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くされボディーガード

 葵は大学へ向かっていた。

 例の電話の男は近日中に私の前に姿を現すと言った。

 怖い。葵の叔父でもある犬山に話しをしたところ、ボディーガードをつけてやると言ってくれ、そのボディーガードに会うために、夜の大学へ行く途中だった。

 時間に遅れそうになっていた葵は急いだ。薄暗い道は怖いけど、街灯と時折通る車のライトに道を照らされ、視界はまずまず。1本目の道を右折したところで腕時計を確認したら7時5分前。


「やばい、遅れちゃう」


 小さい交差点をなんの確認も無しに突っ切ったところで目の前がいきなり真っ白になった。

 

 次に何かを感じたのは、腰だ。またも鈍い衝撃を感じ、今回は前方へ突き飛ばされ、目の前の壁にぶつかり、反動で車道へ戻された。

 急停車した車のライトに頭をぶつけて更に視界は真っ白くなり、きらめく光を感じながらまたも、意識を飛ばすことになった。

葵の意識とはうらはらに引き戻された。



 そこにタイガーパームは無かった。

 葵は布団の上で目を覚まし、首を右に向け、カッポーンカッポーンという耳に届く音を確認すると、等間隔にししおどしの水の音が綺麗に響いていた。

 天井は無駄に高く、広い畳の部屋には葵一人だけだ。さながら日本庭園なたたずまいなこの部屋は、葵には似つかわしくなかった。

 上半身を起こすと、やはり腰が痛む。

「腰、いったぁ」

 腰に手をやりさすると、服の上からでも腫れているのが分かった。

「あ、起きましたか」

 襖が音も無く、まるでプリウスが発進するように静かに開閉した。

「今、若が参りますから」

 声が出なかった。

 襖から顔を覗かせたのは金髪の短髪、顔に傷のある強面なお顔だった。

 若? って誰?

 ここはもしかして戦国時代かなんかで、私はあの車にぶつかった時になんかの拍子でこっちの世界に迷い込んじゃったとか? コメディーのはずなのに気付いたら戦国・歴史とか? と、どうしようもないことに考えを巡らせた。

 ややしばらくすると、今度は豪快な打ち上げ花火のような爆発音を上げて襖が開かれた。真っ白いスーツに黒いシャツは胸元まで開襟し、金のネックレスがその風貌を引き立たせていた。

 ヤ...ヤク...?

「起きたかよ」

 低いハスキーな声にびくりとする。

「立て」

 部屋の中にずかずか入ってくる顔だけはいい白いスーツの男霧吹は、布団の中で硬直している葵の腕をひっつかみ、無理矢理立たせる。

「いたっ」

「そりゃ痛いだろうな、車にはねられたんだからな」

 ははははと当たり前のように笑う霧吹を、ピエロでも見るような目で見る葵。霧吹は、立たせた葵を頭のてっぺんからつまさきまで舐め回した。

「外傷はねーな、やっぱあなたのさん腕はいいな。免許はねーけど」

 独り言を言う霧吹は葵のワンピースの裾をがばっと持ち上げ、白いパンツが丸見えになった。

「ちょっと!」

 持ち上げられたワンピースを勢いよく自分の方へ引き戻す。

「バカじゃないの! 何してんのよ!」

「傷の確認だろうが」

「普通そんなことしない!」

「問題ねーよ。ガキに興味も用事もねーから安心しろ」

 綺麗な顔から毒を吐く。

「なっ」

 葵はトマトのように顔が赤くなり、ワンピースの裾をぎゅっと掴み、持ち上げられないように身構えた。

「若」後ろから静かに次郎が声をかけた。

「ん?おお、あぁそうか...あれだな、それだ。よし。今日からお前のことは俺が守ってやっから安心しろ」

 ひとつ頷く。

「あなたが...」ボディーガード?

「だって若って...」

「若者はいいねーって言いたいってことだよ」

 どこからともなく、まるで野良犬のようにやってきた犬山がまずいとばかりに口を挟んだ。

「そーっすよ」次郎が便乗した。

 霧吹はにやにやしながら葵を観察する。

「叔父さん、この人が例のボディーガード?」

 その言葉を聞いて霧吹がきょとんとした顔で犬山を振り返り、犬山は霧吹に無言の圧力をかける。

「そそそそそうだよ。彼がボディーガードの霧吹君だ」

 棒立ちのまま霧吹を凝視する葵の目には明らかに不信の色が伺える。その不信な色は葵が着ているワンピースの群青色と右に同じく。

「彼は今度臨時で入った大学の助教授だ。まぁ、アシスタントのようなものだ」

 葵は更に不信の色を強めた。

「だから、葵が大学の時は彼も一緒に講義に加わるから、何も問題なく勉強すればいいぞ」

 犬山は『いい人』の目をして葵に安心を与えた。『スナック 赤パンツ』での行動はまかり間違っても見せられまい。

「だってこの人ヤク...」

「いやいやみなまで言うでない」

 霧吹が顔の前で手を振りながら割り込んだ。

「俺は大学の助教授で、お前のボディーガードで、お前を助けた男だ」

「助けた?」

「はねられただろうが? それを俺が助けたんだ」

 大嘘をこいた。

 自分が運転していなかったとは言え、自分の車が葵をはねたのは周知の事実なのに、ここぞとばかりに自分を自分で擁護した。もちろん裏はある。

「そうなんですか。あ...りがとうございます。で、犯人は見つかったんでしょうか? 警察には」

「無事なことが何よりだろう」

 犬山が今度は割って入った。

「でもおじさん...」

「おじちゃんがちゃーんとみつけてやるから、安心しなさい。いいね」

 葵の肩を優しく抱き、さすってやり、居間に移動する犬山と葵。それを、うすら細い目で見る霧吹は、犬山とアイコンタクトを取った。

『ボディーガードは聞いてねーし、ヤクザ家業も伏せろってか?』

『そうだ』

『そうなると5千万あたりが相場だな』

『......』

 小首を振る犬山はしぶしぶ了承した。


「あの」

「...なんだよ」

環七かんな あおいです。これから、宜しくお願いします」

 ぺこりと頭を下げる葵に、知ってるけどな、とは言えず、

霧吹きりぶき 将権しょうけん

名前だけ名乗って頭を下げた。

「はい、じゃ、霧吹さん、助けてくれてありがとうございました」

 にこっと笑った葵は、普通に可愛かった。汚れをしらない純粋を絵に描いたような子だ。


霧吹の心臓らへんを、内側からかりかりと引っ掻いてくる小さい子猫がいることに気付いてしまった霧吹。知らず知らずのうちに自分の心臓を抑える霧吹の汚れた心は、はぁはぁしていた。


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