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コオロギ


  うわ!


 東門を出たところで葵は急速に足を止めた。土埃が舞った。

 目を左右に動かし、そこにいる人たちを見たくないのに見てしまった。右には黒塗りリムジンに霧吹に次郎、左には白塗りリムジンに修に運転手、4人の強面な男達がなにやら嵐の前の静けさでこっちを睨んでいた。

 とってもただならぬ雰囲気しか感じない葵は、霧吹、次郎、修、運転手と一通り目を合わせると霧吹の元へと歩み寄った。


「よし、帰るか」

 勝ち誇った顔を修に向ける霧吹に、うんうんと頷く次郎。

「葵さん、もう帰られるんですよね? それでしたら、私と食事に付き合ってはもらえませんか?」

 嘘っぽくはにかむ修はやはりかっこいい。と、思う葵。

 霧吹とそっくりなのに性格は違うようだ。たぶん。

 人の心を深く見ることのできない葵にその本心は読むことは出来ない。


「葵ちゃん!」

 聞き覚えのあるしっかりした声。

 振り向くとそこにコオロギだ。葵の後を追って来たらしい。

「葵ちゃん、この人たちと知り合い? 霧吹先生と知り合いだったの?」

 訝しげさておき、コオロギが霧吹と修の顔を交互に見る。

 葵はどうしたらいいものか、助けを求め霧吹の顔を見たけど、霧吹は薄ら笑いを浮かべてコオロギを凝視していた。

「しかも、え? 双子?」

「なんだそれ、双子なわけあるかよ。ただ似てるだけだ」

 霧吹が言い切った。完全に否定した。

「って何? 将権いつから先生になったわけ?」

 クスクスと笑う修にイラッとくる霧吹。

「昔から先生を困らせる係みたいだった将権が? それが何、いつから先生に? ははは。嘘でしょ? ついこの前まで番号で呼ばれてたと思ったらいきなり『先生』冠? 何がどうなってんの? ちょっと何、面白いことしてくれてんじゃん」

 修は面白いおもちゃを見つけた猫のように黒目を大きくした。

「何言ってんのこのおっさんたち」

 コオロギが葵に向かって、彼らのことで言ってはいけない一言を言った。

 とたん、霧吹と修の顔から笑顔が消えた。

 空には黒い雲が掛かりはじめ、ゴロゴロと雷様の華麗なる演奏が聞こえてくる。

 さながら、華麗なる大円舞曲だ。


「「おいこら、くそガキが。今なんつったや?」」

 黒いハモりが耳の奥底に到達し、コオロギは身の危険を感じる。

「え?」

 葵に助けを求めようにも、葵はいつの間にか次郎の後ろに隠れていた。

 裏切られたと勝手に思い込む惨めなコオロギ。手を葵に差しのばしたがその手が握り帰されることはなかった。

 そんな次郎は誰かに電話をしていた。

 1970年代に流行った歌がどこからともなく聞こえてきた。それはコオロギのポケットからだった。

「あ」

 コオロギはしまったとばかりにポケットに手を伸ばし、電話に出ようとして、葵を見た。

 葵はいまだ次郎の後ろに隠れて、こっそりとこっちを覗いていた。その手に携帯は無い。

 脳みそまでが筋肉で出来上がっている、ザ・体育会系は瞬発力にだけは長けていた。

「今俺らのことを、ふにゃららと言わなかったか?こら」

 おっさんと言われたことに憤慨する、子供な29才男子二人は、同じような動きで髪をかき上げ、とっておきの決め顔でポーズを決める。

 ドヤ顔もこの二人なら許せる範疇だ。

 二人とも顔はいいけどおつむは......といった残念さが非常ーにもったいない。

「この筋肉バカが!」

 がつん! とコオロギの頭に一発こぶしを落とした霧吹、

 ばこん! とコオロギのケツにタイキック並みのケリを入れる修、

 涙目になるコオロギに、哀れな目を向ける次郎、真っ正面を捉えて動かない修の運転手、次郎の後ろに隠れて見ないようにしている葵、誰もが自分の味方じゃないと悟るコオロギは、自分が落ち葉のように薄っぺらい人間に思えて悲しさがこみ上げてきた。

「電話、出てみろや」

 次郎がコオロギに電話に出ろと言い、コオロギはそこでまだ鳴り響く自分の携帯に気付く。

 通話ボタンを押すと、そこから聞こえてきたのは男の声。

「誰だよ」

 震える声を出すコオロギは、葵の方に助けを請う目を向けるが、葵は次郎の後ろに隠れていて、その姿は確認できなかった。



「乗れ」

 葵の頭をでかい手で掴む霧吹は、バスケットボールを掴んでいるような手つきだ。

 そのまま後部座席に荷物を積み入れる要領で突っ込み、自分も滑り込む。

 次郎も急いで運転席に戻ると、車の屋根に落ちてきた葉を静かに振り落としながら、あっというまに車は滑り出した。

 出遅れた修は、気付いた時にはコオロギと二人、その場に残された。

「あんたも葵ちゃん狙い?」

 声が震えているコオロギは、怖いやつが一人減ってよかったとばかりに修に話しかけた。話さないといられない状態であったとも言える。怖い者知らずな奴は頭が単純にできている。

「お前と一緒にするな。お前よりはるかに俺の方がいい男だ」

 修の頭の先からつま先まで目を滑らせるコオロギは納得するしかなかった。

 コオロギはどちらかと言えば、じゃがいもに切れ目を入れたような顔だ。そこにとってつけたような鼻、たらこのような唇は、不細工の代表選手とでも言えようか。

「葵ちゃんをものにしたいなら、俺と手を組まない?」

 コオロギは修に蹴られたことはさておき、ここは仲間が必要だとばかりに汚い笑みを修に向けた。

 霧吹は葵を連れて去っていった。この男は置き去りにされ、見た感じ仲がいいとは思えなかった。

 こいつをこっちに引き込めたら、もしかしたら勝ち目はあるかもしれないと、体育会系の考え方、『勝負』にすり替えていた。葵を勝ち負けで使うことに意味がないということに気付かずに修に話す辺り、無知は幸福とはこのことだ。

 おもむろに携帯を手にするとGPS機能を開き、修にそれを見せた。

「ほら」

 修はそれを覗き込んだが、やや見えにくいのか、携帯を少し遠くに放して画面を見た。

「葵ちゃんの居場所はこれで分かる。」

 優越感に浸るコオロギ。

「お前これ」

「そうだよ、葵ちゃんの電話に仕掛けてあんだよ。どこで何をしてるのか、すぐに分かる。残念なことに家に仕込んだカメラは外されたけどね。どう、あいつから葵ちゃんを取り返すのに俺と手を組まない?」

 体育会系らしからぬどっぷりと薄黒い顔になったコオロギはやはりバカだ。

 まだ敵か味方かも分からない修相手に自分からペロった。

 修はこの筋肉バカをおもしろおかしく眺めると、「ふっ。いいよ。手を組もうか」

白い歯を見せて素敵に微笑む。

 コオロギは修を丸め込んだと勘違いし、自ら手を差し出す。

 握手だ。

「ふざけんじゃねーよ」

 修はコオロギの目を鋭く睨むと、「バカは扱いやすくていいなぁ」と、戸惑うコオロギに追い打ちをかけた。

「そう思わねーか?」

 今度は優しくコオロギの目の奥を見つめる。

「お......おお、そうっすね」

 やはり子供だ。しっかり誘導されている。

 修の後ろで突っ立っていた運転手の口元が緩んだことを、コオロギは知らなかった。


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