を知る者からのいたずら電話だと思い、すぐさま通話を切った俺だが、その直後に再びガラケーから先程と同じ着信音が鳴り響き始めた。まさかと思って電話に出た俺の耳に飛び込んだのは……
『私、ドリーさん。今、コンビニの○○店の傍にいるの』
……俺のいるマンションの近くのコンビニの名前を口に出した彼女。間違いなく正真正銘、本物のドリーさんだ!
慌てて逃げようとした俺だが、すぐにそれは出来ない事に気がついた。家の近くにいると言う事は、外に出ればそれこそ相手の思うつぼだ。ただ、このままだとあの伝説通り、俺の元にドリーさんが来て、大変な事が起きてしまうかもしれない。
何とか相手からの着信を防ぐために、先程の電話をかけられないように急いで設定をし直そうとした。ところが、俺がガラケーを操作しようとした瞬間。
『私、ドリーさん。今、貴方のマンションの入り口にいるの』
着信許可のボタンを押してもいないのに、ガラケーから女の子の声が響いた。きっとこのまま着信拒否の操作をしようとしても無意味な事を、ドリーさんは言わずとも俺に忠告しているようだった。
もう俺に逃げる手段は無かった。あぁ、一体どうすればいいんだ……!
『私、ドリーさん。今、エレベーターに乗っているの』
暗証番号付きのオートロックも、ドリーさんには無意味だったようだ。10階にある俺の部屋まで、彼女は一直線に向かっている。このままだと、都市伝説通りに俺はきっとドリーさんに……。
『私、ドリーさん。今、あなたの部屋の前にいるの』
とうとうドリーさんからの最後通告の電話が届いた。
こうなれば、やる事は一つしか無い。俺は思いきって家の玄関のドアを開け、この目で「ドリーさん」とやらを見てやろうとした。ところが、玄関の外にある通路はもぬけの殻で、誰一人として部屋の前に立つ人影はいなかった。部屋を間違えて諦めて帰ったか、それとも結局全ていたずら電話だったのか。一瞬安心した、その時だった。リビングに置きっぱなしのガラケーから、あの声が聞こえてきた。
『私、ドリーさん。今、あなたの後ろにいるの』
油断していた俺は、つい後ろを振り向いてしまった。
そこにいたのは……
「うふふ♪」
長い金髪に青い目をした、欧米風の外見の女の子だった。
まさか、この可愛い少女がずっと電話をかけ続けてきた「ドリーさん」なのか。そう尋ねた俺に、少女……いや、ドリーさんは笑顔のままで首を縦に振った。
「そう、私がドリーさんよ♪」
「ま、待て!そ、そうなるとお前はもしかして俺を……」
「あ、あれ……どうして怯えてるの?」
「だ、だってそうだろ?確か都市伝説だとドリーさんは……」
「大丈夫よ、私は命を奪ったりなんかしないから」
……その言葉に、俺は拍子が抜けてしまった。ああ言う感じの都市伝説だと、大概最後は巻き込まれた人の命が奪われると言うのがお約束と言う事もあり、てっきりドリーさんもその類かとばかり思ってしまったようだ。本人の口からはっきりと違うと告げているので、これは間違いなく本当の事だろう。
そうなると、あの都市伝説にあった『大変な事』と言うのは、目の前にいる可愛い女の子が俺の家に押しかけてくる、と言う夢のような状況を指す言葉なのかもしれない、と俺は考え直した。確かに、これは良い意味で大変だ。アニメや漫画でしか有り得ないシチュエーションが、俺の目の前で現実になったと言う事だから。
「ど、ドリーさん……」
「ん、どうしたの?」
せっかく来たのだから、俺の部屋でゆっくりしていかないか。ちょっとどきまぎしてしまいつつ、目の前にいる女の子を誘おうとしたその時だった。
リビングにあった俺のガラケーから着信音が響き、そして……
『私、ドリーさん。今、あなたの後ろにいるの』
「……え?」
驚きのあまり、つい声が出てしまった。だってそうだろう、ドリーさんは目の前にいるのにどうして「後ろ」にいると言う通知が俺のガラケーから聞こえてきたのだろうか。その理由を確かめるべく、リビング側を振り向いた時、そこにいたのは……
「うふふ、私もドリーさんよ♪」
玄関の側で立っていたはずのドリーさんがもう一人、俺の部屋のリビングの中に現れていた。前後にいるどちらのドリーさんも、髪型から服装、声、笑顔まで全く一緒で見分けがつかない。これは一体どうなっているのか、もしかしてドリーさんは双子の可愛い女の子だったのか。そんな事を考えた瞬間、またもや俺のガラケーから声が聞こえてきた。
『私、ドリーさん。今、あなたの後ろにいるの』
リビングの方のドリーさんに注意が向いていた俺がすぐに後ろを振り向いた時、そこにいたのは玄関先で笑顔を見せ続けている二人のドリーさんだった。これで俺の家の中にいるドリーさんは合計三人になってしまっている。もしかして、あの都市伝説の『大変な事』と言うのは……
『私、ドリーさん。今、あなたの後ろにいるの』
俺の予感を的中させるかのように、またまたまたガラケーから声が響いた。そして案の定、俺の背後には四人目のドリーさんが現れていた。
「私がドリーさんよ♪」「私もドリーさんよ♪」「私もドリーさんよ♪」「私もドリーさんよ♪」
いきなりこんな可愛い女の子が一気に四人もやってくるなんて、嬉しくないと言ったらそれは嘘になる。でも、全く同じ姿の女の子がこんなに増えてしまうと、俺にとってはかえって怖いという印象の方が強かった。でも、そんな俺に一切の容赦が無いかのように、ガラケーからは次々に着信が届き、声が響き続け……
『私、ドリーさん。今、あなたの後ろにいるの』
『私、ドリーさん。今、あなたの後ろにいるの』
『私、ドリーさん。今、あなたの後ろにいるの』
『私、ドリーさん。今、あなたの後ろにいるの』
『私、ドリーさん。今、あなたの後ろにいるの』
『私、ドリーさん。今、あなたの後ろにいるの』
『私、ドリーさん。今、あなたの後ろにいるの』
『私、ドリーさん。今、あなたの後ろにいるの』
『私、ドリーさん。今、あなたの後ろにいるの』
『私、ドリーさん……
そして、俺の部屋は次々に現れるドリーさんでいっぱいになっていき……
「私もドリーさんよ♪」
「「私もドリーさんよ♪」」
「「「私もドリーさんよ♪」」」
「「「「私もドリーさんよ♪」」」」
「「「「「私もドリーさんよ♪」」」」」
「「「「「「私もドリーさんよ♪」」」」」」
「「「「「「「私もドリーさんよ♪」」」」」」」
「「「「「「「「私もドリーさんよ♪」」」」」」」」
「「「「「「「「「私もドリーさんよ♪」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「私もドリーさんよ♪」」」」」」」」」」……
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あれから数日が経った。
「おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」……
ベッドから引きずり落としそうな勢いで、大量のドリーさんが俺を起こしにやってきた。あっという間に俺の周りは、金髪の女の子で埋め尽くされてしまった形だ。
結論から言うと、この『ドリーさん』は全く持って人畜無害な存在だった。それどころか、俺の家にやってきた彼女は、その愛くるしい笑顔を見せながらこの俺の面倒を色々と見てくれる。食事や洗濯もお手の物だし、何より俺をいつも気遣ってくれる優しさがある。これだけを見ると、確かにドリーさんは夢心地のような良い意味の「大変な事」を舞いこませてくれた存在かもしれない。
ただ、一つだけ欠点を言うと……
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その『ドリーさん』の数が、あまりにも多すぎる事だ。
もう俺の家はドリーさんで埋め尽くされて、大量の笑顔の彼女を通らないとどこにも動く事が出来ない状況になっている。ここだけでも既に何百人もドリーさんがいそうな感じだけど、それ以上に家の外はとんでもない事になっている。何せ、毎朝ドリーさんを押しのけながらカーテンを開くと、そこに映っているのは……
「うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」」……
俺の住む街を埋め尽くしている、数え切れないほどのドリーさんの大群だ。
理屈はさっぱり分からないが、あの都市伝説にあった『大変な事』の指すもう一つの意味は、間違いなく目の前に広がる光景だろう。何せ、気付かないうちに俺はどうやらドリーさんしかいない世界に取り込まれてしまったかもしれないからだ。どこを見ても、動く人影はみんなお揃いの服を着た金髪の女の子の集団ばかりで、しかも全員揃って俺の家へと向かう大渋滞を起こしている。
その証拠が、家の中を覆うドリーさんの大群に囲まれたテーブルの上にある俺のガラケーだ。ひっきりなしにドリーさんから電話がかかり、今やそれが追いつかないくらいになって着信履歴は既に数百万件を超えるほどになっている。勿論、全部全く同じ所からの通話だ。
『私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』私、ドリーさん♪』……
数え切れないほどの可愛い女の子と毎日一緒に暮らせると言う今の俺の状況は、果たして良い事なのか、それとも悪い事なのか、ぶっちゃけ今の俺にはよく分からない。ただ一つだけ言えるのは、ドリーさんから電話がかかってきた時が最後、『大変な事』が起きてしまうと言う事だ。
そしてまた、俺の家に新しいドリーさんが次々に訪ねてくる。このずっと続くかもしれない流れ、果たして止めるべきなのか止めざるべきなのか、一体どっちなんだろうか。ま、まぁ今の状況、もう俺の力じゃ止めるのは無理なんだけど……。
「「「「「私たち、ドリーさんよ♪」」」」」「「「「「私たちもドリーさんよ♪」」」」」「「「「「私たちもドリーさんよ♪」」」」」「「「「「私たちもドリーさんよ♪」」」」」「「「「「私たちもドリーさんよ♪」」」」」「「「「「私たちもドリーさんよ♪」」」」」「「「「「私たちもドリーさんよ♪」」」」」「「「「「私たちもドリーさんよ♪」」」」」「「「「「私たちもドリーさんよ♪」」」」」「「「「「私たちもドリーさんよ♪」」」」」「「「「「私たちもドリーさんよ♪」」」」」「「「「「私たちもドリーさんよ♪」」」」」「「「「「私たちもドリーさんよ♪」」」」」「「「「「私たちもドリーさんよ♪」」」」」「「「「「私たちもドリーさんよ♪」」」」」「「「「「私たちもドリーさんよ♪」」」」」「「「「「私たちもドリーさんよ♪」」」」」「「「「「私たちもドリーさんよ♪」」」」」「「「「「私たちもドリーさんよ♪」」」」」「「「「「私たちもドリーさんよ♪」」」」」「「「「「私たちもドリーさんよ♪」」」」」「「「「「私たちもドリーさんよ♪」」」」」「「「「「私たちもドリーさんよ♪」」」」」「「「「「私たちもドリーさんよ♪」」」」」「「「「「私たちもドリーさんよ♪」」」」」「「「「「私たちもドリーさんよ♪」」」」」「「「「「私たちもドリーさんよ♪」」」」」……