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車と車体とこんにちは。 霧吹の場合

 

 同じ日、大安吉日の雲一つ無い青空。初夏の快晴は誠に清々しい。


「まずはヤニが先だ」 

 清々しくない声が聞こえる。

 すーっと吸い込む呼吸音が聞こえ、止まる。っはーっと吐き出す煙には、ジッポオイルの香りも混ざり合う。と、生まれたての子馬のように、よろよろと2、3歩後ろに後ずさる真っ白いスーツの男。霧吹きりぶき 将権しょうけんだ。いかさまチックな名前だが、証券会社の名前ではない。

「若!」

 咄嗟に手を伸ばす若い衆の手を払いのけ、いやいやなんてことねーよと大丈夫だということをアピールした。

「2年振りのシャバだからな、たばこの煙に肺もびっくりだなこりゃ」

 ガハハハと左右に首を振りながら笑う様は、その端正な顔から想像するには幾分はばかれる。

「若、お勤めご苦労さまでした」

 膝に手をつき頭を下げるガラの悪い大人達。

「おーよ」

 タバコをその辺に投げ捨て、開けられた黒塗りリムジンの後部座席に滑り込む霧吹。この男を迎えに5台の同じような黒塗りが、刑務所の外で一列にお行儀良く並列されていた。目的人物を積み込んだご一行は、砂利道をジャリジャリと音を立てて行くべき場所へと出発進行して行った。

「次郎、そんで親父はどうなんだよ」

 後部座席ではワイングラスを傾ける霧吹の対面といめんには次郎。次郎は夏にはいささかふさわしくない真っ黒いスーツに、頭は金髪の短髪だ。

「へい、体調がやはり少し・・・」

「・・・そうか」

 ばっちりスモークの貼られた後部座席の窓から外を眺める白スーツ。

「なかなかいい天気だなぁ、あ?」

 次郎と呼ばれた舎弟1号が同じようにスモークの貼られた窓から外を見る。

「・・・た、確かになかなかの天気です」

 合わせた。

「組はどうだよ」

「・・・実は修さんが・・・跡目争いにならなきゃいいんですが・・・」

「2年見ねぇうちに言うようになったなぁ」にやりとした視線を次郎に投げる。

「いえ、すいません、でしゃばりました」

「いいってことよ」

 ワイングラスを次郎に向けて、一人で『かんぱい』をした。

 と、そこで何かにぶつかった衝撃音の後に、急ブレーキを踏むタイヤの軋む音が車内に響き渡った。

 車が急停車したおかげで、霧吹が持っていた赤ワインが豪快に白スーツにぶっかかった。それはまさしく『血』にしか見えない。

「てめ、こら!何やってんだ!」

 さすが関東のヤクザは迫力にかける。

 これが関西だったらドスのひとつも利かせるのだろうが、ここは大都会東京だ。関西弁は今のところ必要無い。江戸の言葉で話しがまとまる場所でもある。


「若!大丈夫ですか!」

 前につんのめった次郎がまず若と呼ばれた霧吹を気にかけた。

「これが・・・大丈夫に見えるか?ああ?」

「はっ!血が!」

 うろたえる霧吹に、ムンクの叫びのようになる次郎。

「・・・若、それはワインかと」

 仕方なく割り込んできた車内放送は運転席からだ。

「・・・すいません・・・人・・・・はねたらしいっす」運転手は静かだが明らかに狼狽している。

「はねたぁ?どこにいんだよそれは!」

 急いで車から降りたが、すでに周りには人だかりができていた。そして、この男が車から出てきてからは素晴らしい悲鳴に変わった。

 そりゃそうだ、霧吹の胸元には真っ赤な染み。

 あたかも『はい、刺されました』か、『今やってきました』ということを物語っている。

「散れ!」霧吹は外野に怒鳴りつけ、倒れている人に駆け寄った。女だ。しかもまだ若い。

 ちっ。

 目視で確認したが血は流れていない。これが一番危ねぇパターンじゃねぇかよ。

「おい!大丈夫か?」

 耳元で聞こえる様に大きめの声で叫んでみると、眉毛をぴくりと動かした。よしまだ逝ってねぇ。

「次郎!」

「へい」

「拉致れ」

「・・・え」

「この状況はヤバイだろうが!」

 状況を察した次郎が周りにいた仲間達に合図をし、霧吹は女を抱えると、そそくさとリムジンへと引き上げた。

 5台の黒塗りは何事もなかったかのように慎ましく、氷上を優雅に舞い進むスケーターのように滑らかに車道を走り去って行き、その車についているナンバープレートが一斉にカチャリとローリングした。

 車を識別する番号が全く違うものとなり、例え外野がスマホでナンバープレートをパシャリとやったとしても・・・どこの誰平だか割り出すことは不可能だ。


 何事も、知らぬが仏ということだ。


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