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はねられ、目が合い、あなたの病院


 久しぶりに霧吹は自宅のリビングでゆったりしていた。

 傍らにはずっと通い続けている宮崎から帰ってきた組長、その隣には野兎組長、の隣には、犬山とあなたの。みんなそれぞれがそれぞれに話しているから、なんの話をしているんだか、検討もつかない。傍らに座る秘書のような舎弟は話をまとめるのに大変だ。


 ブランデーが麦茶のようにガブ飲みされ、焼酎が水のように一気に飲まれ、赤ワインがトマトジュースのようにとろとろと胃に流れ込む。

 大酒飲みな男たちが勢揃いすると、それはそれで、もっさい。


「将権に修、お前達はよーくやってくれた」

 二人の組長は終始笑顔だ。

「こんなざまでよくもなんもねーだろうがよ」

 霧吹が噛みついた。

「まだまだ話になんねーってもんだな」

 修も話に入る。

 フルボッコにされたのは霧吹と修の方だった。

 外国のマフィアを甘くみると甘くない仕返しが来るということを、身をもって思い知らされた。殺されなくてすんだというところだったが、そのパイプはまだ繋がっていたことに、組長たちはよくやったと褒め称えた。

「まあ、これでもう俺たちは心配することぁないなぁ、兎さんよ」

「ああ、そうだなぁ」

 年配な組長たちは話半分で飲みに忙しく、息子たちがどういう目に合って、死にそうになり、痛い目をみさせられていたという事実には目を瞑って、耳を塞ぎ、あーーーーーっと言った。


「よーし、カラオケでも行くか」

 突拍子もない犬山の発言に、いいじゃないですかと乗っかるあなたの。

「あなたのさん、将権のこの体は大丈夫かね?」

 思い出したように組長が心配した。

「ああ、だいじょぶでしょ」

 たいして診もしないで適当に言ってにこっと笑った歯にはやっぱり金が巻かれていた。

「今日は朝までコースだな!」

 野兎組長はさっそく愛用のウォークマンで歌う曲に聞き入る。

 負けじと霧吹組長も愛用のカセットをセットし始めた。

 将権と修は目を合わせ、これは付き合うほか選択は無いなと、感じ合い、溜息をつくと仕方なく重いケツを上げた。


 3台のゾロ目の黒塗りが、夜の街をぷーーーーーーっと通り抜ける。

 街ゆく人々がなぜその光景に目を止めるのかと言ったら、お近づきになりたくない車ナンバー1だからだ。

 車の行き先は、『スナック 赤パンツ』だ。

 巣鴨へ向けて、霧吹の車には組長と霧吹と次郎、修の車には野兎組長と修、犬山の車にはあなたのと犬山が別れて乗った。

 カラオケの練習をしながら向かう組長二人に対し、あなたのと犬山は、金の話で盛り上がっている。霧吹は長い足を組み、大声で歌う親父を無視し、目を閉じてじっと音痴な歌声に耐えていた。


 !!!!!


「次郎! あぶねー!」

 霧吹組長がマイク越しに大声を上げた!


 車が急ブレーキを踏み、霧吹はドキリとして目を開けた。もちろんシートベルト着用なので、前のめりになることは無かった。



 そこで目に入ってきたのは......





 葵は晩ご飯の買い出しに近くのスーパーへ行った帰りだった。

 寒いから今日はシチューだ。たっくさんあったまって体の中からあわよくば心までも温かくなろう!

 帰宅の途についている途中でその事件は起きた。

 教訓として、交差点では一端止まり、左右を正確に確認し、青信号でも二回の目視は忘れなかった。

 はねられるのはもうごめんだ。そんな経験一回で十分。

 あの一件以来、念には念を入れ、目と耳で確認するようになっていた。

「よしオッケー、渡れる」

 ちゃんと確認してから見通しの悪い交差点を...


 ぱぁっと明るくなる目の前。

 車のハイビームに目がくらむ。

 眩しくて手を額にやり、光を避けた。

 まさか!!!!

 葵の心臓がじゅんと音を立てた。

 タイヤの軋む音は以前にも聞いたことがあった。残念なことにその音は前回、前々回と似ているように耳に届いた。


 さすがに免疫もできるってもんだ。

 葵は過去2回はねられた経験上、今回は大丈夫かもしれない!と、直感で感じた。


 なぜなら、まず、キキキキキキーーー!!! から入ったからだ。つまり、急ブレーキを踏んでから、バン! ぶつかる。普通はこうだ。

 1回目、2回目が特殊だったわけで、まず、バン! はねてから、キキキー! 急ブレーキって流れの1回目、2回目に比べたら、今回ははねられない自信があった。が、しかし、葵がそこで見たものは...

 見たことがある、車。

 はねられた時の記憶が走馬燈のように蘇った。

 黒塗りの車。

 怖い車。

 運転席にいる人。

「次郎さん?」

 葵の眉間に皺が、ぅわっしゃと寄った。

 次郎は、やっちまった!という顔をしていた。

 その奥に見覚えのある顔。

 運転席と後ろを隔てるウィンドウが全開になているそこに見えた顔は...


「霧吹さん」だね。


 霧吹は葵を既にその目に捉えている。

 睨むような目を葵に向けて、しかし、口元には意地悪そうな笑みを讃えていた。

 いつも通りに。


 目の前が真っ白になる。

 最初に急ブレーキをかけていたくせに、まんまとぶつかった。

 葵の、『だいじょうぶ』という淡い気持ちは、簡単に裏切られた。


 葵が次に見たものは、真っ黒い空。空気が綺麗だからか星が輝いている。それが、はねられた衝撃からくるキラキラなのかは定かじゃない。

 買い出した食材が宙に舞い、にんじんやらたまねぎやらじゃがいもやらが、自由に夜空で踊っている。はねられた体は前方、上方に上がり、頂点まで行ったら、あとは重力にまかせて落ちるだけだ。黒い空に混ざる自分の髪の毛は、砂嵐のようにすら見える。はねられた衝撃で、葵は地面に着く前に意識を...


 ポスッと体に柔らかい感覚。

 地面に体を打ち付けられなかったが、これからくるであろう衝撃の予測に葵の意識は、かたくなに体から離れたがっていた。

 黒い車から走って出て来た白いナイトがいることを葵は薄れる意識の中で確認した。

『ほら! ちゃーんとナイトっているんだ』

 もやもやとした意識の中で、自分を抱きかかえてくれた真っ白い服を着た、素敵なナイトを見た気がした。白馬じゃないけど、黒い車から出て来た白いナイト。それは、そんなナイトなんて言葉が似つかわしくない、お下品な白いスーツに身を包んだヤクザな男だが、ちゃっちゃとボイコットさせろ! と願う意識の影響下で、かっこよく見えてしまったのだろう。

 違った意味でのナイチンゲール症候群だ。

『迎えにきてくれたんだぁ。待ってた甲斐があった。霧吹さんじゃないのは残念だけど、このナイトはきっと私を...』

 にんまりする葵は、待ち望んでいたナイトはいかがわしい霧吹だったということを知ることになるのは......


 間違いなくないのだが、ここではそのことはひとまず伏せておく。


「若」

「こいつは...はねられて笑ってたぞ。なんとおぞましい」

 意識を無くした葵の顔は、笑顔で固まっている。

「ぅわ、ほんとっすね」

 次郎が渋い顔で葵の顔を覗き込んだ。

「葵さん、さすがに3回もはねられたから頭、おかしくなっちゃったんすかね」

「...嘘だろ」

 前方にはライトを消して姿を潜める車2台。あなたのがいたはずだ。

「次郎」

「へい」


 『あー、もしもし、後ろの霧吹ですぅ。え? あぁ、見てました? そうなんすよ、また葵さんでしてね...ああ...よろしいでしょうかぁ...はい...』


「オッケーっす」

「よし」

 霧吹は葵を抱えたままそそくさと車に乗り込み、次郎は散乱した食材を車に無造作に積み、組長は相変わらず下手な歌を歌っている。

 外野はびっくりして目ん玉をひんむいていたが、誰一人声をかけられる者はいなかった。

 もちろん、さっさと引き返したアブナイ車3台は、しばらく無灯火で走り、外野に分からないように、ナンバープレートを、かしゃりとローリングさせたことは言うまでもない。


  霧吹の心臓に住み着いている、少し成長した子猫が疼き出した。

 ちょっと爪の生えたお手手で心臓をがりがりする。

『おだまりやがれ!』

 一喝するが、成長した子猫は言うことをきかなくなっていた。

「あー、ぼっちゃんね、この感じは危ないかもしれませんねぇ」

 あなたのが胡散臭い診察結果を伝えた。

「どういうことだ?」

「はねられすぎてますね」

「やばいのか?」

「ええ、ええ。この感じだと、ぼっちゃん...責任取らないと行けなくなるやもしれません。なんせこんな普通の女の子を傷物にしてしまったんですからねぇ、ええ」

「傷物ってそうじゃねーだろうよ」

「3度もはね飛ばしたってことは、あれですよ、きっと、なにか運命のようなものなんでしょうねぇ」

「そんなもんがあるかよ、冗談じゃねぇ」

「いえいえ、ぼっちゃん、同じ人を三回もはねるなんて芸当、そうそう出来るもんじゃぁないでしょう。ええ。これは何かのお導きですよ。放してはいけないとかっていうねぇ」

「無理だろう」

「後遺症が残って訴えられるよりはマシじゃぁないですかねぇ」

 きらっと光る金が歯の間に見える。

 脱力してあなたの病院の壁にもたれる霧吹。

「ま、ちょっと盛っておきますから様子を見てください」

 葵はまたも、意識を吹っ飛ばしている間に何かを盛られる。

「これで明日のお昼まではぐっすりですから安心してください」

「毎回すんません」

 次郎が懐から茶封筒を取り出し、あなたのは慣れた手つきで受け取り、確認し、納めた。





 あなた野病院は、看板が無い病院だ。

 霧吹ご一行が帰ったあと、トイレに隠れていた犬山がゆっくりと出てきて、あなたのに封筒を渡す。

「犬山さん、これで良かったんですかぁ? 葵ちゃん、霧吹のぼっちゃんにあげちゃうんですかぁ? もったいないですねぇ。もっといい人がいるもんでしょうに葵ちゃんなら。かわいいし、正直そうだし、普通の生活がいいんじゃないんですかねぇ」

 ぬめぬめした声で指をペロっと舐めて、札束を数える。

「他の誰だか分からん奴にやられるくらいなら、将ちゃんでいいでしょ。それにだ、俺の血を引いてるんだから、そんじょそこらの奴じゃ満足しやしねぇよ」

「ああ、そうでしたね、あなたの血を引いているなら、遊びを覚えたら大変なことになりますねぇ。じゃじゃ馬にならないためには、ぼっちゃんのところにいるのが一番やもしれませんねぇ。ああ見えて、面倒見がいいですからねぇ」

「だろ? 修の件だってよ、修のSOSを聞いて速攻飛び出してったってんだから、ありゃバカだ。あっちの仲間に連絡すりゃぁ、わざわざ出向く必要も無かったのによ。だからこそ、なんかあったらいの一番に助けるだろうよあの男は」

 なるほどと納得する犬山は、まんまと二人をハメてやったことに満足し、あなたのと連れ立って、先に赤パンツに向かった組長らを追った。


 霧吹邸に運ばれた葵は、以前のように畳の上に寝かされ、盛られたウニャララおかげでぐっすりと眠っている。

 霧吹は次郎と共に突っ立ったまんま、葵を上から見下ろしていた。

「やっぱよ、あれか? それか? これか?」

「へぇ、そーっすね」

「そうかやっぱ、そうなるか」

「まちがいないっす」

 暗号解読のような会話は二人にしか分からないだろう。

 霧吹のじゃがいものような凸凹の心臓を、子猫が再度引っ掻いた。

 霧吹はその猫に逆らうのは、もうやめにした。


「仕方ねぇな」

 そういう割に顔には優しい笑顔を乗っける霧吹を横目に、次郎もまた笑顔になる。

 霧吹は、自分がハメられたなんてことはつゆ知らず、自分の可愛くよこしまな気持ちを全面に出しても問題無いことを悟ると、すとんと喉につっかかっていた小骨が取れたような感じがした。

 なんか、あれだな、たまにはこういう未経験の女もいいもんかもしれないな。と、心臓に居座る子猫と共に悪魔に成り下がるゲスな奴一人と一匹。

 自分がいいと思っていたら、相手もいいと思っている。と、思い込む自己中な性格は治ることは無さそうだ。

「じゃ、あれっすね。明日にでも葵さん家の荷物はまとめてこっちにまた持ってきます」

「おお」

 にやつく霧吹は、これから先、葵をどう料理しようかと、頭の中でAプラン、Bプラン、Cプランまでをシミュレートした。


 ぐっすり眠り込んでいる葵は、霧吹の自分に対するよこしまな気持ちと、自分がこれからどうなっていくのかを知ることになるのは、目覚めてからのことになるのだが、更に、3回もはねられた犯人の霧吹が、自分の夢みていた王子様だったということに度肝を抜かれるのもそう先の話ではなかった。


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