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スナック赤パンツでの三千万の話と2回目の跳ね飛ばし


 巣鴨地蔵通り商店街の裏手の裏手にある『スナック 赤パンツ』昔からひっそりとその存在を主張していた。中を覗くと、その手のプロばかりが心の癒しを求め、高い水を飲みに来ていた。一番奥にはおざなりのVIPルーム。その様相からはピップルーム程度にしか見えない。

 霧吹はインベーダーゲームが組み込まれている昔ながらの黒いテーブルにかじりついていた。その両脇には、眉が細くて茶髪、すだれ前髪の良く似合うおねえちゃんがぱつぱつのワンピースに身をねじ込み、霧吹に媚びを売っている真っ最中だ。次郎とその仲間達も端っこの方に申し訳なさ気に座り、態度のでかい霧吹を擁護していた。

「霧吹さぁん、フルーツ食べたぁい」

 フルーツ並みに甘ったるい声でフルーツをねだる、すだれ女子。

「フルーツ? おう、頼め頼め! 好きなもん好きなだけ頼めや」

 羽振りの良さは天下一品だ。

「でもあれだな、やっぱよ、これだな」

 主語も述語も何もない。要は、やはりこの世は甘い蜜だらけだとでも言いたいのだろう。

 なんせ、箱の中では毎朝6時起床だから、毎朝6時消灯の霧吹には信じられない生活だったに違いない。久しぶりの酒のおかげさまで、その端正なお顔がほんのり桜色になった霧吹は、目がトロリンとなってきた。


「おぅ、将権しょうけんいるだるぉ」


 のれんをくぐり抜けてきたダンディーなおじさまは、そのままVシネに出られそうな格好だ。お高い万円のヤクザスーツの光沢は、違う意味で目を引くものがある。間違っても昼間は着られない代物だ。そしてポケットチーフは巣鴨にはふさわしくなかった。


「あ? おおおおおお、犬山のおやっさんじゃないですか」

 霧吹将権は格好付けて立ち上がり、犬山と呼ばれたおっさんに頭を下げた。にしても、こちらもイカサマっぽい名前だがこれは本名だ。

「シャバ出であれだけどよ、一つ頼まれてくれねぇか」

 犬山は左手の親指と人指し指を丸くし、中指、薬指、ちょこっとだけお先に天国へ出張中の短い小指の3本を立てた。これは三千万円を意味する。

「これで引き受けてくれねぇか」

「あぁ、おやっさんの頼みとあっちゃ断れねぇが、こっちも出てきたばっかりだから、すぐに出戻りっつーのはなぁ、なかなか穏やかじゃない話でね」

「いやいや何も汚させやしないよ。ただ、ある人を守って欲しいだけだ」

「守る?」

「ああそうだ。出たてのおめぇに下手こかせねーから安心しな」

「......そういうわけなら先に話しを聞きましょうか」

 霧吹は三千万円に気を良くし、犬山を招き入れた。

 

 と、いう訳で、ある女を『見えない恐怖』から守り抜くために、霧吹は大学へ侵入するハメになった。いや、報酬三千万の為とも言う。その報酬三千万のために、酒と博打と女のことしか入っていない頭にベールを巻き、大学助教授という名目で教授のアシスタントに入り、その女が取っている講義に毎回参加することになった。

  

 1ヶ月以内に『見えない恐怖』をあぶり出したらプラス一千万。金に汚い霧吹は、その内容も詳しく聞かぬうちに二言返事で了解した。女一人を守る片手間に、いたずらをしているどっかのガキを捕まえればいいだけの話。

簡単に考えていた霧吹の頭には四千万で何をしようか、そのプランが順調に組み立てられていった。

 詳細は明日、大学の講義が全て終わって落ち着いた頃の職員控え室で話すという犬山の話により、霧吹は指定された翌日の午後7時、控え室がある3号館1階に向けて、おなじみの黒いリムジンを大学に向けて転がしていた。

 運転しているのは次郎で、霧吹は後部座席で優雅に霧島を煽っていた。



 衝撃音のあとに急ブレーキ音が聞こえたのはこれで2回目だ。

 急停車する車。

 霧吹は前回の教訓から、しっかりとシートベルトを締めていたので前のめりになることはなかったが、手に持っていた霧島が車の異常な行動にびっくりし、宙に舞い、霧吹が気に入っている白いスーツの股間部分にぱしゃりとこぼれた落ちた。

「てめぇ! 次郎このやろうが! 何してんだよ!」

 シートベルトを外しながら言う姿に迫力は半減する。長い車の中を前方へ移動し、運転席とを隔てている内ウィンドウをぶん殴る。ゆっくりと振り返る次郎は顔面蒼白だ。震える手で内ウィンドウを開けた次郎は泣きそうな声で、若やっちゃいましたと正直に告白した。その唇はチワワのように小刻みに震えていた。

「何がだ! どうした!」

 襟首をひっつかみ、首をがくがく振る。

「また......」

「また? 股? 股か?」

「いや、「また」、人を」


 なんてこったとばかりに前を確認する霧吹の目に入り込んできたものは、車の前に倒れている人物の、腕だ。腕しか見えないってことは、体はもしや車の下か?周り近所を確認したが、今日は有り難いことに誰もいなかった。

 霧吹は舌打ちをあからさまにすると、素早く車外へ出て恐る恐るその人物を確認した。次郎も霧吹の後ろに隠れるように続く。体は車の下に入り込んではいない。ぶつかった衝撃で前方に飛ばされ、横向きで倒れていた。髪は顔にかかり、意識があるのか無いのかはは定かじゃない。しかし、指先がぴくりを動くのを目の隅で確認した。

 良かった。倒れているのは、薄い群青色のワンピースを着た女だ。靴は脱げていないし、バッグもしっかりとチャックが閉められていて、中身は無事だ。顔に掛かっている髪を後ろに払い、顔を確認した霧吹は、難しい顔をした。

「また、こいつかよ」そんな偶然があんのか?霧吹は心で突っ込む。

 そう、次郎が跳ね飛ばしたのは、またも葵だ。葵の上半身を抱えるように抱く霧吹は、

ほっぺに両手を当てて口をアホのように開く次郎を見上げてこう言った。

「拉致るぞ」

 こくこくと頷く次郎は内ポケから携帯を出すと、どこかへと電話をかけながら、霧吹を中に入れるために、後部座席のドアを開けた。霧吹は自分の股間部分が霧島のおかげでひんやりしているのを、頭の片隅で感じながら、葵を抱えそそくさと後部座席へ滑り込んだ。バタンとドアを閉めると、黒いリムジンはUターンし、行くべき所へとかっ飛ばして行った。

 おしい三千万の話を頭の片隅に置き、でもこの話がまだチャラになったわけじゃないことを計算すると、自然と笑みがこぼれてくる。

 バタンとドアを閉めると、黒いリムジンはUターンし、行くべき所へとかっ飛ばして行った。

 犬山に連絡をした霧吹は、おかしなことを聞いた。

 犬山曰く、今日ここに来るべき女がまだ来ない。そしてそれとはどうにもこうにも連絡がつかないということだ。

 犬山はもう少しここで待ってみて来なかったら、俺もそちらへ向かうと言い残し、電話を切った。

 もしやこの話はヤブか?

 ともやもやした気持ちを心にぐっと押し込めて一路、あなた野病院へ歩を進めた。


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